海底の楽園編
第77話 双子天使
レイン帝国を後にした俺たちは、久しぶりにキャンピングカーに乗って東へと進んでいた。
「こんどはどこにいくのー?」
「鬼族の島だ」
桜花からぜひ一度来てほしいって言われているのだ。
「海を渡らないといけないけどな」
「わーい、うみーっ! いくのはじめてーっ!」
魔導人形として生まれたばかりのフィリアは、知識としては海を知っているものの、実際に見たことはないのである。
「あ、私も海に行ったことないです」
「あたしもだ。大きな川みたいなものだろう?」
どうやらティラとエレンもないらしい。
二人とも内陸部の生まれなので、当然と言えば当然か。
「海。あいつは、やばい。川とは比べ物にならない」
シロが相変わらず無表情で言う。
「じゃあ俺が海の楽しみ方を教えてやろうじゃないか。……ふふふ……」
「……なんか笑い方がちょっとイヤらしいんですけど……?」
もちろん、海と言ったら水着である。
「はぁはぁ、ティラ様の水着姿……ぐへへへへ……」
妄想の海へと沈んで涎を垂らすルシーファ。
だが不意にその目が見開かれた。
「っ!? こ、この天力は……っ!」
直後、NABIKOの進行ルート上に何かが空から降ってきた。
それは轟音とともに地面に激突し、凄まじい衝撃が車体を揺らす。
『前方に非常に強力な敵性個体が出現しました』
ナビ子さんの警告が車内に響く。
俺たちはキャンピングカーの外に出た。
濛々と上がる土煙。
その奥から彼女は姿を現した。
「ルシーファ……?」
俺は思わずそう呟いてしまう。
それぐらい瓜二つだったのだ。
顔はほぼ同じ。
だがルシーファが淡い青色の髪を長く伸ばしているのに対して、彼女は緑色の髪を肩口で切り揃えている。
胸の大きさも違う。ルシーファは巨乳なのだが、こっちは貧乳だった。
それから表情もかなり違うな。随分と冷たい目をしていた。
ガブリエナ 824歳
種族:天使族
レベル:‐
スキル:〈天力・極〉
鑑定してみると、ルシーファと同じ天使族のようだ。
ちゃんと背中に純白の翼も生えている。
「ガブちゃんじゃないですの」
「知り合いなのか?」
「ええ。彼女はわたくしの可愛い可愛い双子の妹なのですわ」
「双子?」
道理で似ているわけだ。
「ガブちゃんたら、もしかしてわたくしが恋しくて会いに来てくれたんですの? ふふふ、相変わらずお姉ちゃんが好きですわね」
「……違う」
ガブリエナという名の天使は、ルシーファの言葉を冷ややかに一蹴した。
「……姉さん……どうやって、抜け出した……? わたしが、配下の天使百体とともに……全力で、封印した……はず。……姉さんでも、抜けられる、わけがない……」
はい、この変態を世に解き放ったのは俺です。
「ふふふ、端的に言うとそれは愛の力ですわ! ティラ様とわたくしの間に結ばれていた見えない赤い糸! そのお陰で二人は出会い、なんやかんやあって脱獄に成功したのですわ! ですわよね、ティラ様っ?」
「違います」
ティラもまたルシーファの妄言を一蹴した。
てか、俺がしてやったことが「なんやかんや」で済まされたんだが。
「姉さん……一つだけ、確認したい……」
「何ですの?」
「……ちゃんと反省して……もう二度と……天使にあるまじき行為を……しないと、約束できる……?」
「もちろん――」
ルシーファの言葉に、ガブリエナは一瞬安堵するような表情を浮かべたように見えたが、
「――無理ですわ!!」
という宣言で即座に凍り付いた。
わなわなと拳を震わせ、ガブリエナの全身から天力のオーラが溢れていく。
「……なら、もう一度……捕えて……今度こそ、更生させる……」
「なぜガブちゃんはわたくしの性癖を理解して下さらないのです? 昔は二人であんなことやこんなことをした仲ですのに……」
「っ……」
ガブリエナの頬が少し赤く染まった。
だがすぐに忌々しげに吐き捨てる。
「……忘れたい……黒歴史……」
「性癖は人それぞれ、天使それぞれですわ。わたくしは自らの性癖を護るためなら、たとえ神にだろうと抗ってみせますの!」
ルシーファ……お前って奴は、たまには良いこと言うじゃないか。
どこまでも自分の道を突き進もうとする彼女の姿に、俺は少なからず感動を覚えた。
最低限、他人に迷惑をかけないでほしいです……とティラが呟いていたが、聞かなかったことにしよう。
「……抗えるものなら、抗えばいい」
ガブリエナの天力が収束し、その両手に一振りずつ剣が出現する。
・天双剣ジオーラム:ガブリエナ専用の二本一対の剣。攻撃力+1000 天力倍化。
完全に本気モードだった。
慌てたのはルシーファだ。
「ちょ、本気ですのっ?」
「……本気」
次の瞬間、ガブリエナの姿が掻き消えたかと思うと、ルシーファの目の前に出現、容赦なく斬撃を繰り出していた。
「っ!?」
ルシーファは咄嗟に天力の槍を出現させてそれを受け止める。
強大な天力と天力がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が巻き起こった。
「うわわわっ!?」
「きゃっ!?」
近くにいた俺たちは吹き飛ばされそうになる。
「……離れていた方がいい……」
ガブリエナはそうボソボソと忠告を投げかけてから、容赦なくルシーファに二本の剣を振るっていく。
「わたくし愛する妹と戦いたくなんてないですわ!」
「……姉さんに、わたしの気持ちが分かる……?」
「ガブちゃん……?」
「姉さんのせいで……わたしまで変態天使と、後ろ指をさされて……近づいたら、下着奪われるとか……妊娠させられるとか、言われて……どれだけ、恥ずかしい想いをしてきたことか……」
……ご愁傷様。
「どこが恥ずかしいことですの! わたくしなら興奮しますわ! むしろ、その指で乳首つついて下さいませぇぇぇっ、ってお願いするほどですわ!」
「……姉さんは、頭がおかしい……」
「おかしいのはガブちゃんの方ですの! 変態のどこが悪いんですの!? 変態万歳! わたくしは変態であることに誇りを持っていますわ!」
そんなまったく正反対な双子天使のやり取りに、ティラが断言した。
「おかしいのはどう考えてもルシーファさんの方です」
「ティラ様!?」
さらにティラはガブリエナへ声援を送る。
「ガブリエナさん、頑張ってください! 応援してます!」
「……頑張る……」
「普通わたくしが応援される場面ですわよね!? ――ふぎゃ!?」
ティラの応援が功を奏したのか、ついにガブリエナの剣がルシーファを捉えた。
「ぐ…………さ、さすがガブちゃんですわ……」
膝を付くルシーファ。
「〝天罪縛鎖〟」
ガブリエナがそう呟くと、どこからともなく現れた巨大な鎖が蛇のように絡み付き、ルシーファを完全に拘束する。
「その鎖は……二百体の天使たちが……天力を練り上げて、生み出したもの……。姉さんでも……逃れることは、不可能………。……天界に、連行する……」
強力な鎖に捕らわれたルシーファは身動きが取れない。
だが彼女は余裕の笑みを浮かべていた。
「ふふふ、無駄ですわ。残念ながら今のわたくしには強力な味方がいますの」
「味方……?」
「カルナ様! わたくしを助けてくださいませ!」
ルシーファが俺に救援を求めてきた。
確かに俺ならあの鎖を破壊することもできるし、彼女の妹を追い払うこともできるだろう。
だが、
「もうあのまま天界に帰した方が良いと思います」
「そ、そうか……?」
「帰しましょう」
「はい……」
ティラの有無を言わさぬ言葉に、俺は頷くしかない。
「じゃあな、ルシーファ。元気でな」
「なぜですのっ!? 助けてくださいましぃっ! 天界に連れて行かれたら間違いなく強制禁欲生活っ、想像しただけで死にそうですわぁぁぁぁっ!」
「ちゃんと更生してきてください」
「そんな殺生なぁぁぁぁぁぁっ!」
こうして変態天使は天界へと連行されていったのだった。
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