第72話 クイーンミノタウロスのモッツァレラチーズ

「おい、何だよここは? ダンジョンじゃねぇか?」

「その通りだ」


 俺は転移魔法を使い、シロとクロをとあるダンジョンの入り口前へと連れてきていた。

 難易度Aの未攻略迷宮で、『クレッソス古代遺跡』と呼ばれている。


 クロが怪訝な顔をして問い詰めてくる。


「こんなところに何の用なんだ? オレにもっと美味い物を食わせてくれるんじゃなかったのかよ?」

「せっかくだし、ここで最高級食材を手に入れようと思ってな」

「最高級食材……ごくり」


 その言葉だけでシロが喉を鳴らした。


「んなところで?」

「騙されたと思って付いてこいよ」


 俺たちはダンジョン内へと足を踏み入れる。


 このダンジョンの最大の特徴は複雑極まりないその迷路構造だ。

 無数の分かれ道に加え、幾重もの階層状になっており、隠し通路や隠し部屋なんかも大量に存在している。

 さらに時々前触れなく構造が変化するとあっては、作成した地図も意味を成さない。過去には多くの侵入者が脱出できずにこの迷宮内で果てたという。

 実際あちこちに白骨化した骸が転がっていた。


「だ、大丈夫なんだろうな? んな黴臭いところで死ぬまで迷い続ける羽目になるとか、冗談じゃねぇぞ?」

「安心しろ。すでにダンジョン内の構造はすべて把握してる」


 俺の〈探知・極〉の有効範囲はおよそ半径三キロメートルだ。

 この広大なダンジョンも、すっぽり丸々と入り込む範囲なので迷う心配などない。


「前から思ってたが、テメェほんと何もんだよ……?」

「ん、カルナはすごい」


「ブモオオオーッ!」


 突然、特徴的な獣の泣き声が聞こえてきた。

 現れたのは筋骨隆々の体躯を誇る牛頭人身の超有名モンスター、ミノタウロスだ。


「こいつの肉、なかなか美味ぇんだよなぁ」

「私もかつてはそう思ってた」


 冒険者ですら苦戦する狂暴な魔物だが、神竜であるシロとクロからしてみれば雑魚も同然。むしろ食い物としてしか見ていない。

 しかしクロとシロのミノタウロスの肉に対する評価は真逆だ。

 俺もシロに同意見である。


「ミノタウロスの肉は筋肉質過ぎてダメだな。硬いし、何より旨味成分が少なくて料理には使えない」

「ん。もっと美味い肉がある」

「何だと……!?」

「ま、種類によっては肉が柔らかくてそこそこイケるんだけどな」


「ブモオオオッ――――ブモォッ!?」


 なにこの状況で暢気に話してんだよとばかりに躍り掛かってきたミノタウロスを、シロがワンパンで吹き飛ばす。迷宮の壁に叩きつけられた牛頭の巨漢は、泡を吹きながら白目を剥いてしまった。


 さてと、獲物はどこにいるかな……。

 おっ、意外と近いか?


『いえ、直線ルートではそう離れていませんが、大きく迂回する必要があります』


 あー、確かに。

 面倒だし、〈千里眼〉で行き先を目視して、それから転移魔法で移動することにした。


「いたぞ、あいつが今回の食材だ」


 そして迷宮の最奥。

 恐らくはボス部屋だろう広大な空間にそいつはいた。


 普通のミノタウロスが子供に見えてしまうほどの巨体だ。

 単純に背丈が大きいというだけでなく、異常なほど横幅があった。

 というか、もはやほとんど脂肪の塊だ。大きな団子にも見える。

 言ってみれば、超デブなのである。


 クイーンミノタウロスという、ミノタウロス系の魔物の最上位種だった。

 たぷたぷとしたお腹には巨大な乳房が十も並んでいて、そこにミノタウロスたちが争うようにしゃぶり付いていた。縮尺的に子供に見えてしまうが、もちろん二メートルを超すガチムチどもであり、ぶっちゃけキモイ。


「ん、あいつの肉、美味しそう」


 シロ……よくあれを見て涎を垂らせるね……?


「いや、確かにクイーンミノタウロスの肉は美味い。ちょっと霜降りが多すぎるから、好き嫌いが分かれるところだけどな。ただ、今回の料理に使うのはあいつの肉じゃない。ミルクだ」

「ミルク?」

「クイーンミノタウロスのミルクは極上なんだ」

「じゅるり」


 授乳に夢中になっていた女王牛だが、俺たちに気づいて『ブモウッ!』と鼻を鳴らした。

 すると周囲を取り囲んでいたミノタウロスたちが一斉にこちらに躍り掛かってきた。


 女王牛自体はあのデブさなので、ほとんど動くことはできないのだが、こんなふうに手下(?)のミノタウロスたちを嗾けて攻撃してくる。

 しかもあのミルクにはミノタウロスを強化させる力があるようで、その強さは並のミノタウロスどもとは比較にもならない。


「邪魔」

「はっ、牛ごときがドラゴン様に勝てるわけねぇだろうがよッ!」


 だがいかに強化されていようと、神竜たちの敵ではなかった。お得意の突進攻撃を見舞おうとするも、シロとクロに逆に吹っ飛ばされていく。


 あっさりとミノタウロスたちを一掃すると、女王牛は怯えたように『ブ、ブモォ……っ』と鼻を鳴らした。

 それでもぶよぶよの肉に覆われた腕を懸命に振り上げ、抵抗しようとしている。


「安心しろ、あんたを殺す気はない」

『ブ、ブモ……?』

「違う。ちょっとミルクを貰うだけだ」

『ブモモ……?』

「そうそう」


 女王牛はまだ少し警戒しているようだったが、諦めたように大人しくなった。


「もしかして牛の言葉が分かんのか?」

「何となくだけどな」

「なんでもアリだな……」


〈言語理解・極〉のお陰だ。


 それから俺は女王の乳を搾った。

 濃厚なミルクが容器を満たしていく。


『ブモォ……』


 俺の搾乳が気持ちいいのか、なぜか恍惚とした顔になっているが気にしない。


「牛の乳なんてほんとに美味いのかよ?」

「飲んでみるか?」


 懐疑的なクロに、別の小さな容器に入れて渡してみた。

 恐る恐るミルクを口の中に流し込んだ瞬間、目が大きく見開かれる。


「美味ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 お約束の反応ありがとう。


「ん~、んんっ……ん~~~」

「おい、シロ。直接飲むんじゃない」


 シロは女王牛の乳にしゃぶり付いていた。

 ごくごくごくと物凄い速さで飲んでいる。


 ある程度の量を入手すると、俺たちは女王牛に別れを告げて農場へと戻った。






 農場に併設されたコテージ。

 必要な材料をすべてそろえた俺は、そこで料理を開始した。


「で、これがそのクイーンミノタウロスのミルクで作ったモッツァレラチーズだ」


 拳大のお餅のようになったそれを二体のドラゴンたちに見せる。

 モッツァレラチーズというのは、地球ではお馴染みのイタリア産のチーズの一種だ。

 元々熟成過程を経ないフレッシュチーズではあるが、時空魔法を使ってさらに時間を短縮させたため五分くらいしかかかっていない。なお作り方については説明が面倒なので省略する。


「チーズ?」


 どうやらクロはチーズのことすら知らないらしい。


「超簡単に言うと乳を凝縮した食い物だな」

「ん、チーズ超美味い」


 そしてモッツァレラチーズと言えば、やはりピザである。

 農場で収穫した小麦粉から作ったピザクラストの上に、これも農場で取ったトマトで作ったトマトソースを薄く塗る。

 その上に女王牛のモッツァレラチーズをたっぷりと乗せると、さらに野菜メインの具材を惜しみなく乗っけていった。

 そしてコテージに備え付けられた窯で焼くと完成だ。


「ふおおおおおっ!」


 窯から取り出した焼きたてのピザを見て、シロが不思議な歓声を上げた。

 チーズや生地の「みみ」に適度な焦げ目がついていて、めちゃくちゃ美味そうだな。


「じゅるりじゅるりじゅるりじゅるり」

「すぐ切り分けてやるから、もう少し我慢しろ」


 涎を盛大に垂らしながら今にも直接齧り付きそうなシロを抑えて、放射状に切り分けていく。

 切り分けた部分を持ち上げると、チーズがびろ~んと伸びた。

 これこれ! すげぇ食欲そそるんだよなぁ、この光景。


「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」


 真っ先に口の中にピザを放り込んだシロが、あまりの美味さに服を脱ぎ捨てて全裸になった。

 って、なぜ脱ぐ。

 某料理漫画かよ。


「そ、そんなにかよ!? ごくり……」


 クロがそれに続く。


「うみぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 うみぇ?

 言語がおかしくなっているぞ。

 しかもシロと同じで服を脱ぎ捨て、真っ裸になっていた。シロはつるぺただが、こいつの方はなかなか良い身体してる。


「って、なんでオレは服を……ッ?」

「ドラゴンの本能。だから不可避」


 俺も食ってみた。

 美味ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?

 ミルクの時点でかなり濃厚だったが、チーズにしたことでさらに味が濃くなっていた。それが生のままでも美味しかった新鮮な野菜たちと絡み合い、それぞれ極上の、それでいて多彩な味を楽しませてくれる。

 そしてチーズの食感もいいが、生地のサクサク感も最高だ。


『なぜマスターまで全裸に?』

「はっ!?」


 俺も気が付けば生まれたままの姿になっていた。


「ん、おかわり!」

「お、オレもオレも! もっと食わせろぉぉぉっ!」


 シロに負けじと、クロもどんどん口の中に放り込んでいく。全裸で。

 やはりドラゴンだけあって、二人ともとんでもない大食漢だ。


 それから一枚ごとに色んなアレンジを加えつつ、五十枚を超えるピザを焼いてドラゴン娘たちに振舞ってやった。全裸で。


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