第59話 エルフVSダークエルフ
ダークエルフの魔法教師、バーバラが切れ長な目を俺たちの方へと向けてくる。
「へえ? 里に引き籠ってばかりのエルフがこんなところにやって来るなんて、随分と珍しいわね。最近、人間との交流を始めたって聞いていたけれど、あの非文明的な種族も少しはマシになったのかしら?」
軽くディスられ、ティラがむっと眉根を寄せた。
お約束通り、エルフとダークエルフはあまり仲が良くないようだな。
それからバーバラは、たった今、気づいたといったふうに、
「そう言えば、あなたにもエルフの血が流れていたっけ? 道理でお間抜けなわけね」
「なぁっ? そんな――」
リシェルが反論するより先に、ティラがきっぱりと否定した。
「リシェル先生が間抜けなのを血筋のせいにしないでください。単にリシェル先生自身の問題です」
「ちょ、ティラさぁんっ!?」
リシェルが情けなく悲鳴を上げる一方、バーバラは「先生ですって?」と首を傾げた。
「はい。以前、リシェル先生からご指導いただいたことがあるのです。今回はそのご縁で、学校の見学をさせていただいています」
ティラが経緯を簡単に説明すると、バーバラはおかしそうに唇を吊り上げた。
「リシェルの弟子にしては意外としっかりしているわね。……そっちの子は?」
「俺はティラの旦那だ」
「違います」
と、そんなやり取りをしているところに、バーバラとよく似た少女がやってきた。
「何かあったの、バーバラ先生?」
「アーシェラ」
アーシェラと呼ばれたその少女もダークエルフだった。
魔法実技の授業を受けていたこのクラスの生徒だろう。まだ幼さの残る顔つきながら、そのプロポーションはバーバラにも引けを取らない。
「いいなぁ、ダークエルフ……。乳がデカくて、エロくて」
「カルナさん? 聞こえてるんですけど?」
「あっ」
「〝あっ〟って何ですか、〝あっ〟って!? しかも今、私の胸を見ながら言いましたよね!?」
アーシェラがティラの胸を見て、ふふっ、鼻を鳴らした。
「今、笑いました!? 笑いましたよね!? 初対面なのに人の胸を見て笑いましたね!?」
「ごめんなさい。さすがに笑うのは失礼だったわね。ちゃんと憐れむべきだったわ」
「憐れまないでくださいっ! まったく、これだから淫乱ダークエルフはっ……。その格好も何なんですか。魔法を上達させるのに、そんな男性を誘惑するような格好をする必要はないでしょう!」
言われてみれば、他の生徒や教師が全身を覆うローブを纏っているというのに、ダークエルフの二人だけは随分と露出の多い格好だった。
「そんな台詞は、せめて魔法でわたしに勝ってからにしてもらいたいわね?」
よほど魔法の腕に自信があるのか、アーシェラは随分と挑発的に言った。
バーバラが自慢げにアーシェラのことを紹介してくる。
「彼女はあたしの姪っ子なの。小さな頃からあたしが魔法を教えてあげていた甲斐もあって、今はこの二年生のS組でもトップ。つまりは生徒一の魔法使いということになるわね。ふふっ、あなたの弟子とどちらが上かしら、リシェル?」
そして良いことを思いついたとばかりに、バーバラは手を叩く。
「そうだわ。せっかくだし、あなたもアーシェラと模擬戦をしてみたらどう? 見ているだけではつまらないでしょう? ねぇ、アーシェラ、妙案だと思わない?」
「そうね。わたしも同じ相手とばかりで飽きてきたところだったし、ちょうどいいわ」
アーシェラは乗り気だ。
一方のリシェルは、ぐぬぬ、と呻って奥歯を噛む。
「……く、悔しいですけど、アーシェラさんはこの学校の未来の教授として、将来を嘱望されてるほどなんですぅ……さすがのティラさんでも……」
「いいじゃん。面白そうだし、やってみたらどうだ?」
「ちょ、そんなに気軽に言わないでくださいよぉっ!? 絶っ対、今後もそれをネタにしてわたしを馬鹿にしようって魂胆ですよっ!」
俺が促すと、リシェルが横から怒鳴ってくる。
「ティラが勝てばいいんだろ、勝てば」
「そ、そうですけどぉ……」
「私は構いませんよ、リシェル先生」
「ティラさんっ!?」
ティラは涼やかな顔をして、二人のダークエルフを見遣る。
「負ける気は毛頭ありませんし」
「へぇ」
アーシェラは面白そうに口端を吊り上げた。
「よし、じゃあ負けた方が俺に胸を揉まれるということでいいな?」
「いい訳ないでしょう(怒)」
訓練場の中央で、ティラとアーシェラが対峙していた。
「アーシェラが模擬戦やるらしいぜ」
「あの相手のエルフは誰だ?」
「リシェル先生の弟子らしいぞ」
「リシェル先生? 誰だったっけ?」
「ほら、万年講師の……」
学年首席の生徒が戦うとあって、S組の生徒たちは皆、自分たちの模擬戦を中断して観客になっている。
「アーシェラ。リグレーン魔法学院トップの実力を見せつけてあげなさい」
「ええ。そのつもりよ」
伯母の叱咤にアーシェラは自信ありげに応じる。
「ティラさぁん! こうなったら、あのムカつくダークエルフの鼻を明かしてやって、ぜひ先生の日頃の鬱憤を晴らしてくださぁい!」
「前々から思ってはいましたけど、リシェル先生ってかなり自己中ですよね……」
リシェルの応援にティラは半眼で呻いた。
「では、模擬戦開始よ」
バーバラの合図で、すぐさま詠唱を開始したのはアーシュラだ。
「――集え、猛る灼熱の焔よ。怨敵を喰らい、骨も残さず焼き尽くせ」
あれは上級の火魔法――イラプションだろう。
「いきなり上級魔法!?」
「さすがバーバラ、詠唱がめちゃくちゃ早い!」
「てか相手、黒焦げにされるぞ!?」
生徒たちが口々に驚きの声を上げる。
「サンダーストーム」
一方、ティラは無詠唱で中級の雷魔法を放った。
閃光が宙を貫き、詠唱途中だったバーバラに直撃する。
「ああああああっ!?」
悲鳴が轟いた。
「「「え?」」」
見学していた生徒たちが一斉に目を丸くする。
バーバラも「は?」と目を見開いていた。
「う、うそ……でしょ……っ? む、無詠唱で、中級魔法を……っ!? しかも、いつ魔力が収束したのかすら分からなかったなんて……?」
地面に膝を付いたアーシュラが、信じられない、といった顔で呻く。
どうやら無詠唱で中級魔法を撃つというのは、この学院のトップクラスの生徒たちでも驚くレベルのことらしい。
ティラたんは普段から連発してるけどなぁ。……主に俺やルシーファに向けて。(※危険なので良い子はやめましょう)
『そのお陰で熟練の域に到達したのでしょう』
まさか日々のツッコミがこんな力を発揮するとは……。
「くっ……だけど、威力は大したことないわねっ!」
「今のはあえて威力を抑えましたので」
だよな。
今の一撃、いつも俺やルシーファが喰らっているより遥かに弱かった。
あのダークエルフもかなり高い魔法耐性値を持ってはいるが、普段の威力だったら即死してもおかしくないだろう。
「わ、わたしだって、無詠唱くらいできるのよっ! ファイアアローっ!」
「サンダーボルト×3」
「ぎゃああああっ!?」
アーシェラが中級の火魔法を一発放つ間に、ティラは三発放っていた。
「う、あぅ……」
何度か雷撃を浴びて、アーシェラは痙攣したように身を震わせている。息を荒らげ、髪を乱し、褐色の肌に汗が浮かんでいる様は、何だかとてもエロい。
「そろそろ降参してください」
「こ、降参なんてっ……するわけ、ないでしょっ……この、貧乳エルフっ……」
プチッ。
アーシェラの禁句に、ティラの頭からしてはいけない音がした。
その後、なかなか負けを認めないアーシェラは、何度もティラの雷を喰らった。
幾ら手加減しているとは言え、さすがにこれ以上はマズイ。
なぜなら――
「はぁ、はぁ……こ、これ……意外と、気持ちいいかもぉ……」
――目覚めてしまうから。
「俺やルシーファのようにな」
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