魔法学院編
第56話 魔法都市
「な、な、な、何なんですかぁ、これは!?」
NABIKOを前に、ティラの魔法の師匠、ハーフエルフのリシェルが驚きの声を上げた。
「中に入れるんですかっ? えええっ、広い!?」
キャンピングカータイプの車内に入った彼女は目を丸くしている。
『ようこそ、NABIKOへ』
「ひえええっ、どこからともなく声が!? もしかしてゴースト!? ゴーストですかぁっ!?」
いちいち反応が大きくて面白い。
『ゴーストではありません。わたくしはナビ子と申します。以後、お見知りおきを』
「は、はぁ……こ、こちらこそ……?」
リシェルが目をぱちくりさせながら曖昧に頷きを返している。
生憎、この世界の人たちに〈道案内・極〉スキルであるナビ子さんのことを正確に伝えるのはちょっと難しい。
そもそも〝スキル〟という概念が一般的ではない。
中には〈道案内〉スキルを所持している人もいるそうだが、こうした人格めいたものまでは備わっていたりしない。
ティラたちだって未だによく分かっていないだろう。
「動き始めましたぁ!? もしかしてこれ、魔導具ですかぁっ?」
キャンピングカーが走り出し、リシェルがまた声を上げる。
窓の光景が流れていくのを見ながら、彼女は呆然と呟いた。
「す、すごいですぅ……。自動で走る魔導具を作っている研究室が魔法学院にありますけど、こんな大きなものがこれほどの速さで……。まさか、伝説の古代文明のオーパーツ……? 一体どこで手に入れたのですか……?」
「俺が作った」
「えええええっ!?」
「ちなみに飛ぶこともできるぞ。ナビ子さん」
『畏まりました。第三形態へとトランスフォームいたします』
NABIKOが飛行タイプへと変形した。
両翼が出現し、離陸する。
「この方が早く目的地に着くぞ」
「飛んでますぅ!? 本当に飛んでますぅぅぅっ!?」
しばらくの間、リシェルは窓に張り付いて、ひえー、とか、ふおー、とか喚き続けていた。
やがて落ち着きを取り戻し彼女はリビングのソファに腰掛けて、
「カルナさん、あなた一体何者ですかぁ……?」
「ただのCランク冒険者だ」
「ただのCランク冒険者が吸血鬼化した身体を元に戻したり、こんな魔導具を作ったりできるわけないじゃないですかぁっ!」
まぁ、確かに。
「うちの学院にくれば、すぐにでも教授に昇進できますよぉっ! ……うぅ、羨ましいですぅ! わたしなんて万年講師で、どんどん後輩に追い抜かれていってるというのにぃ……」
涙目で俺を睨んでくるリシェル。
「そ、そうですぅ! カルナさん! ぜひわたしと一緒にこの魔導具を売り出しましょう! きっと大儲けですぅ! ああ、そうしたら学院を辞めて、面倒な授業や学生への対応からも、学院長や教授から理不尽な要求からも解放されますぅ……っ!」
「先生……」
「ハッ!? い、今のは嘘、嘘ですぅ! だから学院長や教授には黙っててくださいぃっ!」
ティラのジト目に気づいて、リシェルは慌てて前言を撤回した。
「け、研究、研究、楽しいなぁ~♪」
「……ワザとらしく誤魔化さないでください」
「ほ、ほんとですよぉ!? 好きな研究ができるからこそ、あんな環境でも何とか学院に残り続けているんですからぁ! 薄給、イジメ、セクハラ、なんのそのぉ~♪」
この人、意外と逞しいのかもしれない。
「ところで先生は今、何の研究をされているんですか?」
「ずばり、時間魔法ですぅ! 幻の魔法と言われ、最近ではその存在すら疑われているものですけど、わたしはきっと本当にあると信じてるんですぅ! だって夢があるじゃないですかぁ! 自由に時間を止めたり巻き戻したり! それに空間魔法が存在するんですから、きっと時間魔法だってあるはずですぅ!」
幻ねぇ……。
『現在、時間魔法を使用できる魔法使いは存在しないということになっています』
俺、使えるんだけど?
『はい。マスターは〈時空魔法・極〉スキルをお持ちですので、時間魔法も使うことが可能です』
だよねぇ。
「一生かかっても証明できないかもしれません! でも、わたしは生涯をかけて追究していきたいのですぅ!」
リシェルは鼻息を荒くし、熱く夢を語る。
……うん、俺が時間魔法を使えることは黙っておこう。
ていうか、吸血鬼から元に戻す際にも使ったんだけどな?
「ちなみに時間魔法が使えたらどうしたいんだ?」
「人生の絶頂期だった学生時代に戻りたいですぅ!」
結構ありきたりな理由だった。
魔法都市リグレーン。
世界で最も魔法研究が盛んだとされている都市国家に、俺たちはやってきていた。
普通はそれなりに厳しい入国審査があるということだったが、リシェルのお陰ですんなり通ることができた。さすがは魔法学院の講師ということか。
『この都市の大半が幼い頃から魔法を学んでいます。その中で、この都市最高峰であるリグレーン魔法学院に入学できるのはせいぜい五パーセントほど。この学院で教職に就ける者となると、0.1パーセント以下といったところでしょう』
万年講師だと嘆いていたが、意外とエリートだったらしい。
「元々、リグレーン魔法学院はシャルーナ王国と呼ばれる国のいち研究施設だったんですけど、王国が滅びた後にこの施設だけが残って、新たに魔法中心の都市を作り上げたんですぅ。ですので、今でもこの都市の中心は学院で、学院長先生が都市の代表も兼任されてるんですよぉ~。ほら、見てください! あれがリグレーン魔法学院ですぅ!」
リシェルが指差す方向には、都市の真ん中に聳え立つ巨大な建造物があった。
「すごいな。建物全体に結界が張られてるぞ」
「レッドドラゴンのブレスにも耐えられる強力な結界ですぅ!」
「……俺のワンパンで破壊できるけどな」
「ふええっ? じょ、冗談ですよねっ?」
『可能です』
魔法都市だけあって、至るところで当たり前のように魔法が使われているようだった。
すぐ傍を竹箒に跨った少女たちが通り過ぎていく。
「おおっ、箒に乗って移動とか、魔法都市っぽい」
ていうか、この世界でも箒なんだな。
『箒での飛行はかなり古いものですが、どうやら一周回って最近の流行らしいです』
そうなのか。
てか、もっと高いところを飛んでくれたらスカートの中を覗けるんだけどなぁ。
『残念ながら出力の問題であれ以上の高さを飛ぶことはできません』
残念過ぎる。
怪しげな魔導具や魔法の素材などが売られていたりと、露店の雰囲気もこれまでの都市にはないものだった。
「魔導具の製造はこの都市の重要な産業なんですよぉ。小規模な工房も沢山あって、日夜色んな商品が開発されてるんですぅ」
「へー。あの人形も?」
「あれは最先端の魔法技術を利用して作られた人形ですね! なんと、こちらの言葉に返事を返してくれるんですよぉ!」
とある露店に置かれていたのは、ビスクドールのようなちょっとリアルなタイプのお人形さんだった。
フィリアが近づいていくと、
「コンニチワ」
「しゃべったーっ!」
「オナマエ、オシエテ」
「フィリアはね、フィリアなの!」
「フィリア。ヨロシク。ワタシ、アンネロッテ」
「あんねろってー。よろしくーっ!」
「ヨロシク」
そのやり取りを見ていた初老の店主が、自慢げに笑った。
「はっはっは、気に入ってくれたかい、お嬢ちゃん。賢いだろ、アンネロッテは。儂が作ったんじゃぞ」
「しゅごーい!」
……今あんたが話しているその幼女も、魔法で動いてる人形なんだけどね?
てか、どの露店のどの商品も大したものじゃないな。
俺が作れば遥かに性能の高いものができあがるだろう。
『この都市の魔法技術のレベルが低いのではなく、あくまでもマスターが異常なのだということをお忘れないようお願いします』
どうやらそういうことらしい。
特に惹かれる商品も無かったので、適当に冷やかしつつ進んでいると、
「……何だ、この気配は?」
俺の察知スキルが異様な魔力を感知した。
一瞬遅れて、ルシーファもまた何かを察知したらしい。
「どうやら悪魔のようですわね」
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