第60話 ブラマンテ学院長
「こ、今回は……わたしの負けよっ……」
ダークエルフのアーシェラは、悔しげに自らの敗北を認めた。
「まさか首席のアーシェラが負けるなんて……」
「あのエルフ、何者なんだ……?」
一部始終を見ていたS組の生徒たちは、学年トップが惨敗したことに驚きを隠せない様子だ。
「やったやったぁ! さすがティラさんですぅ! どうですぅどうですぅ!? 彼女、わたしの弟子なんですよぉ! 見ましたぁ? 見ましたよねぇ、バーバラ? 今の気持ちはどうですかぁ? 自慢の弟子が、見下していたわたしの弟子に負けちゃった今の気持ちはぁ?」
「ぐっ……」
模擬戦前までは色々と喚いていたリシェルだったが、弟子の勝利に鼻高になっていた。
そんな彼女に勝ち誇られ、バーバラは忌々しげに顔を思いきり歪めている。
……確かに、あれはムカつくわー。
「だ、だけど! 次は絶対に負けないわよ! また勝負なさい!」
アーシェラはティラに向かって指を突きつけ、そう宣言した。
「いいでしょう。次も返り討ちにして差し上げます」
ティラが涼しげに応じると、ダークエルフの少女の口端が微かに緩む。
「……ま、また……あれを……ふふ……ふふふ……」
やっぱり目覚めてしまったらしい。
魔法学院の見学を終えた俺たちは、学院の尖塔の上で真っ裸で昼寝していたシロを回収した後、街で遊んでいたエレン、フィリア、ルシーファと合流した。
「……疲れたのだ……」
なぜかエレンがぐったりとしている。
「何してたんだ?」
「フィリアが迷子になって、ずっと探し続けていたのだ……」
どうやらまたフィリアが勝手に一人でどこかに行ってしまったらしい。
「どこに行ってたんだ、フィリア?」
「フィリアね、ほーきにのってた! びゅーんって! れーす!」
レース?
『この都市では、飛行用魔導具を使ったレースが定期的に開催されています。恐らくそれに出場されたのかと』
ナビ子さんが教えてくれる。
あの箒の乗り物は、使用者の魔力放出量に応じて速度が変わるらしい。
確かにフィリアが乗れば、物凄い速さが出るだろう。
「ゆーしょーしたらもらった!」
言って、フィリアは自分の身体ほどもある優勝トロフィーを掲げてみせた。
そこには〝リグレーン・フライングカップ〟という文字が刻まれていた。レース名だろう。
『最高クラスに位置づけられているレースですね。ちなみに賞金は大金貨三百枚』
しかもフィリアは過去最高タイムを出し、ぶっちぎりで勝ったらしい。
てか、何がどうなって出場することになったんだよ……。
「それ、子供でも出られるのか……?」
『予選レースを通過すれば年齢に関係なく可能ですが、予選は半月前に終了しているはずです』
普通そうだよねぇ。
「たのしかったー」
ま、本人が喜んでいるから何でもいいか。
「わたくしは可愛い見習い魔法使いちゃんと××してましたわ」
「お前には聞いてない」
心なしか、ルシーファの肌はいつも以上に艶々していた。
「皆さん、これからどうされるんですかぁ? ティラさんには、ぜひともうちの学院に入学してほしいですけどぉ……」
「申し訳ありません、先生。今のところそのつもりはないです」
リシェルから勧誘を受けるティラだが、あっさりと断ってしまった。
「エルフの性分とでもいうのか、大勢の人がいるところは苦手ですし……」
「うぅ……そうですぁ……残念ですぅ……」
肩を落としたリシェルは、ぼそりと呟く。
「ティラさんという逸材を学院に入学させた功績があれば、わたしも昇進できるかもしれないのにぃ……」
「先生、聞こえてますよ?」
このハーフエルフ、結構、腹黒いよな……。
「一応もうしばらくの間はこの都市に留まるつもりだ。気になることもあるしな」
「? 気になること、ですかぁ?」
◇ ◇ ◇
「……ようやく準備が整ったわ」
リグレーン魔法学院の地下。
そこには学院の中でもごく一部の人間しか知らない秘密の地下室があった。
小さな灯りが幾つか揺らめくだけの薄暗い空間に、数人の男女が集まっている。
「決して少なくない失敗と被害があったけれど、これであの国にも対抗できるようになるはず……」
「こ、今回は上手く行くでしょうか?」
「大丈夫よ。先日の失敗の原因は究明し、きちんと克服済み。召喚のための素材も質がいいし、今度こそ成功するわ」
「しかし、よくここまで高品質の素材が手に入りましたね?」
「ええ。……それに関連して少し予定外のことが起こってしまったけれど……いえ、問題はないわ。些末なことだから」
彼らがそんなやり取りを交していると、ずっと黙々と働いていた人物が手を上げた。
「準備が完了しました。すぐにでも発動できます」
「さすがね。魔法陣も素材の配置も完璧よ」
「おおっ、ついに……」
部屋の中心に複雑な文様が描かれていた。
どこか禍々しさを感じさせるその図形は、詠唱とはまた異なる原理で魔法を発動させるためのもの――――魔法陣である。
彼らは一様に緊張の面持ちを浮かべながら、そこに魔力を注ぎ込もうとする。
「それでは悪魔召喚をはじめましょう」
だがそのときだった。
地下室にこの場にいるはずのない人物の声が響いたのは。
「ブラマンテ学院長……? まさか、悪魔召喚を主導していたのは学院長だったんですかぁ……?」
◇ ◇ ◇
「な、なぜあなたがここに……?」
目を見開いて驚きを露わにしたのは、この学院の長にして、魔法都市のトップでもあるブラマンテだった。
彼女の周囲には五、六人の教師たち――恐らく幹部クラスだろう――がいて、彼らもまた突然の闖入者に驚き、今まさに足元の魔法陣に注ぎ込もうとしていた魔力を霧散させてしまう。
「それにあなたたちまで……。ここは関係者以外、立ち入り禁止のはずよ?」
ブラマンテは厳しい顔つきで訴えてくるが、その声は少し震えていた。
「まさか、悪魔召喚を主導していたのは学院長だったんですかぁ……?」
リシェルが恐る恐るといった様子で問う。
すると学院長を初めとする教師たちは苦々しげに顔を歪めた。
そんな彼らに代わって、俺が答えてやった。
「その通りだ。ここ最近、都市内で頻発していた悪魔召喚はすべて、そこのブラマンテ学院長が主導して行っていたものだ」
「あの〝怨念の宝玉〟の利用方法は色々ありますけれど、高位の悪魔を召喚するための媒体としても使えるんですの。ちょうど悪魔召喚が多発しているタイミングで〝怨念の宝玉〟を欲しているとなると、さすがに誰だって怪しみますわ」
俺の言葉を引き継いで、ルシーファが言う。
ブラマンテは大きく嘆息した。
「……まったく、不運にもほどがあるわね。〝怨念の宝玉〟なんて呪われた素材、使い道に通じている者なんてそうそういないはずなのに……」
だから事情を知らないリシェルに入手を頼んでも、問題ないと判断したのだろう。
一応は他言しないようにとは注意していたようだが、リシェルが偶然にも俺たちに出会い、知られてしまったのだ。
「ですが、なぜそんな自分の都市に被害をもたらすようなことを?」
当然の疑問を口にしたのはティラだ。
「……悪魔の力が必要だからよ」
ブラマンテは昏い声音で言う。
「知ってるかしら? 先日、東方の軍事大国として知られるあのレイン帝国が、ついにこの魔法都市の隣国にまでその勢力圏を広げてきたことを」
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