第58話 魔法学院
「リグレーン魔法学院の学院長を務めるブラマンテよ。わざわざお越しいただいてありがとう」
そう言って俺たちを迎えてくれたのは小柄な老婆だった。
魔法都市のトップでもある彼女は〝氷の魔女〟という二つ名があるらしい。
ブラマンテ 108歳
種族:人間族
レベル:84
スキル:〈氷魔法〉〈水魔法〉〈風魔法〉〈召喚魔法〉〈無詠唱〉〈魔力操作〉
って、108歳!?
エルフならともかく、人間族でこの年齢はすごいな。
しかもこんな高レベルは初めて見たぞ。
「あれで百歳を超えてるらしいんですよぉ。人間族だというのに、ほとんど化け物ですよねぇ」
リシェルがこっそり耳打ちしてくる。
「聞こえているわ、リシェル先生?」
ブラマンテがにっこりと微笑んだ。
ただし目は笑っていない。リシェルの顔が一瞬で青ざめた。
ごほん、とブラマンテは咳払いして、
「悪魔を討伐してくれたこと、改めてお礼を申し上げるわ」
悪魔を倒した後、俺たちは彼女から直々に呼び出されたのだった。
「まぁ、たまたま近くを通りかかったんで」
「それは本当に幸運だったわ。聞けば、相手は上級悪魔。魔導警備隊でも、討伐には相当な犠牲が必要だったでしょう。なのに被害もほとんどなく、死者はゼロ。あなたたちのお陰よ」
「わ、わたしが彼らを連れて来たんですぅ!」
リシェルが先ほどの挽回とばかりに主張する。
「そう。それはお手柄ね、リシェル先生」
「えへへ、それほどでもないですよぉ~」
ワザとらしく謙遜しながらも、リシェルは小声で「やったぁ! 褒賞が出るかも!?」と呟いていた。
「しかし、いきなり街中に悪魔が出るなんて随分と物騒な都市なのだな?」
そんな質問を学院長にぶつけたのはエレンだ。
するとブラマンテは愁いを帯びた顔をして、
「――悪魔召喚」
という一言を口にした。
「すなわち、悪魔を召喚するための魔法ね。世界最先端の魔法研究都市を自負しているリグレーンだけれど、この悪魔召喚に関してだけは実行することはもちろん、研究すること自体も禁止しているわ。……だというのに、探究心に負けて手を出してしまう魔法使いは少なくないのよ」
今回もそうした一部の魔法使いたちが、悪魔召喚を実行した結果だろうと、彼女は推測しているようだった。
犯人はまだ捕まっていないそうだが。
「実を言うと、ここ最近になって多発しているの。先月もとある魔法研究所で上級悪魔が現れ、研究員たちが襲われるという事件があったわ。どうにか魔導警備隊が討伐に成功したけれど、訓練された隊員にも多くの犠牲が出たわ」
普通、上級悪魔が現れたら小さな都市くらいは壊滅するものだが、その程度の被害で済んでいるのは、やはり実力のある魔法使いが多くいるからだろう。
「申し訳ないわね。せっかく来ていただいたというのに、こんな状況で」
「いえ、そんなことは……。私も前々からこの街には来てみたかったんです。あ、申し遅れましたが、私はティラと言います」
「あなたね。リシェル先生の弟子だというのは」
「はい。以前、エルフの里で指導を受けたことがあります」
「そう。せっかくだし、何か興味のある授業があれば好きに覗いていってちょうだい。先生方には私の方から伝えておくわ」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
カルナたちが退出した後。
リシェルは一人だけブラマンテ学院長の部屋に残されていた。
「件の素材のことだけど」
「それならしっかり手に入れてきましたぁ!」
嬉々として報告するリシェル。
悪魔討伐の功績に加え(倒したのはカルナたちだが)、頼まれていた素材をちゃんと入手してきた(実際にはこれもカルナたちのお陰だが)のだ。
もしかしたら昇給のご褒美があるかも!? いえ、ついに昇進!? などと、彼女の頭の中は今、完全にお花畑状態だった。
そうですか、とブラマンテは淡々と頷いて、
「もしかして彼らに手伝ってもらったなんてこと、ありませんよね?」
リシェルは凍り付いた。
「誰にも知られないようにお願いね、と申しましたよね?」
ブラマンテが笑顔で確認してくる。
そうだ。確かにそう言われた。極秘の任務だと。さらに「正直あなたではとても心許ないけれど、今は暇な人があなたくらいしかいないのよ」とかなんとか言われて、ふざけんなこのババアと思ったのだった。
だがそんなこと、アンデッドモンスターの巣窟に単身で足を踏み入れなければならないという恐怖ですっかり頭から抜け落ちていた。
だらだらだら、とリシェルの顔から大量の汗が吹き出していく。
どどど、どうすればっ? どうやってこの状況を切り抜けたらいいんですかぁっ!?
焦燥に駆られながらも必死に頭を回転させた挙句、リシェルがとったのは、
「りしぇる、わかんなーい?」
「幼児退行したフリして誤魔化しても無駄だわ」
この後めちゃくちゃ叱られた。
◇ ◇ ◇
せっかくなので、俺たちはリシェルの授業を受けてみることにした。
「……学院長の鬼ぃ……悪魔ぁ……クソババァ……早く老衰して死ねばいいのに……」
ぶつぶつと物騒な呪詛を吐き出しながらリシェルが教室に入ってくる。
……何かあったのだろうか?
彼女が受け持っているのは専門的に研究している時空魔法についての講義ではなく、『魔法陣学』という一年生が学ぶ最も基礎的な授業らしい。
全部で三十人ほどの生徒たちが受講していた。
リシェルの教え方は思いのほか分かり易かったが、じっと座って訊いているのが苦痛になってきた俺は途中から堂々と爆睡した。
「……カルナさん、カルナさん。授業終わりましたよ?」
ティラに身体を揺すられて目を覚ます。
「うぅ……やっぱりわたしの講義なんて、つまらないですよねぇ……」
「いや、ちゃんと頭には入っているから安心してくれ」
「ほとんど寝てたじゃないですかぁっ!」
〈博覧強記・極〉スキルのお陰で、寝てても耳に入ってきた情報を完璧に記憶しているのだ。まさに睡眠学習というやつだな。
「そちらの白い方もずっと寝てますしぃ……」
「シロはいつものことだから気にするな。おい、起きろ、シロ」
「……ん? もう朝?」
椅子の上に器用に丸まって寝ていたシロが、むくりと上体を起こした。
ちなみにエレンは魔法にはあまり興味がないということで、フィリアと一緒に魔法都市の観光に行ってしまった。
ルシーファは恐らく可愛い女の子をナンパしているだろう。
「座学ではなく、今度は実技の授業を見てみますかぁ?」
「お、そっちの方が面白そうだな」
リシェルに案内されてやってきたのは、ちょうど魔法実技の授業が行われているという訓練場だった。
魔法がばんばん飛び交っている。
生徒たちが模擬戦を行っているようだ。
「へえ。思ってたよりはレベルが高いな」
「このクラスは最も優秀な生徒ばかりを集めたS組なんですぅ」
「あら、リシェル。お久しぶりね?」
俺たちが訓練場の端で見学していると、一人の女性がこちらへとやってきた。
「げっ……バーバラ……。なんであなたがここにいるんですかっ?」
「サマンサ先生が体調を崩しちゃって、あたしが代わりを任されたのよ。S組の実技なんて、あたしくらいでなければ任せられないものね。……ところであなたの方こそ、雑用は無事に終わったのかしら?」
「ざ、雑用じゃないですよぉっ!」
褐色の肌に、グラマラスな体型。
耳はエルフと同じくピンと尖っている。
ステータスを見るまでもなく、どうやら彼女はダークエルフのようだ。
「……学生時代の同級生なのに、わたしより先に准教授に昇進して、わたしより先に結婚して、いつもわたしを見下してるんです……魔法の暴発で死ねばいいのに……」
リシェルが怨念の籠った声で教えてくれた。
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