第73話 生命の林檎のアップルパイ

「こ、今回は引き分けってことにしといてやろうじゃねぇか! また来てやるから次こそ決着を付けようぜ!」


 散々ピザを食いまくったクロは、そんな言葉を残して去っていった。

 まぁ意訳すると「また食べに来るから美味しい物を用意しておいてねっ!」ということだろう。ツンデレか。


 そしてすぐ翌日、クロは再び姿を現した。


「き、昨日言った通り、また来てやったぜ!」


 どうやらよっぽど俺の料理を食べたかったらしい。

 そうならそうと言えばいいのに。


「べべべ、別に、テメェの料理を食べたかった訳じゃねぇんだからなっ!?」


 やっぱりツンデレだ。


「負けを認めたら毎日いくらでも食わせてやるぞ」

「ん、毎日が天国」

「マジか……? って――」


 ぶんぶんぶんと、クロは欲望を振り払うかのように懸命に頭を振った。


「そんな誘いにオレが乗るわけねぇだろ!」

「お、そう言えば昨日のピザの残りが」

「「はむっ!」」


〈無限収納〉から焼き立てそのままのピザを取り出してみると、シロとクロが同時に噛みついてきた。「待て」ができない犬みたいだ。


「もぐもぐもぐ。やっぱり美味しい」

「ハッ? オレは何をやってんだ!?」


 我に返って頭を抱えるクロ。

 一方でシロがどんどんピザを食い進めていくので、


「ちょ、オレの分も残しておけよ!」

「知らない。もぐもぐもぐ」

「あ~~っ! もう食べ切りやがった!?」

「げっぷ」

「ちなみに今ので最後の一枚だぞ」

「テメェこんちくちょう! 吐け! 今すぐ吐き出せ!」


 クロが詰め寄るが、シロは口周りをぺろりと舐めながら知らん顔だ。

 ていうかクロ、お前、泣かなくてもいいだろ……。


「ななな、泣いてねぇし!」

「安心しろ。今日はまた別の美味いもんを作ってやるから」


 言いながら、俺は〈無限収納〉から瑞々しい林檎を取り出した。


「はむっ!」


 シロが俺の手ごと林檎を丸のみにした。


「もぐもぐもぐもぐ……ん~~~~、甘い! 美味しい! シャキシャキ!」

「シロさんや? 俺の手、君の唾液でべとべと何だけどね?」


 気を取り直して、別の林檎を取り出す。

 他にも葡萄やバナナ、パイナップル、キュウイなどなど。

 いずれもこの農場の果樹園で収穫した果物たちだ。


 今にも喰らい付こうとしてくるシロに警戒しつつ、俺はクロに問う。


「お前、果物って食ったことあるか?」


 ドラゴンって果物食べ無さそうだよな。野菜もだけど。


「ば、馬鹿にするんじゃねぇ! ええと、あれだ! スイカ? とかいう奴を食ったことがある!」


 スイカは野菜だけどな。まぁ分類の仕方にもよるが。


「ほとんどただの水で、まったく血の味がしなかったぜ」

「ドラゴンの味の基準は血なんだな……」


 それはともかく、今回もせっかくなのでレアな食材を使いたい。


 という訳でやってきたのは、大森林。

 ティラの故郷のある森林だが、しかしエルフたちすらほとんど足を踏み入れることがないというさらに奥深くへ。


「ん、大きな木」


 シロが首をほとんど九十度上向けながら呟いた。


「この世界を造ったとも言われている神の木――〝生命の大樹〟だ」


 それは天を突くように聳え立つ巨大な樹木だった。

 大森林の木はどれも背が高く、高層ビル並みの高さがあるのだが、これは軽く千メートルを超えている。


『高さは千百二十四メートルです』


 スカイツリーの倍だな。


「食材はあの木の頂上にあるんだ」

「登るの大変」

「ドラゴンの姿に戻って飛んでいきゃ楽勝だぜ」


 転移魔法を使っても良かったが、それだと味気ないので普通に登ってみることにした。ゲームとかで木を登っていくフィールドがあったりするが、俺けっこう好きなんだよな。


 シロとクロが竜の姿で木の幹に沿って上昇していく横で、俺は枝から枝へと飛び移りつつ登っていく。


「ひゃっほーっ!」

「おい何でテメェの方が普通に速いんだよ!?」


 ドラゴン娘たちを引き離してしまった。


「おっ、クロ、モンスターが来てるぞ」

「っ!?」


 それは巨大な蜂の魔物だった。

 体長一メートルはあるだろうか。それが全部で七匹ほど。お尻の毒針が一斉にクロの身体に突き立てられる。

 ……が、黒輝竜の硬い鱗を貫くことはできず、針の方が折れてしまった。

 クロが尾をひと薙ぎすると、それだけで蜂の群れが一掃された。


 しかしすぐに次の一団がやってくる。

 どうやら近くに蜂の巣があるらしい。


『キラーホーネットの蜂蜜は超高級品として知られています』

「よし、採取していこう」


 俺は蜂の巣へと突っ込んでいった。

 次々と蜂たちが躍り掛かってくるが、軽く撃退ながら巣に接近。

 巣の中にまで入り込むと、金色に輝いている蜜を戴いてさっさと脱出する。


 味見のため軽く舐めてみた。


「うめぇぇぇぇぇっ! こんなに甘い蜂蜜、初めて食ったぞ!」

『私も私も!』

『お、オレも……ッ!』

「後でな。おい、涎垂れてるぞ」


 後を追い駆けてくる蜂の大群をあしらいつつ、俺たちはさらに上へ上へと登っていく。

 途中で他にも猿や鳥系の魔物にも遭遇したが、苦も無く倒してついに頂上へと辿り着いた。


 不思議なことに、そこは枝が蚊取り線香のように回転して足場を作り、広場のような空間を形成していた。

 その中心に、まるで大樹をそのまま縮小させたかのような木が生えている。


「あれが生命の林檎か」


 その小さな木になっていたのは輝くように真っ赤な林檎だった。

 死者すらも蘇らせると言われる伝説の果物である。


「実際に蘇るのか?」

『蘇ります』


 蘇るのか……。


『ただし肉体の損傷が軽微である場合に限ります』

「食べたら不老不死になるとかは?」

『いえ、さすがにそこまでの効果はありません。ですが、肉体年齢を幾らか若返らせる効果はあります。元から若いマスターの場合ですと、ステータスが上昇します。また、数十年間はどんな病気にも罹らなくなります』


 すげー、さすが超レア食材。

 ちなみにこの林檎、数か月に一個しか実を収穫することができないらしい。ただし、一個が人間の頭くらいでかいが。


 こんなものを美味い食い物を作るためだけに使うとは、最高の贅沢だな。







 生命の林檎を手に入れて農場に戻って来ると、早速料理に取り掛かった。


 うお、この林檎、すげぇ蜜が詰まってる。

 このまま齧りたい気持ちを抑えて、まずは角切りに。

 そして砂糖とバターで煮詰める。林檎自体の糖度が高いので、砂糖は少量でいいな。

 瞬く間に甘い香りがコテージ内に広がっていった。


「早く早く早く!」


 シロがやたらと急かしてくる。


「すぐできるから待ってろ」


 例のごとく時間魔法も使いながら、パイ生地に煮詰めた林檎をたっぷりと入れ、オーブンで焼く。生地が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


 すでにシロとクロはオーブンの前でスタンバっている。

 おい、涎、涎。

 オーブンから取り出し、二人にパイを切り分けてやる。


「うまぁぁぁぁぁっ!」

「んぁぁぁぁぁぁっ!」


 口の中に放り込んだ瞬間、揃って大声を上げた。

 そして服を脱ぎ捨て、真っ裸になる!


 俺もパイを齧った。


「うめぇぇぇぇぇぇっ!」


 サクサクのパイ生地。そして中は煮る際に調整したため、しゃきしゃきとした林檎の食感が気持ちいい。

 だが何よりも最高なのが、やはり味だ。


 こんな美味い林檎、食ったことねぇ!

 しかもさすが生命の林檎! 全身から力が漲ってくる。

 俺の股間も一瞬でフルパワーだ!

 これは全裸不可避!

 俺も服を脱ぎ捨てた!


 俺たちは生まれたままの姿でアップルパイを無心で食べ続ける。


『……傍から見ていると異様な光景です』


 アップルパイを食い尽くすと、次の一品に取りかかった。

 クイーンミノタウロスのミルクを利用したアイスクリームに、特製のムース、そしてキラーホーネットの巣から入手した蜂蜜。

 さらには農場で収穫した新鮮な果物をふんだんに使って、パフェ仕立てに。もちろん生命の林檎も忘れない。


「あまぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あめぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 甘さの爆弾が口の中で弾け、シロとクロが叫ぶ。


「でもうまうま!」

「うめぇ! 甘いのうめぇ!」


 ドラゴンでもやはり女の子は甘いものが好きらしい。

 それから二人は蕩けるような顔で甘味を頬張りまくったのだった。

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