第62話 天使と悪魔

「げっ!? あんたはルシーファ!? 何でこんなところにいるのよっ!?」


 お漏らし系美少女悪魔は悲鳴めいた声を上げた。


「知り合いなのか?」

「ええ。実はベルフェーネ――ベルちゃんとわたくしは、のっぴきならない関係なのですわ」


 ぽっと頬を赤く染めるルシーファ。


「ちょっと、誤解を招くような表情しないでよ! あと気安く愛称で呼ぶな!」


 一方、美少女悪魔――ベルフェーネは声を荒らげてルシーファを糾弾する。


「ああ、今でも思い出しますわ。数百年前に勃発した天使と悪魔による天魔戦争。熾天使だったわたくしも公爵級悪魔のベルちゃんも、大勢の部下を率いる大将で、当然ながら敵同士でしたわ。互いに愛し合っていながらも、戦わざるを得ないという悲劇……」

「愛し合ってなんかないし、あたしは本気であんたを殺す気だったんだけど!?」


 どうやら二人の間での認識が大いに異なるらしい。


「けれどそんな中、わたくしたちは自軍を抜け出しては秘かに会い、愛を確かめ合っていたのですわ」

「あんたがいつも勝手に悪魔の陣地にいるあたしのとこに来てたんでしょうが!?」

「時には唇を重ね合わせ」

「あんたが無理やりキスしてきたんでしょうがぁぁぁっ! しかもファーストキスっ、ファーストキスだったのにぃぃぃっ!」

「時にはこっそり互いの下着を交換し合い」

「あれはあんたの仕業だったの!? あたしの下着が、知らない人の下着と間違えられてるって思ってたわよ!」


 ルシーファは当時から変態だったようだ。


「会いたかったですわぁぁぁっ!」

「あたしは会いたくなんてなかったわよ! って、こっち来るな!」


 抱きつこうとしたルシーファだが、ベルフェーネに殴られた。

 床に崩れ落ちた天使は恍惚とした顔で叫ぶ。


「あああっ、聖水っ! ベルちゃんの聖水ですわぁぁぁっ!」

「匂いを嗅ぐなぁぁぁっ!」

「採取! 採取しなくてはなりませんわ!」

「もうやだぁぁぁっ! 早く魔界に帰してよぉぉぉっ!」


 暴走するルシーファを前に、もはやベルフェーネはブラマンテたちをどうこうするどころではなさそうだ。……ある意味、天使のお陰で悪魔が封じられている。


 ブラマンテたちは使役することを諦めたようで、今のうちに悪魔を魔界へ帰還させようとしていた。

 その試みは成功し、ベルフェーネの足元に魔法陣が展開される。


「あっ、戻れる!?」

「嗚呼! 再びわたくしたちは離れ離れになってしまうのですわね!」

「うっさいわよ! あんたなんか――」


 言い終わる前に美少女悪魔の姿が消えた。

 魔界へと帰ったのだ。

 これで一件落着。


「ベルちゃんの聖水が残されてますわぁぁぁっ!」


 ――地面にはお漏らしの痕が残っていたが。




    ◇ ◇ ◇




「って、ここどこよ!? 何で元いた場所に帰してくれないのよぉっ!? パンツが濡れてて不快だし、早くシャワー浴びて着替えたいんだけどおおおおおおっ!」




    ◇ ◇ ◇




「……あなた方のお陰で助かったわ」


 悪魔が去った後、ブラマンテ学院長は深く頭を下げて礼を言ってきた。


「やはり最上級悪魔を使役するなんて、無謀だったのね……」


 今回の失敗がよほど堪えたのか、項垂れている。


「げ、元気出してくださいよぉっ! この魔法都市だって、優秀な魔法使いが沢山いるんですからぁ! レイン帝国にだって負けないですよぉ!」

「ありがとう、リシェル先生。けれど、あなたに言われても……というのが率直な感想よ」

「酷いですぅ!?」


 レイン帝国、か。

 獣人の国エクバーナを侵略しようとしていた軍を叩き潰したり、送り込まれてきた暗殺者を返り討ちにしたり、これまでもちょくちょく相手してきたが、随分と面倒な国だな。


『東方の歴史ある大国ですが、かつては他国とも比較的良好な関係を築いていました。しかし近年、新たな皇帝が玉座に就いて以降、急速に軍国主義化が進み、次々と他国を侵略しているようです』


 と、ナビ子さんが教えてくれる。

 うーむ、今まで放置してきたが、そろそろ何とかした方がいいかもしれんな。俺の今後の異世界満喫ライフに悪影響が出そうだし。


「次はレイン帝国に行ってみるか」

「ええっ? や、やめた方がいいですよぉっ?」

「どのみちすでに〝四将〟クラスに追われてるしなぁ」

「……は?」

「いや、こっちの話」


 そして俺たちはリシェルやブラマンテに別れを告げ、魔法都市を後にした。

 NABIKOに乗って、目指すはレイン帝国である。

 隣国のサマンザという国を経由していくつもりだ。つい最近、陥落して帝国に属国化させられたらしいが。


「ティラ様、申し訳ありませんでしたわ」

「? 何の話です?」


 リビングで寛いでいると、不意にルシーファがティラに謝った。


「ティラ様というご主人様がありながら、昔の愛人に興奮するなど不忠の極みですわ……」

「いえまったく気にしていないどころか、ぜひあのまま一緒に魔界に消えて欲しかったくらいです」


 ティラは無表情で言う。


「ああ! やはり怒っておられますわね! だけど、これはある意味、嫉妬してくださっているという証拠ですわ!」

「人の感情の誤読が酷過ぎると思うんですけど!?」

「機嫌を治してくださいませ! お詫びに御命令いただければどこだろうとペロペロ致しますわ! 足でも唇でもお尻でも!」

「じゃあ床でも舐めていてください」

「分かりましたわ! ティラ様のお身体だと思って、誠心誠意舐めさせていただきますの! ぺろぺろ! ああっ、ティラ様だと思うとただの床も、美味! 美味ですわぁぁぁぁっ!」

「色々と高度過ぎて御し切れないんですけど、この堕天使!?」


 本当に床を舐めながら興奮してるぞ、この堕天使……パネェ……。


「それにしても、あの悪魔も災難だったな……。トイレ中にいきなり人前に召喚されるなんて、あたしだったら丸三日は立ち直れぬぞ」


 エレンはあの悪魔少女に同情しているようだ。

 三日って意外と短い気がするけどな?


「お風呂中にいきなり他人が現れる事案もあったなぁ」

「それは貴様のことだろう!? あのときは本当に驚いたのだっ!」


 ところで、俺は〈召喚魔法・極〉というスキルを持っている。

 あの学院長たちは必要な素材を集めたり、複雑な魔法陣を描いたりと、かなり色んな準備を整えた上で上級悪魔を召喚していたが、俺の手に掛かればそんな面倒な手間は必要ない。


 その悪魔の真名さえ分かれば、簡単に召喚することが可能だった。

 こんなふうに。


「ベルフェーネ=サターニア=ディアブロス、召喚(サモン)」


 リビングが禍々しい光に包まれ、そして少女のシルエットが現れた。



「はぁ……ようやくシャワーを浴びることができるわ……。ほんと、酷い目に遭っ――――ほえ?」



 美少女悪魔が今度は真っ裸で召喚されました。



「何でいつもいつも最悪なタイミングで召喚するのよぉぉぉぉぉぉっ!?」



 ちなみに真名は鑑定して読み取った。

 これでいつでも召喚し放題だ!




    ◇ ◇ ◇




〝鬼車鳥(きしゃどり)〟という怪鳥の背に乗り、空を翔ける集団があった。

 彼らの頭には鋭い角が生えている。

 鬼族と呼ばれる、極東の島国に生きる者たちだ。だが彼らが今いるのは、サマンザという国であり、さらにその南西に位置する都市国家――リグレーンへと向かっていた。


「桜花様!」


 その南西の方角から、鬼車鳥を駆って戻ってくる青年がいた。偵察部隊の一人だ。


「ターゲットは今朝リグレーンを出発し、謎の魔導具に乗ってこちらへと向かっているそうです。このままいけば、我々とちょうどかち合うことになるかと」

「そうか」


 桜花様と呼ばれたのは、集団の先頭を走っていた若い女性だ。彼女は報告を受けると、神妙に頷く。その顔には悲壮感さえ漂っていた。


「……あの竜将軍と闇将軍を破ったほどの相手……だが、我々は負ける訳にはいかぬ」


 彼女もまたレイン帝国の〝四将〟の一人。

 鬼将軍の桜花だった。

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