第64話 もう一人の転生者
「ご、ご報告いたします……。桜花将軍は属国のサマンザ領内でターゲットに遭遇……しかし交戦するも敗北、現在は拘束されて……」
報告する鬼族の兵士の声は震えていた。
「ほんっと、どいつもこいつも使えないねぇ。これで四将のうち三人がやられたんだっけ?」
答えたのは玉座に腰掛ける男だった。
年齢は二十歳かそこら。
何の特徴もない、一見するといかにも平凡といった印象を受ける青年だ。
だが他でもない、彼こそがレイン帝国の現皇帝だった。
ほんの一年前のことだ。
どこからともなく現れたこの青年一人の手によって、精鋭ぞろいの帝国軍が無残な敗北を喫したという事件は、帝国全土を震撼させた。
そして青年は前皇帝を玉座から引き摺り下ろすと、自ら皇位に就いた。
それ以来、その圧倒的な力と恐怖によってこの国を支配している。
「確か彼女、鬼族の英雄だったっけ? もう戦士より娼婦か性奴隷にでもなった方がいいんじゃないの? いい身体してたし、そっちの方が絶対向いてると思うよ。……よし、戻ってきたらそうしよう。って、捕まっちゃったんだっけ?」
「っ……」
一族が誇る英雄を貶され、兵士の瞳に憤怒の色が湧き上がる。
しかし彼はぐっとそれを堪えた。刃向っても絶対に敵わないと理解しているし、何より同胞たちにまで危害が及ぶ可能性がある。
だがそんな兵士の内心を嘲笑うかのように、皇帝は言った。
「それはそうとさ、君たち鬼族には今回の失敗の罰を与えないとねぇ? ていうか、最近ちょっと態度が反抗的なんだよね。隠していても丸わかりだよ?」
「っ!」
鬼族の兵士は息を呑む。
皇帝はその様をおかしそうに眺めてから、傍らにいた大臣の一人に命じた。
「鬼姫ちゃん、だったっけ? ここに連れてきてよ」
兵士の表情が絶望に染まった。
そして縋るように皇帝に訴える。
「お、お待ちくださいっ……ど、どうかっ……あの方だけはっ!」
その反応に戸惑う大臣だが、皇帝は意に介さず続ける。
「それとさ、いつものように全員ここに集めて」
「や、やめてくださいっ……私ならどうなっても構いません! けれど、あの方だけはぁぁぁっ!」
兵士はもはや半狂乱の態だった。
「うるさいなぁ」
皇帝は鬱陶しそうに腕を横薙ぎに振るった。
次の瞬間、屈強な鬼族の兵士の身体がボールのように吹き飛んでいた。
壁に思いきり叩き付けられ、兵士は沈黙する。
「今日は楽しいショーが見れそうだ」
◇ ◇ ◇
玉座の間に大勢の人間たちが集っていた。
この国の高級文官・武官の他、帝国に侵略されて属国や植民地となった国々の代表者たちの姿もある。
皆、一様にその表情は暗い。
玉座に座る皇帝へ、誰もが強い反発と不満を抱いているのだ。
しかしその想いを各々懸命に堪え、その場で恭しく首を垂れている。
「あっ……あのっ……い、一体、これから何が、あるのでしょうか……っ?」
兵たちに拘束され、一人の少女が運ばれてきた。
鬼族の伝統衣装に身を包んだ、美しい少女だった。
歳は十四、五といったところだろう。
あどけない顔に戸惑いの表情を浮かべ、玉座に集まった者たちをびくびくと見渡している。
「く……鬼姫様……」
この場に参集させられた鬼族の者たちが奥歯を噛み締める。
その様子を皇帝はニヤニヤと眺め見ていた。
鬼将軍の敗北を理由にしてはいるが、要するにこれは見せしめだった。
皇帝は国内の有力貴族たちの娘や属国の姫君などを人質に取っている。
最近、反抗の機運が高まりつつあったため、改めて自分に逆らえばどうなるかということを知らしめておくべきだと考えたのである。
「まぁそれ以上に、単純に僕が楽しみたいだけなんだけどね」
そのとき、ずん、と大きな足音が響いた。
姿を現したそれに、集まった者たちが思わず驚きの声を漏らす。
それはオーガだった。
一体だけでなく、全部で三体。
狂暴で知能が低く、そのため魔物に分類されている。
だが調教されているようで、後ろにいる魔物使いの命令に従順に従っていた。
オーガたちが鬼姫と呼ばれた少女の目の前までやってきた。
興奮しているのか、ふぅふぅと鼻息が荒い。
少女は恐怖の表情で身長二メートルを超すその巨体を見上げ、あ、あ、と声にならない声を漏らすだけだ。
「ま、まさか……」
皇帝の意図に気づき、誰かが愕然と呻いた。
直後、魔物使いの指示で、オーガの一体が鬼姫の衣装を無造作に掴み、引き千切った。
「きゃああああっ」
鬼姫が悲鳴を上げる。
衣装を破られ、彼女の白く美しい肌が露わになる。
「あははははっ! なかなか素敵なショーだろう!? 鬼族はオーガから進化した種族とも言われている! 言わば、オーガは鬼族の下等生物だ! そんな連中に、鬼族の頂点に君臨する美しき鬼姫が蹂躙されるなんて! まさに神への冒涜! 控えめに言っても最高じゃないか!」
「き、貴様ぁぁぁぁっ!」
哄笑する皇帝へ怒りを露わに躍り掛かったのは、鬼族の戦士だった。
さらにはもはや我慢ならないと、彼に加勢する形で他種族の者たちまで一斉に皇帝に攻めかかった。
「馬鹿だねぇ。君たちごときに僕を倒せるとでも?」
刀で斬り掛かった若い鬼族の戦士が、次の瞬間には天井に激突していた。
続く熟練の戦士も腕を捻られてあっさり地面に叩き付けられ、帝国騎士ながら皇帝に反旗を翻した青年も何もできずに宙を舞った。
さらに、皇帝の左右に魔法陣が展開し、二つの上級魔法が同時に発動する。
放たれた凄まじい冷気が、一瞬にして皇帝に躍り掛かろうとしていた者たちを氷漬けにした。
そんな中で、全身に浴びる冷気を物ともせず、皇帝に一撃を加えて見せたのは二足歩行の巨大な蜥蜴だった。
リザードマンである彼は、〝四将〟の最後の一人、獣将軍バロアだ。
「ふーん、君まで僕に刃向うんだ」
「な……」
だがバロアが渾身の力で放った拳を後頭部に受けながらも、皇帝は蝿でも止まったかな?とばかりに平然としている。
「これで四将も全滅だね。ま、元からあった奴をそのまま流用してみたってだけで、別にあってもなくてもどっちでも良かったんだけどさ」
「ぐっ!?」
獣将軍バロアの巨体が宙を舞い、玉座の間の外まで吹き飛んでいった。
それでお終いだった。
「じゃあ続きをやろうか」
体術でも魔法でも各国の最高クラスの戦士たちを圧倒しておきながら、まるで何事も無かったかのように皇帝は笑う。
ば、化け物……と誰かが呟いた。
「いやっ……や、やめてっ……やめてくださいっ……」
鬼姫は必死に訴えるも、興奮し切ったオーガたちはますます乱暴に彼女から衣服を剥ぎ取っていく。
もはや誰一人として彼女を助けようとする者はいない。助けられる者もいない。
――が、そのときだった。
「控えめに言ってもクズ野郎だな、お前」
突然、皇帝の背後からそんな声が聞こえてきた。
「……誰だい、君は?」
振り返った皇帝は眉をひそめる。
見たことのない男がそこにいた。
いつの間にそこにいたのか。
まるで気配に気付かなかったことに、皇帝は内心でかなり驚いていた。
「不本意なことに、お前と同じ異世界人だよ」
男は吐き捨てるように言った。
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