第61話 大悪魔(♀)召喚

「この都市をレイン帝国から護るためには、もっと戦力が必要。そう考えたわたしは、強力な悪魔を呼び出し、使役するしかないと考えたの」


 ブラマンテ学院長は溜息交じりに明かした。


「幸い悪魔召喚については、過去の悪魔召喚者たちから押収した資料のお陰で、すでにかなりのデータが蓄積されていた。それを応用すれば、上級悪魔すらも支配下に置くことが可能であるとわたしは考えたわ」


 そして彼女は極秘に悪魔召喚プロジェクトを進めたのだという。


「支配下に置くって……失敗してたじゃないですかぁっ?」

「失敗したのは数えるほどよ。それに最初から多少の犠牲は覚悟していたわ」


 リシェルが声を荒らげて問い詰めるが、ブラマンテは冷静に受け流す。


「そして今回の召喚は今までの集大成。犠牲者のためにも、必ず成功させなければならないのよ。……だから邪魔はさせないわ!」


 ブラマンテが右手を上げると同時、彼女の周囲に複数の魔法陣が現れた。召喚魔法だ。


「悪魔だとっ!?」

「まさか、すでに使役に成功していたのですか!?」


 エレンとティラが息を呑む。

 現れたのは五体の悪魔たち。

 いずれも中級の悪魔だな。


「彼らを排除なさい」


 これまでの実験で成功した個体たちで、ブラマンテの支配下に置かれているようだ。彼女の命を受けて、一斉にこちらに向かって襲い掛かってくる。


 そうして悪魔をけしかけている隙に、先ほど中断してしまった悪魔召喚を再開させるつもりのようだ。教官たちが魔法陣に魔力を注ぎ始める。

 だがそんな時間を許す俺たちではない――


「甘いですわね。中級悪魔ごときが、このわたくしを止められるとでも――あああっ、サキュバス! サキュバスですわぁ!」

「おおっ! ほんとだ! サキュバスだ! 淫夢を! 俺に淫夢を見せてくれ!」

「って、何やってんですか――――ッ!?」


 俺とルシーファはサキュバスに夢中になり、あっさりと戦線離脱。


「あの変態たちは当てにならない! あたしたちだけで魔法の発動を止めるぞ!」

「わ、分かりました!」

「はーい」

「ん」


 いつもはダメ子なエレンがリーダーシップを取り、悪魔召喚を防ごうと立ち向かう。

 中級の悪魔たちをティラたちが相手取っている隙に、エレンはブラマンテたちに躍り掛かった。


「召喚はさせ――」

「フリージング」

「――ひゃっ!?」


 エレンの身体が一瞬で凍り付いた。

〝氷の魔女〟の異名を持つブラマンテの仕業だ。


 そのときついに魔法陣が発動してしまう。

 禍々しい光が地下室に膨れ上がり、そして魔法陣の中心に圧倒的な気配を誇る存在が降臨する。


「ひぇぇぇっ、成功しちゃいましたぁっ!?」

「召喚は上手くいったわね。後は契約を……」


 そうして姿を現したのは――



「ふう、どうにか間に合ったわ! 危うくもう少しで漏れちゃうところだっ…………た?」



 ――パンツを半分近くまでずり下ろした、橙色の髪の美少女悪魔ちゃんでした。

 とっても可愛らしい半ケツです!


「え? なに? これ? どういうこと? え? トイレは? 便器は?」


 パンツを脱ぎかけたその体勢のまま、彼女は目を丸くしている。

 しかしすぐに自分のお尻に皆の注目が集まっていることに気づいて、見る見るうちに顔が赤くなっていった。


「きゃあああああああっ!? なになになに!? 何なのよ!? あんたたち何者!? ここ、トイレよね!?」


 慌ててパンツを上げながら、涙目でその場にしゃがみ込む。

 どうやらちょうどトイレに入った瞬間だったらしい。

 あんまりな呼び出され方だ。最高です。


「……と、とにかく、成功よ。上級――いえ、最上級の悪魔を召喚したわ」

「しっかり学院長の支配下に置かれています! 後は主従の契約を交すのみです!」

「わかったわ。……さあ、最上級悪魔よ。あなたの真名を教えてちょうだい」


 それでもブラマンテたちは気を取り直して、悪魔に命令する。


「何なのよあんたたち!? もしかして召喚!? この公爵悪魔たるあたしを人間ごときが召喚したっての!? なんて屈辱なの! いえ、百歩譲って召喚するのはいいとしても、せめてタイミングくらい考えなさいよ!」


 美少女悪魔は喚き散らす。

 もっともな言い分だった。まぁでも、召喚する方としては相手がどんな状況かなんて分からないもんなぁ。


「っ!? しかも魔界に戻れない!? 何で!?」

「今のあなたはわたしの支配下に置かれているわ。そしてこのままだと魔力が枯渇して死んでしまう。あなたに残された道は、わたしの従魔になることだけよ」

「何であたしが、あんたみたいなババアの従魔にならなくちゃなんないのよ!? 勝手に決めないでよ!」


 と怒鳴った直後、美少女悪魔の頬が引き攣った。

 見る見るうちに顔が蒼くなっていく。


「は、早く……ま、魔界に戻しなさいっ……」

「そういう訳にはいかないわ」


 ブラマンテは突っ撥ねる。

 美少女悪魔は涙目で叫んだ。


「だって、漏れちゃう! 漏れちゃうのよぉぉぉぉっ!」


 切実に訴えてくる悪魔に、さすがのブラマンテたちも動揺する。


「は、早く契約なさい! そうすればトイレに行かせてあげるわ」

「嫌っ! 嫌よ! そんな屈辱は――――くぁwせdrftgyふじこlp」


 拒絶する悪魔だが、もはや限界らしい。発する言葉がおかしくなった。


 そしてついに臨界点を突破する。


「だ、だめえええええええええっ! 出ちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 ――じょぼじょぼじょぼじょぼじょぼじょぼじょぼ。






 足元に水溜りができるほど大量だった。

 召喚した最上級悪魔が目の前でお漏らしするという、誰も予想だにしなかった展開に、ブラマンテたちは固まっている。


「ママー、あのおねーちゃん、あしもとがぬれてるよー?」

「……フィリアちゃん、何も見なかったことにしてあげましょう」


 子供は時に残酷である。


「ひぐ、ひぐ……ひぐ……」


 一方、人前で大量失禁するという恥辱を味わった美少女悪魔は、下半身を盛大に濡らしながら泣いていた。


「……許さない」


 泣き声に混じり、怨念の籠った言葉がその可憐な唇から洩れる。


「許さない許さない許さない許さない!!!」


 悪魔の全身から凄まじい魔力が吹き荒れた。


「っ!? し、支配魔法が破られますっ!?」

「何ですって!?」


 ブラマンテたちが慌て出した。どうやら美少女悪魔は、怒りに任せて無理やり束縛を打ち破ろうとしているらしい。

 そして凄まじい爆音とともに、ブラマンテたちが厳重に施していた支配魔法が破壊される。


「殺す……殺してやる……」

「ひ、ひぃぃぃっ!」


 逃げ出そうとする教師たちだったが、最上級悪魔の威圧に腰が砕け、その場に尻餅をついた。唯一、ブラマンテだけが氷魔法を発動して悪魔を封じようとするが、


「無駄よ」

「なっ!?」


 悪魔の一言で魔力が霧消する。


「が、学院長ですら敵わないなんて……」

「も、もうこの魔法都市は終わりだ……」


 ――じょぼじょぼじょぼ……。


 教師たちが失禁した。

 おいやめろ、誰も見たくない。


「このあたしを怒らせておいて、楽な死に方ができると思わないことよ!」

「そこまでにしてあげてくださいませ」


 割り込んだのはルシーファだった。

 美少女悪魔は苛立った様子で振り返る。


「今のあたしに指図するなんて、いい度胸――」

「ふふふ、久しぶりですわね、ベルちゃん?」

「げっ!? あんたはルシーファ!? 何でこんなところにいるのよっ!?」


 どうやら二人は知り合いらしかった。

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