第68話 そんな成長は望んでない

「というわけで、君に決めた!」

「きめたーっ!」

「え、えええっ、ぼ、ぼ、ぼくですかぁぁぁっ?」


 俺|(とフィリア)が居並ぶ王族・貴族たちの前で指名してやると、彼は頓狂な悲鳴を上げた。


 色々考えた上で俺が選んだのは、ライトに王位を奪われた前々皇帝の第八皇子。

 まだ十二歳の少年だ。

 というか、男の娘。


 煌めく銀色の髪に綺麗な碧眼。小柄で細身の身体つき。

 顔立ちは端正で可憐。どう見ても少女にしか見えない。

 名前はジーナという。


「そうだ。次期皇帝はお前だ、ジーナ」

「ど、どうしてぼくなんですか……?」


 彼女、じゃない、彼の疑問ももっともだ。

 帝位継承順位が低い上、母親が平民、しかも特段優れた才能もない――とされている。

 普通ならまず間違いなく皇帝にはなれなかっただろう。


 だが俺は確たる自信を持って告げた。


「だって可愛いから」

「どんな理由で選んでるんですか――――ッ!?」


 ティラツッコミである。


「じゃなかった。えっと、あれだ。あれ。そう。ビビッときた」

「は、はぁ……」


 実際のところは俺の〈鑑定・極〉の結果だ。

 彼は王族たちの中で唯一〈賢帝〉というスキルを持っていたのだ。

 今はまだ頼りないが、きっと良き皇帝になってくれるだろう。


 まぁ〈鑑定・極〉で他の王族たちを詳しく調べてみたら、ロクでもない奴も多くて消去法的に彼にせざるを得なかったというのもあるんだが……。


「む、無理ですよぉ……」


 しかしそんなことは知らないジーナは、内股でもじもじしながら弱々しく首を振る。

 その仕草は完全に女の子だ。かわいい。そっと抱きしめてやりたい。


「大丈夫だ。俺が保証する」

「ほ、ほんとに、ぼくでも皇帝が務まるのですか……?」


 上目づかいで恐る恐る訊いてくるジーナ。

 うわ、なにこれ。すげぇかわいい。ぎゅっと抱きしめてやりたい。


「ああ、安心しろ。俺が手取り足取り教えてやるから……ハァハァ」

「ちょ、何で興奮してるんですか!? 手取り足取り何を教えるつもりですか!? 全然安心できませんから!」


 ハッ、いかんいかん……。

 つい、可愛ければ別に男の子でもいいかなとか思ってしまった。


「……や、やはり両刀使いだったのか……」

「しかも少年愛(ショタコン)……」


 おいこらそこ聞こえてるから。

 今のはちょっと血迷いかけただけだから。


「は、はいっ! 頑張りますぅ……っ!」


 ジーナは胸の前でぎゅっと両手の拳を握り、女の子がよくやる「がんばる!」というポーズを取った。


「一緒に頑張ろうグヒュヒュ……」




   ◇ ◇ ◇




 さすがは〈賢帝〉のスキル持ちで、ジーナは非常に優秀だった。

 俺が教えることを、スポンジのように見る見るうちに吸収していった。

 一応同時並行で彼を支えられる人材の育成も行っているし、この様子ならそう遠くない内に帝位を譲ることができそうだ。


 一方、彼はエレンからは剣の指導も受けていた。


「ぼく、もっと男らしくなりたいんです!」

「あたしの訓練は厳しいぞ!」

「か、覚悟の上です!」

「よし、ならばあたしが貴様を男にしてやろう!」


 などと、やけに熱血なやり取りをしてたっけな。


 まぁどんなに鍛えたところで、そう簡単に染みついた女の子っぽさは抜けないだろう。

 と思っていたのだが――






 ――僅か二週間後、ジーナはマッチョイケメンになってました(泣)。


 分厚い胸板、盛り上がった上腕二頭筋、太い前腕、割れた腹筋。

 まるでその筋肉を見せびらかすかのように、タンクトップのシャツ一枚だけを着た彼は、


「カルナ先生。これでオレも少しは皇帝に相応しい男になりましたかね?」


 しかも言葉使いまで変わってしまったぁぁぁっ!?


「ああ、いいぞ、ジーナ! もうどこからどう見ても貴様は男の中の男だ!」


 自信満々で宣言するエレンに、俺は全力で詰め寄った。


「何やってんだよ、エレンっ! おまっ……ダメだろ!? これはダメだろ!?」

「……貴様は何を言っているのだ? しっかり筋肉が付いて、男らしい身体つきになったではないか?」


 まったく理解できない、という顔で首を傾げるエレン。


「それがダメだって言ってんだよ! 男の娘をマッチョイケメンにするとか、誰得だよ!? あんなに可愛かったのに! あんなに可愛かったのに! あんなに可愛かったのに!」


 俺はただただ慟哭するしかなかった。


「俺のジーナたんを返せぇぇぇっ!」




   ◇ ◇ ◇




「あたらしいこーてーとしてがんばるの!」

「はっ、謹んでお受けいたします」


 フィリアからジーナへと、皇帝の証したる聖冠が授与された。

 ジーナ皇帝誕生の瞬間である。

 万雷の拍手が鳴り響いた。


「……ああ、これでもう、あの理不尽なのになぜか興奮を覚えてしまう罵倒を聞くことができなくなるのか……」

「……もっと罵られたかった……」

「……フィリアたんハァハァ……」


 新皇帝の誕生を喜ぶ声に混じって、前皇帝を惜しむ声もちらほらと聞こえてくる。

 いや、そんな変態はごくごく一部だけどな?

 でないとこの国の将来が心配になる。

 まぁ二割くらいか。

 ……多くね?


「ありがとうございます、カルナ先生。オレが皇帝になれたのは先生のお陰です」


 戴冠式の後の祝賀会で、ジーナは真っ先に俺に声をかけてきた。

 相変わらずマッチョイケメンのままである。くそぅ……。


「そ、そうだな……。だが大変なのはこれからだ。お前が皇帝になったことを良く思っていない連中も多いしな」

「心配は要りません。オレは強くなりました。そんな奴らはぶっ飛ばしてやればいいんです」


 ジーナは鍛え上げられた上腕二頭筋を見せつけながら言う。


「え? いや、そこは暴力で解決しちゃダメだろ? 俺が言うのもなんだけど……」


 あれ、おかしいな?

 俺、もっとちゃんと教育したはずだったよな……?


 俺が思わず首を傾げていると、そこへエレンがやってきた。


「そうだ、貴様は強くなった! あたしの厳しい訓練によくぞ耐え抜いた!」

「エレン師匠っ!」

「あたしが教えた通り、どんな困難も力で捻じ伏せていくのだ!」

「うっす!」


 どうやらエレンによって頭まで脳筋化されてしまったようだった。

 うん、これは再教育が必要だわ。



   ◇ ◇ ◇



 色々と予定外のこともあったが、レイン帝国の立て直しを概ね終えた俺たちはこの国を発つこととなった。

 元々俺たちは部外者だ。これ以上この国に干渉し過ぎるのもよくないだろうし、もう俺たちがいなくてもやっていけるだけの土台はできている。


 最後のあいさつをするために謁見の間を訪れると、玉座に腰掛けるジーナはすでに涙目になっていた。


「ふぇぇ……ほんとに、行っちゃうんですね……」

「ああ。元から長居するつもりはなかったからな。けどジーナ、今のお前なら立派に皇帝としてやっていけるはずだ」

「うぅ……すごく不安ですけど……ぼく、なんとか頑張りますぅ……っ!」


 ジーナは涙を拭うと、胸の前でぎゅっと両手の拳を握り、女の子がよくやる「がんばる!」というポーズを取った。かわいい。頭撫でながら抱きしめてやりたい。


「って、何でジーナさん元のキャラに戻ってるんですか――――ッ!?」


 ティラの声が謁見の間に響き渡った。


「しかも見た目まで元に戻ってるんですけどっ?」

「戻した。やっぱりジーナたんは男の娘じゃないとダメだ」

「戻したって! どうやったんですか!? あの筋肉はどこに行ったんです!?」

「そ、それをぼくの口から言うのは……は、恥ずかしいですぅ……」


 頬を赤く染め上げ、恥ずかしそうに顔を俯けるジーナ。


「ティラ。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

「何をしたのか物凄く気になるんですけど!」

「くっ……あたしがせっかく強くしてやったというのに!」


 ティラが咆哮じみた悲鳴を上げる一方で、エレンが悔しげに拳を握り締めている。


「あ、そうそう。もし何か困ったことがあったら、こいつを頼ってくれていいぞ」


 そうして俺が紹介したのは、俺だった。


「えええっ!? カルナさんが二人いるっ!?」

「どうも、俺はカルナ2号だ」

「まぁ双子みたいなものだと思ってくれていいぞ」


〈影分身・極〉という、その名の通り自分の影分身を作り出すチートスキル。

 同時に何体でも生み出すことが可能で、しかも時間制限なしなのだが、その分、能力が等分されてしまうという欠点もある。


 なので俺はこの分身体に、最低限の戦闘力とこの国に必要なスキルだけを渡しておいた。



カルナ2号

 種族:影分身

 レベル:40

 スキル:〈政治経済・極〉〈指揮統率・極〉〈怪力〉〈索敵〉〈動体視力〉〈剣才〉〈闘将〉〈無詠唱〉〈大魔導師〉〈並列思考〉〈魔力回復〉〈自然回復〉〈威圧〉



 これでもAランク冒険者以上の強さはあるんだけどな。

 なお、スキルの大半はライトから奪ったものだったり。


 ちなみに影分身の容姿や性格は、少しカスタムすることができる。

 性格は真面目に。

 そして顔はちょっと俺より不細工にしておいた。


『……さもしいですね』


 え? 何か言ったかね、ナビ子さんや?

 まぁ元がイケメンだからこれでも十分にイケメンだけどな!


『……』

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