第75話 ロック鳥の卵のふわふわオムレツ

 ソーセージを使った餌付けが楽しかったので、俺は調子に乗って色々と遊んでみた。


 例えば、シロとクロのちょうど中間あたりにソーセージを転移させてみる。

 すると二人は驚くべき反応を見せ、両側からほぼ同時にソーセージに齧り付いた。


「もぐもぐもぐもぐ」

「むしゃむしゃむしゃ」


 あっという間に両端からソーセージが消えていくとともに、二人の距離が近づいていく。だが二人とも食べることに夢中でそれに気が付いていない。

 やがて二人の間からソーセージがなくなり、


「「っ!?」」


 唇と唇がぶつかった。

 不意打ちのキスに目を白黒させて驚愕するクロ。


「てめっ、何しやが――――っ!?」


 逃げようとするクロだったが、シロがその肩をがっしりと抑えた。

 その行為の意味をどう考えたのか、クロの顔が見る見るうちに紅潮していく。


 だがシロは決して長く口付けをしたがっていた訳ではなかった。

 まだ食べたりないとばかりに、クロの口内にある噛みかけのソーセージを狙いに行ったのだ。なんて意地汚い。


「~~~~~~~っ!?」


 シロの舌が口の中に入ってきて、先ほど以上の驚愕を顔に露わにするクロ。

 水気たっぷりの音が聞こえてくる。

 そしてしばらく口の中を蹂躙されると、クロの頭からぼふんっと湯気が出た。


「ん、ご馳走様」


 やがてシロが唇を解放すると、クロはその場にコテンと倒れ込んでしまう。


「あふ……あひゃ……うひゃあ……」

「? 大丈夫?」


 白目を剥いてほとんどアヘ顔状態となっているクロを見下ろしながら、きょとんと首を傾げるシロ。


 へっへっへ、やっぱり百合はいいのう……。








「というわけで、今回狙う高級食材はここにある」

「というわけでって、どういうわけだよ……」

「ん、楽しみ」


 俺はドラゴン娘二人を連れて、とある山の麓へとやってきていた。


 霊峰マルホーン。

 標高は何と12482メートル。

 地球で最も高い山であるエベレストよりも高い。


 そして食材があるのは、この山頂。

 普通なら何日もかかる行程だが、俺はドラゴン化したクロの背中に乗って一気に頂上へと向かう。シロも人化したままクロの背中で寝っころがっている。


「って、何でオレがテメェらを乗せなきゃならねぇんだよ!」

「ジャンケンで負けただろ? しかも五回もやったのに全敗」

「くっ……屈辱だっ!」


 ちなみにクロは十回中八、九回くらいはグーを出す。

 なのでジャンケンがめちゃくちゃ弱い。


 標高が上がるほど、どんどん気温が下がってくる。

 一年を通じて温暖な気候の地域なのだが、それでも8000メートルを越えると雪が積もっていた。


 やがて山頂へと辿り着く。

 そこにあったのは巨大な鳥の巣だ。

 ドラゴン化したクロでさえ、すっぽりと収まるほどの巨大さである。


「何だこのデカい巣は……?」

「これは神鳥として知られるロック鳥の巣だ」

「神鳥だと!?」


 それは真っ赤な羽毛に覆われているという伝説の鳥だった。

 しかし近くにその姿はなく、巣の中にはこれまた巨大な卵が幾つも転がっていた。殻は燃えるように赤く、どれも小錦が入れそうなくらい大きい。


 ロック鳥は基本的に一か所に留まることは少ないらしいので、すでにどこか別のところに棲みついているのかもしれない。


「卵を放置して?」

「全部、無精卵だけどな」


 首を傾げて訊いてくるシロに教えてやる。

 ナビ子さんが補足した。


『ロック鳥は単為生殖です。そして有精卵を産むのは自らの死の寸前だけ。そうやって生まれ変わっていると言われています』


 その有精卵は温めなくても孵るし、雛は勝手に育つそうだ。

 伝説の鳥だけあって、なかなか面白い生態をしている。


 俺は巣にあった卵を幾つかを拝借していくことにした。

 どうせ無精卵だし、このままだと腐って無駄になるだけである。

 触れてみるとかなり温かかった。


 と、そのときだ。

 頭上から甲高い泣き声が轟いてくる。


「クエエエエエエエエエエエッ!!!」


 天を仰ぐと、そこに全長十五メートルはあろうかという巨大な鳥の姿があった。

 どうやらまだ近くにいたらしい。


「おい、どうすんだよ!? 戻ってきやがったぞ!」


 さすがのドラゴン娘も慌てている。


 勝手に卵を拝借されて怒っているようだ。

 無精卵なんだから別に良いだろとは思うが、そういう訳にはいかないようだ。


 巨大な鳥は大きく口を開けると、そこから火炎を放射してきた。

 その超高熱で周囲の雪が一瞬にして蒸発する。

 だが卵は無事だ。あの赤い殻、炎に耐性があるのだろう。


 俺たちはと言うと、転移魔法でロック鳥の背後へと移動していた。

 背中の気配に気づいて、ロック鳥が咄嗟に顔を上げようとする。


「眠ってもらうぞ」


 だがその前に俺はロック鳥に近づいて素手で〝ノッキング〟した。

 ロック鳥が気を失って巣の近くへと墜落する。


 説明しよう!

 某グルメバトル漫画によれば、ノッキングとは脳のある神経組織に的確な刺激を与えることで、一時的に麻痺状態にすることだ!


「いやいやいや、相手はロック鳥だぞ!? 何でんなことができるんだよ!?」

「これからはノッキングマスターと呼んでくれ」

「これも食べる?」

「ロック鳥って美味いんだろうか……。卵は最高級の食材として知られてるみたいだが」


 過去に誰もロック鳥を捕獲して食ったことがないのだろう。


「部位によっては美味そうだけどな」


〈料理・極〉を持つ俺の直感がそう言っている。


「せっかく捕まえたし、一応農場に持って帰ろう」


 俺は気絶したロック鳥を抱え、農場に連れて帰った。

 オークロードみたいに半永久食材として使えるかもしれないしな。

 まだ当分目を覚まさないだろうが、念のため鎖に繋いでおく。


「まずはこの卵を使って料理開始だ」


〈無限収納〉から巨大卵を取り出すと、金属並に硬い殻を手刀でかち割った。

 予め用意しておいた特注の巨大ボールへ中身が滑り落ちる。


 これだけ大きくて重いというのに、黄身も白身も弾力があって盛り上がっていた。ロック鳥の卵は産み落とされてから数年は鮮度が持つらしいが、近くに親鳥がいたことからきっとまだ産み立てほやほやだろう。


「てか、これ一個で大量の卵料理が作れそうだな」


 だがあえて丸々一個を使って一つの料理を作ることに。

 ボールに砂糖と塩コショウを適量入れると、泡だて器で撹拌させる。……自力で。


「どりゃあああああっ!」


 電動よりも遥かに速く、それでいて繊細な動き。

 あっという間に筋が残るくらいまで泡立った。


 巨大フライパンに大量のバターを投入し、そこへ一気に流し込む。

 ここからが腕の見せどころだ。

 仕上がり状態を均一にするため、フライパンの操作や火加減に気を配りながら半月状に仕上げていく。


 やがてできあがったのは超巨大なオムレツだった。


 お皿に乗せると、ぷるぷるとプリンのように震えた。

 黄金色に焼き上がり、バターの芳醇な香りがこれでもかと鼻腔を擽ってくる。


「完成!」

「「いただきます」」


 シロとクロがその巨大オムレツに顔から突っ込んでいった。


「うまぁぁぁぁぁぁっ!」

「うめぇぇぇぇぇぇっ!」

「ふわふわ! ふわふわ!」

「口の中でとろけるぜ!」


 オムレツはソース次第で色んな味を楽しむことができる。


 用意したのは定番のトマトケチャップを筆頭に、デミグラスソース、ホワイトソース、和風ソース。変わり種としてカレーソースなんかも。

 さらにはメイプルシロップや生クリームを付ければ、デザート感覚でも楽しめるのだ。


「うまうま!」

「どれも美味ぇぇぇっ!」

「おお、カレー味も結構いけるな」


 そうしてドラゴン娘たち+俺がオムレツに舌鼓を打っているときだった。


「こらああああっ! 何なんだよお前たちはっ!? ボクの卵を盗んだばかりか、神鳥であるこのボクを捕縛するなんてふざけんなよぉっ!」


 と、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。

 だが今はオムレツに夢中なので無視。


「ちょ、シカト!? こっち向けよ! てかそれ、ボクの卵じゃないかっ!?」


 後ろで何やらぎゃあぎゃあ喚いている奴がいるな。

 うるさいので俺はそいつの口の中にスプーンでオムレツを突っ込んでやった。


「ふぐっ!?」

「ほれ、お前も食ってみろよ」

「って、何で自分で産んだ卵を―――――美味ぁぁぁぁぁぁいっ!?」

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