第70話 出会ってしまった三匹の変態

 数日かけてオレたちが辿り着いたのは、アルサーラ王国とエクバーナのちょうど国境付近に当たる山岳地帯だった。


「明日は山を越えないとなんねぇから、夜明け前には起床するぞ」

「老体にはなかなか辛いですのう」

「どうせあんたはいつも早起きだろうが」


 山中で夜になってしまっては危険だ。

 そのため山越えのためには早朝に出発するのが常識だった。


 翌朝まだ暗いうちに起き出した俺たちは、宿の食堂で朝食を取る。

 山越えの客が多いこともあって、こんな時間からでも稼働しているのだ。

 しかしその割には客が少ねぇな?

 この町から行くルートが、エクバーナへは最短のはずなんだが。


 そんなオレの疑問を察したのか、宿の女将が教えてくれる。


「実は最近、山に奇妙な犬男が棲み付いてしまってねぇ。みんな気味悪がってしまって、別のルートからエクバーナに行くことが多くなっちまったんだよ」


 犬男?

 なんだそれは?


「別に何にもしてこないらしいんだけど……一応、あんたたちも近くを通るなら気を付けなよ」


 意味不明だが、女将が冗談を言っているようには見えなかった。

 オレとジジイは首を傾げつつ、宿を出た。


「もしかして新種のモンスターではないですかの?」

「さぁな」


 山道を登っていく。

 かなり険しい道のりだ。

 女将が言っていたのはこの辺りのはずだが……まぁ、どうせ山に棲みついている猿か何かを見間違えただけだろう。

 そんなオチに違いないと思っていると――



「わんわん」



 ――なんかいた。


 若い男だ。

 まだ二十歳くらいだろうか。

 ちょっと薄汚れてはいるが、イケメンと言ってもいいだろう容姿をしている。


 つまりそう、普通に人間だ。

 服もちゃんと着ている。


 なのに、なぜか首輪をしていて、そこからリード……というか、鎖が伸びていた。

 そして犬のような座り方で、泣き声も「わんわん」。


「……犬男だ」

「そうでございますな」


 このジジイはなぜか平然としているが、あれはヤバい。

 旅人や商人たちが気味悪がってルートを変えるのも理解できる。

 距離を置いて観察していると、その犬男がいきなり話しかけて(?)きた。


「わんわん?」

「いやオレ、犬語なんて分からねぇし……」

「エクバーナに行かれるのですか? お気を付けて」

「普通にしゃべれるのかよ!?」


 オレは思わずツッコミを入れてしまった。


「まだ若いというのに、一体何があったのですか?」


 ジジイが普通に質問している。

 いやいや、おかしいだろ、お前。

 もっと驚くか怯えるかするだろ、普通は。


「ここでずっとご主人様を待っているんです」


 どういうことだ?

 俺は思わず訊ねた。


「ご主人様だと? てことはお前、奴隷なのか?」

「いえ、僕はペットでして」


 ますます意味が分からん。


「どのくらいこちらでお待ちなのでございますか?」

「……実はもうかれこれ、一か月近くは……」


 酷ぇ話だ。

 ペットだか何だか分からないが、こいつはこの場所に一か月も放置されている訳だ。

 しかもこの鎖のせいで逃げることもできない――


「あっ、この鎖、元々はそこの岩に括りつけられていたんですけど、岩を割ったので今は自由に動けますよ」


 動けるのかよ!

 って、まさかその岩って、あれか……?

 あんな硬い岩をどうやって割ったのかは疑問だが、つまりこいつは自主的にその〝ご主人様〟とやらを待っているらしい。

 アホだ。こいつ完全にアホだ。


「こんなことを申し上げるのは大変心苦しいことではございますが、もしかして捨てられてしまったのでは?」

「ああ! やっぱりそうなんでしょうか!? ……薄々、勘づいてはいたんです……でも……」

「……それはお気の毒でございますな。実は、わしも仕えていた姫様に捨てられてしまいましてな……その辛い気持ちよぉく分かります」

「ああ、あなたもペットだったんですね!?」

「いえ、わしはサンドバックでして」


 サンドバック!?


「ですが、わしはまだ諦めておりませぬ。たとえどんなに拒絶されようと逃げられようと、もう一度、姫様に殴っていただくまでは死んでも死にきれぬのです!」

「ああ! なんという強い意志を持ったご老人なんだ! だというのに、僕は……。……僕は、怖かったんだ……彼から直接、拒絶されることを……。だからこんなところで、ずっと……はは、なんて情けない人間なんだろうね……」


 情けない云々以前の問題だとオレは思うのだが……。


「いえいえ、あなたはまだまだ若い。幾らでもやり直せますぞ」

「本当ですか?」


 犬男は縋るような瞳でジジイを見上げる。

 ジジイは柔和な笑みを浮かべて頷いた。

 何だこの絵は……。


「決めた! 僕はこれから君を探しにいくよ! 待っていてくれ! カルナ君!」


 ん? カルナ、だと……?


「おい、そいつはもしかして黒髪の男のことか?」

「え? も、もしかしてカルナ君のことを知っているんですかっ……?」

「おお、これは何という偶然。実は、我々も彼を追ってエクバーナに向かっているところだったのですぞ。いえ、わしが追っているのは同行している姫様の方ですが」

「そうだったんですか! じゃあぜひ僕もご一緒させていただいてもいいですか!?」

「もちろんですぞ。ギース殿もよろしいか?」


 よろしくねぇ。

 ぶっちゃけオレが仕方なくジジイの同行を許したのは、貴重な情報を提供してくれたその礼だ。

 あと、そこそこ金持ってそうだったから。


 だがこの若造は違う。

 と思ったが、


「僕はアレクと言います。こう見えてAランクの冒険者なので、十分戦力になれると思いますよ! 結構お金も持ってます! あと、カルナ君の居場所だって分かります!」

「居場所が?」

「はい! なんたってペットですから! たとえどんなに離れていようとも、ご主人様のところに帰ることができる! それこそがペットの必須能力です!」


 すげぇな、ペット。

 帰巣本能のようなものだろうか?


 すでにエクバーナにいない可能性だってある。

 こいつを連れて行けば、そうした場合も対応できるかもしれない。

 戦力にもなりそうだしな。

 ぶっちゃけ、オレはジジイの足手まといっぷりに辟易していたところだったんだ。


「よし、いいだろう。一緒に行こうぜ」

「ありがとうございます!」


 こうして新しい仲間を迎え入れ、オレはエルフ少女を探す旅を続けるのだった。






 つづ――――かない

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