第65話 チート対チート
「不本意なことに、お前と同じ異世界人だよ」
俺は吐き捨てるように言ってやった。
「……へぇ」
そいつ――〈鑑定・極〉で調べてみたら、ライトというらしいので今後はそう呼ぼう。ていうか、キラキラネームだなぁ――は余裕ぶって笑ってみせたが、内心の動揺を隠し切れていなかった。増長しているが根は小心者のようだ。
「なるほど君か。僕の計画を散々邪魔してくれたのは。それにしても、どうやってここまで来たんだい? 転移魔法かな? でも、一度行ったことのある場所じゃないと行けないはずだよね?」
サマンザとこの場所はかなり離れている。
当然ながら〈探知・極〉の範囲外だ。
だが俺は〈鑑定・極〉で桜花の記憶を読み取った。
お陰でこの場所のことを頭の中にイメージすることができ、転移が可能になったのだ。
まぁ、それをわざわざこいつに教えてやる義理なんてないけどな。
「オグルァッ!」
「ひぃっ」
と、そんなことを考えている間も、オーガたちが鬼姫の少女を襲っていた。
おっと。まずあっちから先にどうにかしないとな。
「 オーガどもは 死ね 」
俺がそう呟いた直後、オーガたちの目から光が失われた。
動きも停止する。
そして、どさどさとその場に倒れ込んだ。
オーガたちは死んでいた。
「え? え……?」
鬼姫は何が起こったのか分からず、目を白黒させている。
ライトが声を荒らげた。
「お前っ、今、何をした……っ?」
「ちょっと呪いをかけただけだ」
〈呪術・極〉を使い、呪い殺してやったのだ。
俺が教えてやると、ライトは若干頬を引き攣らせつつも、
「……なるほど。それが君のスキルというわけかい?」
「ああ」
「く……くくくくっ……くはははははっ!」
おいおい、こいつ、いきなり大声で笑い始めたぞ?
しかもいかにも悪役のテンプレっぽい笑い方だ。
――とかなんとか思っていると、
「〈窃盗(スティール)〉!」
ライトが俺に向かって右手を翳し、いきなりそう叫んだ。
その瞬間、俺の中から何かが喪失する感覚があった。
「……今のは……」
「ははははっ! 馬鹿だねぇ! 僕の前であっさりスキルを発動しちゃうなんて!」
ライトはまた笑い始めた。
そして訊いてもいないのにぺらぺらと教えてくれる。
「僕が女神から貰った力は〈窃盗(スティール)〉っ! これはねぇ、使用するところを見さえすれば、どんなスキルだろうと奪うことができるというものなのさ!」
「へー」
確かに俺の〈呪術・極〉はこいつに奪われてしまったようだ。
うわー、たいへんだー(棒読み)。
「もっとも、最初はただ相手の物を盗むだけのスキルかと思っていたんだけれどね。だから友人たちと一緒にこの国に勇者候補として転生したとき、僕だけが失格の烙印を押されてしまったんだ。こんな盗賊が持つようなスキルを持っているなんて危ない奴だと、仲間たちも僕を遠ざけた」
なんか勝手に身の上話を始めたぞ……。
「だけどあるとき僕は気づいたのさ! このスキルには、相手のスキルを盗む力もあるんだってねぇ!」
それさっきも聞いた。
大事なことだから二回言ったのだろうか。
「そこから僕の快進撃が始まったのさ! この世界でスキルの存在はほとんど知られていないけれど、スキルを持っている人は多い。言わば才能だね。僕はその才能を〈窃盗〉を使って奪い続けた。もちろん、僕を見捨てた友人たちからもスキルを奪ってやったさ! ただの一般人に成り下がったときの彼らの顔ときたら……あはっ、あはははははっ!」
ライトは腰を折って大笑いし、
「君ももっともっと絶望すればいいよ! スキルのない転生者なんて、もはや――」
俺はライトが余所見している間に転移魔法を使った。
ライトの背後に移動。
後頭部を掴むと、床に叩きつけてやる。
「ぐべっ!?」
床が割れ、破片が四散した。
「なっ、何をするんだ……っ!」
ライトは俺の腕を振り払い、すぐに起き上った。
額から血が垂れていたが、どうやら自然治癒力を高めるようなスキルも持っているらしく、すぐに血が止まる。
「話が長い。あと笑い方がキモイ」
「く……くふふふ、くはははっ、スキルを奪われたというのによくそこまで横柄な態度を取っていられるねぇ。もしかして、他にも魔法系のスキルを持っているからかい? だけど残念、それもたった今、僕の前で見せてしまったよねぇ! 〈窃――」
俺は剣を抜き、ライトに斬り掛かった。
「――っと!」
ライトも咄嗟に剣を抜き、俺の斬撃を受け止めた。
なかなかの反応だ。
「へぇ、よく分かったねぇ。それともマグレかい? 実は集中しないと僕は〈窃盗〉を使えないんだ。だからこうして接近戦を始められちゃうと嫌なんだよねぇ」
言葉とは裏腹に、ライトは余裕そうだった。
自分からそんな弱点を話しちゃうような阿呆は大抵負けるんだけどな。
「もっとも、〈剣才〉と〈闘将〉のスキルを持つ僕に、接近戦で敵う相手なんていないだろうけどねぇ!」
俺の剣を受けるだけだったライトが、急に攻めに転じてきた。
目にも止まらぬ速度で次々と繰り出される斬撃。
刀身は強い闘気を纏い、その一撃一撃が重い。
まぁ、〈闘神〉と〈武神〉を持つ俺には大した攻撃じゃないけどな。
「っ……ど、どういうことだっ? なぜ僕の剣が通じない……っ!」
俺を一向に攻め崩せず、さすがに焦り始めたようだ。
「こ、皇帝陛下と互角に渡り合っている……っ?」
「何者だ、あの男は……?」
さっきから俺たちの攻防を見守っていた観客たちが、口々に驚きの言葉を口にする。
てか、このままだと彼らを巻き込んでしまいそうだな。
俺は戦場を移動することにした。
転移魔法を使って、外へ。
「っ……」
「ここなら思いっきりやれるだろ?」
俺とライトは街から一キロ、上空五百メートルほどのところに転移していた。
ライトも風魔法で空を飛べるらしく、俺と対峙して宙に浮かんでいる。
「……だったら見せてあげようじゃないか。僕の奥の手を」
ライトが低い声音で唸るように言った。
直後、俺の背後に突如として魔法陣が展開していた。
発射された炎の塊を、俺は飛行魔法でギリギリ回避する。
ライトが詠唱した様子はなかった。
つまりあいつは今、無詠唱で魔法を発動したのだ。
逃げたその場所に、また別の魔法陣が展開する。
しかも今度は二つ同時だ。
飛来した氷の矢を、俺は咄嗟に加速することでどうにか躱した。
「はははっ、どうだい、すごいだろう? 〈無詠唱〉と〈並列思考〉のスキルを持つ僕だからこそできる、魔法の同時多重発動だよ!」
ライトは高らかに種明かしをしてくれた。
二つ以上の魔法を同時に発動することは不可能ではないが、二つ以上の魔法陣をまったく同時に展開するのは不可能だ。
なぜなら二つの詠唱を同時に行うことが不可能だからだ。まぁ口が複数あれば可能かもしれないが。
普通は口が一つしかないので、どんなに高速で詠唱したところで必ずタイムラグが生じてしまう。
だが無詠唱発動ができ、かつ複数のことを同時に思考できる能力を持つなら、この問題は解決する。
「なるほど。奥の手というだけのことはあるな」
次々と魔法陣が虚空に現れる。
しかも無詠唱のため、気が付いたときにはもう魔法が発動されている。
なかなか厄介な攻撃だった。
「はははっ、ちょこまかと! どうやら逃げるのだけは上手のようだねぇ! だけど、これならどうだい!?」
「おっ?」
俺の周囲を取り囲むように、無数の魔法陣が出現していた。
全部で十……いや、十五はあるか。
しかもそのすべてが上級魔法だ。
逃げ道はない。呪文を詠唱している暇もない。
「あははははははっ、終わりだねぇ! 僕に逆らったことを後悔しながら死んでいきなよ!」
ライトは勝利を確信したらしく、一際大きな哄笑を轟かせた。
そんな彼に残念なお知らせがあります。
「いや、これくらいのこと俺にもできるぜ?」
こっちも無詠唱による魔法の同時多重発動を使い、対処することにした。
俺の周囲に一瞬にして十五の魔法陣が展開される。
「……へ?」
あっさり奥の手を真似されたライトは、何とも間の抜けた声を漏らしたのだった。
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