竜娘たちを餌付けする編

第71話 黒輝竜再来!

「はっ、またオレ自ら来てやったぜ! 今度こそ勝負だ!」

「ん、めんどう」


 人化してスケバン少女っぽい姿になった黒輝竜――クロの挑戦を、シロはたった一言で突っ撥ねた。


「何でだよ!? ちょっとくらい付き合ってくれてもいいだろ!? バトルでもレースでも何でもいいからよ!」

「疲れるから嫌」


 黒輝竜は必死だが、シロはにべもない。ちなみに彼女はソファの上で猫のように丸くなったままだ。

 何だか休日にゴロゴロするお父さんと、遊んでほしい子供みたいな構図だな。

 そんな二人の様子を見ていた俺は、黒輝竜に訊ねる。


「ていうか、前に泣きながら逃げてったのに、何でまた性懲りもなく現れたんだ?」

「泣いてねぇし! あとあれは戦略的撤退って言うんだよ! オレはいずれ竜王になる身として、こいつに勝つ必要があるんだ!」

「そんなこと言って、単にシロのことが好きなだけじゃねーの?」

「なななな、何言ってやがる!? そそそそ、そんな訳ねぇだろ! 何でオレが白輝竜のこいつに、ほほほっ、惚れなきゃならねぇんだよ!?」


 ……動揺し過ぎだろ。

 お父さんと遊んでほしい子供というより、むしろ好きな女の子にちょっかい出す小学生の男子だな。雌だけど。


「と、とにかく! オレと勝負しやがれ! 内容は何でもいい! っ、そうだ! テメェが好きな大食い対決はどうだ!?」

「大食い……」


 その言葉に少し心を引かれたのか、シロは僅かに反応した。


「どっちが多くの魔物を狩って食えるかを競うやつだ! 前にもやったことあるだろ! 覚えてるよな!?」

「ん……覚えてる」

「よし! じゃあ早速やろうぜ!」

「嫌」

「何でだよ!?」


 声を荒らげるクロに、シロはつまらなそうに言った。


「生だと不味い肉が多い」


 クロは怪訝な顔つきになる。


「はぁ? 何言ってやがんだ? 肉は普通、生で喰うもんだろうが?」


 ドラゴンの主食は魔物や動物の肉だ。

 だが人間のように調理することはほぼなく、そのまま生で食べる。 

 肉以外のものを食うことも、ないとは言わないが、それほど多くないという。


 けれどシロは人間の料理の味を覚えてしまって以降、完全に雑食になっていた。

 別に植物性のものでも消化できない訳ではないのだ。それに人化していると、人間と味覚はほぼ変わらないらしいしな。


 さらに最近は俺の作る料理のせいで、かなり舌が肥えてしまっている。

 だからそこらの魔物の肉ではもはや満足できないのである。

 大抵の肉は焼いたり熟成させたりした方が美味いしな。


「ちっ、まさかテメェがここまで人間の犬に成り下がってしまっていたとはな……。ドラゴンとしての矜持はどこに行ったんだ?」

「なにそれ美味しいの?」

「食い物じゃねぇよ! ったく、人間どもがやる料理なんてもん、オレにはまったく理解できねぇぜ。食えりゃあ何でもいいだろうが」


 クロが吐き捨てるように言うと、シロは不満げに口を膨らませた。


「違う。料理は素晴らしい。美味しい食べ物で幸せになれる。絶対ドラゴンも見習うべき。特にカルナの料理は最強」


 いつになく饒舌に主張するシロ。

 クロは面食らったように目を丸くしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて言う。


「はっ、そこまで言うなら今回はそいつを勝負にしようぜ! こいつが作った食い物をオレが認めればテメェの勝ち、認めなければオレの勝ちだ!」


 それはもはやお前らの勝負ではないのでは?

 しかも勝敗を決めるのが勝負する本人とか、どう考えても勝負として成立していないぞ。


「ん、それでいい」


 だがシロはあっさりと認めてしまった。

 クロが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「よし、良いって言ったなっ? 今ので決定だぞ! やっぱりナシって言っても遅いからな! くくく、今回こそはついに勝てそうだぜ……っ!」


 そんな戦いで勝って嬉しいのだろうかと思ったが、まぁ面白そうだからいいか。


「カルナ?」

「ああ、任せておいてくれ」

「はっ、その自信いつまで持つかな! くははははっ!」


 その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ。






 そんな訳で二体のドラゴン娘たちを連れてやってきたのは、


「おい、何なんだここは?」

「農場だ」

「農場……?」

「野菜とか果物とかを育ててるんだよ」


 そこは俺が自ら作った農場だった。

 この世界にも地球にもあるような野菜や果物が沢山ある。

 だが地球のような高度な品種改良がなされている訳ではないため、どれもそれほど美味いとは言えない。


 そこで、ないなら自分で作っちゃえ、と思って畑や果樹園を作ることにしたのである。

〈農業・極〉スキルを持つ俺の手にかかれば、これくらいは朝飯前だ。


 場所はアルサーラ王国の東部。

 なぜかずっと放置されてきた土地なのだが、広い平地で、しかも土壌がいい。そのため農業に適している。

 俺はエレンの親父さんであるアルサーラの王様に頼み、この広大な土地を買い取らせてもらったのだ。


 農場の運営は雇った農奴たちにやらせていた。

 常に俺が監督する訳にはいかないため、彼らの統率は〈影分身・極〉で生み出した影分身に任せている。

〈農業・極〉スキルもこの影分身に渡していた。


「おお、トマトが良い感じに実ってるな」


 畑に瑞々しい真っ赤なトマトがなっていた。

 シロがじゅるりと口を鳴らす。


「ん、美味しそう」

「食べるか?」

「食べる!」


 トマトをもぎ取り、シロに渡す。


「クロはトマト食ったことあるか?」

「その名前で呼ぶんじゃねぇよ! ……トマトくれぇ、食ったことあるに決まってんだろ。出来損ないの血の塊みてぇで、まるで美味くなかったけどな」


 出来損ないの血の塊て……色だけじゃねーか。


「んんん~~~っ!」


 トマトに齧り付いたシロが、赤い飛沫を散らしながら大きく目を見開いた。


「甘い! 何これ!? 甘い甘い甘い! トマトじゃないみたい! でも美味しい! もぐもぐもぐ!」


 口の周りをべとべとにしながら一気に丸々一個を食べ切ると、シロは別のトマトへと手を伸ばした。もう一個食うのかよ。


「こ、こいつがこんなに能動的になってるところ、久しぶりに見たぜ……」


 クロが目を丸くしている。

 それからあまりにもシロが美味そうにトマトを頬張るので、自分も食べてみたいと思ったのだろう。トマトをじぃっと見ていた彼女に、俺は一個渡してみた。


「お前も食ってみろよ」

「……」


 ごくり、と喉を鳴らしてから、クロは恐る恐るトマトに齧り付いた。

 やや胡乱げだった瞼が開く。


「あ、甘ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 そう、このトマトは甘いのだ。

 この世界の普通のトマトの糖度はせいぜい3とか4くらい。地球の一般的なものより甘さが弱い。

 だがここで栽培されたトマトは、10を越える糖度があった。


 しかもただ糖度が高いだけではない。

 適度な酸味もあり、瑞々しくありながらもトマトの味はしっかりと濃い。

 ここまでのトマトを生み出すのには、物凄い苦労が――あった訳ではなく、〈農業・極〉のお陰で簡単に作れてしまった。

 マジでチートだわ。全世界の農家さんに怒られそう。


「なんだこれ!? 美味ぇ! オレが前に食ったトマトは何だったんだ!?」


 クロはあっという間に一個平らげてしまう。


「こっちのキャベツも食ってみろよ」

「はっ、こんな草みてぇなもんが、美味いわけ…………美味ぇぇぇぇぇっ!?」

「ん! 甘くて、しゃきしゃきしてて美味しい!」


 生でも美味いキャベツは美味いのだ。


 俺はさらに、なすび、パプリカ、ニンジン、ブロッコリー、アスパラガスなどの野菜を〈無限収納〉の中から取り出した。

 それぞれ旬の時期に収穫し、ここに保存しておいたのだ。時間が停止しているため、新鮮なままなのである。


 それらをオリーブオイルで焼いて、塩と胡椒でシンプルに味をつける。たったそれだけで、素材の良さが引き出されてさらに美味しくなる。


「こいつも食ってみろ」

「もぐもぐもぐ!」

「がつがつがつ!」


 仲良くシロと一緒に焼き野菜に食らいつくクロ。


「よく噛んで食べろよ~」

「……はっ?」


 クロの手が止まる。

 どうやら我に返ったらしい。

 口の中を野菜でいっぱいにしながら、クロは強がるように言った。


「お、お、お、思ってたよりは美味いみてぇだなっ! だ、だが、この程度じゃオレを認めさせるには遠いぜ!」

「まぁ、今のはまだ料理とは言えないレベルだしな」

「何だと!?」


 クロちゃんの餌付けはこれからが本番だ。


 愕然とする彼女から「あ、あれ以上のものを食ったら、オレどうなっちまうんだ……」という小さな呟きが聞こえてきた。

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