レイン帝国編

第63話 鬼将軍

「うぅ……ほんと、何なの……何なのよぉ……」


 全裸で強制召喚されたベルフェーネは、ぐすぐすと鼻を鳴らしていた。


「シャワー浴びようとした最悪のタイミングで召喚されるし……あたしの真名が知られてるし……いつの間にか隷属させられてるし……でも何より理解不能なのは――」


 涙の滲んだ目で俺を睨みつけてきて、彼女は叫ぶ。



「――何であんたの方が、公爵級悪魔であるこのあたしよりも強いのよぉっ!?」



 レイン帝国へと向かう途中。

 人気のない荒野にて、俺はベルフェーネと一戦交えていた。


『俺に勝てたら隷属を解除してやる』

『はっ、なんて愚かな人間なのかしら。いいわ。あたしの力を思い知って平伏するがいいわ』


 と、戦う前は自信満々だったお漏らし系美少女悪魔ちゃんだが、二十秒で決着が付いた。

 ステータス的にはルシーファとほぼ同等。

 そして悪魔らしく、即死魔法や精神干渉系魔法などの凶悪な魔法を筆頭に、多彩な魔法を使うことができた。

 だが生憎、魔法耐性がリミットブレイクしている俺に魔法攻撃はほとんど効果がない。


「よしよし、今日からお前はうちのペットだ」

「ペット!? せめて従魔よね!?」

「まずはトイレから躾けないといけないなー」

「やめてよ!? 傷口に塩を塗らないで!」


 彼女は召喚魔法で呼び出しているため、いるだけで俺の魔力が消費されていく。〈魔力回復・極〉があるため別にどうってことないのだが、本人が「魔界に帰してよぉ」と訴えてくることもあり、いったん帰還させてあげることにした。

 今後は必要に応じて呼び出すつもりだ。





「召喚(サモン)」

「ああ、気持ちいい。やっぱりたまにはバスタブにお湯を張って浸かりた――――って、だからこういうタイミングで呼び出さないでって言ってるでしょ!?」




   ◇ ◇ ◇




『警告。上空から複数の敵性個体が接近中です』


 ナビ子さんの警告が車内に響いたのは、サマンザという国に入ってしばらく進んだ頃のことだった。


「空からですか? 一体何が……」

『まだ探知範囲外ですので、詳細は不明です』

「……前方一キロ、上空百メートルといったところか。数は……四十二。デカいのと小さいのがペアになってるみたいだな。何かに乗っているのか?」


 ナビ子さんに代わり、俺が直接〈探知・極〉で探ってみた。俺の探知の場合、半径三キロが有効範囲なので十分圏内だ。

 大よその場所を特定すると、今度は〈千里眼・極〉を使って視認してみる。


「おおー、鳥に人が乗ってる。前は竜騎兵だったが、こんな部隊もあるのか」


 いや、よく見ると普通の人間じゃない。

 頭に角が生えている。


 やがて彼らは五百メートルほどの範囲にまで近づいてくると、一斉に弓を引いた。

 放たれた矢が五月雨のごとく降り注いでくる。狙いは完全にこのNABIKOだ。

 何本かが車体に直撃する。


『損傷はゼロです』


 聖銀(ミスリル)を大量に含んだ合金でできたこの車体に、矢程度では傷一つ付かない。


「しゅごーい! あめあめーっ!」

「ん、美味しい。もぐもぐもぐ」


 フィリアは矢の雨が面白かったのか、リビングを駆け回って喜んでいる。シロは外のことにはまったく興味がないらしく、さっきからずっと俺が作ってやったパンケーキを頬張っていた。


「緊張感なさすぎですね……」

「ご安心くださいませ、ティラ様。わたくしがいる限り、何が来ようと指一本触れさせませんわ!」

「むしろあなたに触れてほしくないです」

「はぅんっ! ティラ様は相変わらず辛辣ですわぁ! ハァハァ」


 連中を迎え撃つため、俺はキャンピングカーの屋根の上に登った。


「空を飛んで戦うのもいいが、向こうに地上までお越し願おうか」


 使うのは〈威圧・極〉スキル。

 レイン帝国軍を相手にするときも役立ったものだが、数も少ないし今回はちょっと抑え気味に。



「オオオッ――――パイィィィッッッ!!!!!」



『マスター、なぜその言葉を?』

「いや、何となく叫びたくなって」


 意識を失った怪鳥が次々と地上へと落下してくる。

 見たことない鳥だな。鑑定してみると〝鬼車鳥(きしゃどり)〟とかいう魔物だった。


 その中に、他とは毛並みが違う上位種と思われる怪鳥が交じっていた。それに乗っているのがこの部隊の指揮官だろう。


「……い、今のは、一体……?」


 気を失っている騎獣者が多くいる中で、指揮官はちゃんと意識を保っていた。

 怪鳥の頭に寄りかかり、ちょっと苦しそうではあるが。


 女性だ。

 しかもかなりの美人である。

 着物っぽい服を着ていて、頭部には一本の角が生えていた。

 極東の島国に住むという鬼族だな。


 特筆すべきは胸だろう。

 でかい。

 もしかしたらエレンよりでかいんじゃないか?

 揉みたい。揉みしだきたい。

 俺が不純なことを考えていると、彼女は俺に気づいて鋭い眼光で睨みつけてきた。


「お、おぬしは……っ!」

「おっす。俺がターゲットのカルナだぞ、鬼将軍の桜花たん?」

「っ!? なぜそれを……」


 彼女はレイン帝国の〝四将〟の一人だった。

 先日の闇将軍に代わり、俺を狙って襲撃してきたのだろう。


「……これはもしや、おぬしの仕業か? 一体、どんな妖術を使った?」


 おっぱいの大きな桜花たんは、周囲の有様を見渡して警戒を露わに訪ねてくる。


「ちょっと咆えてみた」

「う、嘘を吐け! それでこんなことになるわけがない!」

「こんなことってどんなこと? もしかしてお漏らししちゃったとか?」

「そそ、そんなこと、ある訳がないだろう!?」


 やっちゃったっぽい。

 最近よく美女美少女がお漏らししちゃってるよな……。

 いいぞ、もっと漏らせ。


「してない! してないからな!」


 彼女は懸命に否定しつつ、怪鳥から降りようとした。

 この鳥はあくまで移動用らしい。

 ところが足に力が入らなかったのか、途中で引っくり返って地面に頭から落下してしまう。


「桜花様っ……!」

「……ご、ご無事ですか……!」


 周囲にいた他の鬼族たちが、弱々しい声で彼女の名を呼ぶ。

 加勢しようという意志はあるようだが、俺の威圧にやられて身動きが取れない様子だった。


「大丈夫か?」

「……む、無論っ!」


 桜花は歯を食い縛ってなんとか二本の足で立つと、腰に差していた刀を抜き放った。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 地面を蹴り、裂帛の気合いとともに躍り掛かってきた。

 先ほどまで動くことすらままならなかったというのに、なかなか大した奴だ。

 俺は斬撃を半身で躱すと、彼女の腹部に軽く拳を見舞った。


「がはっ……ぐ……あ……」

「その状態じゃ俺を倒すのは無理だと思うぞ? いや、万全でも難しいけど」

「ま、まだ、分からぬ……っ!」


 唾液を散らして叫び、桜花は刀を振るう。

 俺はそれを二本の指で挟み込むようにして受け止めた。


「な……」


 愕然とする桜花。

 俺はもう一発、同じ個所に拳を喰らわせた。


「がっ……げほっ……げほっ……おえええっ……」


 彼女はくの字に身体を折り曲げると、激しく嘔吐した。

 膝を折って倒れ込む。


「わ、我らは、絶対に負けられぬ……ひ、姫様の……ため……」


 それでも俺を掴もうと手を伸ばしてくる。

 しかしそれは俺に届かずに空を切った。


 桜花はずしゃりとその場に崩れ落ちる。

 そして動かなくなった。意識を失ってしまったらしい。




  ◇ ◇ ◇




 鬼族は極東の島国に住む一族だ。

 レイン帝国に侵略され、現在はその属国となっているが、彼女たち自身に戦う動機などないはずだった。

 先ほどからずっと無言を貫いている桜花へ、俺は訊ねた。


「あんたら鬼族は自国を侵略したレイン帝国を恨んでいるはずだろ? なのに何であんなに必死だったんだ? 何か弱みでも握られてるのか?」

「……」


 だが桜花は苦悶の表情を浮かべるだけで、何も答えない。


「答えないと、そのエレンよりデカい乳揉むぞ」

「くっ……確かにあたしより大きいっ……これではあたしの存在価値がっ……」

「この間は胸なんて何の役にも立たないって言ってましたよね?」


 愕然とするエレンにティラがツッコミを入れる。


「……好きにするがいい……」


 桜花の唇から弱々しい言葉が漏れた。

 え、マジで? 好きにしていいの? ほんとに揉むよ?


 ……まぁ冗談は置いておいて。

 話したくないというのなら仕方がない。

 あまりやりたくはなかったが、あの手を使おう。


 俺は桜花へと近付いていった。

 ティラが「本当にやるつもりですか!?」と叫んだ。信頼がないな……。


「ちょっと詳しく調べさせてもらうぞ」


〈鑑定・極〉は対象に触れることで、さらに詳しい情報を得ることができる。

 そして俺は桜花の記憶の中を探った。

 情報が流れ込んでくる。

 思わず顔を顰めてしまった。


「……なるほどな。桜花たんが必死だった理由が分かった」


 予想した通り、随分と胸糞悪い話だった。

 そしてさらに俺の予想が正しければ――


 レイン帝国。

 そこには俺と同じ転生者がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る