第55話 一人でトイレに行けない37歳

リシェル 37歳

 種族:吸血鬼族 → ハーフエルフ族



「これでよし、と」


 吸血鬼化していたリシェルが元のハーフエルフへと戻った。

 青白かった顔に血色が戻り、口の牙も無くなる。


「ほ、本当に戻ったんですかぁっ!?」

「ああ」

「ふええっ、ありがとうございますぅぅぅっ!」


 リシェルが感極まったように俺に抱き付いてくる。

 こうして立ち上がると、こいつ俺よりも背が高いんだな。


 俺は少ししゃがんで、彼女の大きな胸に顔を埋めてみた。


「何やってるんですか(怒)」


 ティラに杖で頭を叩かれた。


「よかったですね、リシェル先生」

「うぅぅぅ、これで学校に戻ることができますぅ……」

「よしよ~し、よかったねー」


 シロに肩車してもらったフィリアが、涙を流すリシェルの頭を優しく撫でている。

 どっちが子供だか分からないな。


「それで素材の方はどうするのですか?」

「はうぅ、そうでしたぁ……。……頑張ったけれど、見つからなかったことにしたらダメですよね……?」

「私に訊かないで下さいよ……」


 ティラは溜息をついて、


「ちなみにその素材というのはどんなものなんですか?」

「実は、こうしたアンデッドモンスターが巣食うような場所でしか手に入らない、貴重な素材で……」


 どうやら〝怨念の宝玉〟という素材らしかった。

 様々な負の感情が凝縮することで、時に宝石のような塊が生み出されるらしい。


「随分と物騒な素材を探しているんですわね」

「ナビ子さん、どこにあるか分かるか?」

『そうですね……このダンジョンですと、恐らく最奥のボス部屋にある可能性が高いかと』


 高位のアンデッドモンスターほど、強い怨念を持っているかららしい。


「じゃあ、ボス部屋を目指そう」







「ふふふっ、見るのだ! これならアンデッドモンスターも怖くない! 完璧だろう!」


 ボス部屋へと向かう途中、一体どこで見つけたのか、エレンが全身鎧(プレートアーマー)を身に着けていた。

 ティラが半眼で訊く。


「どうしたんですか、それ……?」

「廊下に飾ってあるのを見つけたのだ!」


 先ほどまでの怯えた様子はどこへやら、エレンは元気よく甲冑越しに胸を張った。

 お化けを怖がっていた子供が、布団を頭から被って安心するのと同じようなものなのだろう。

 俺は教えてやった。


「エレン、それ呪われてるぞ。動く鎧だ」

「っ!? ぬ、脱げない!? うわあああっ、耳元で呻き声が聞こえてくる!? 助けてくれぇぇぇっ!」


 ほんとアホだな、こいつ。

 すぐに呪いを解呪してやったので普通の鎧に戻ったが、エレンは怖がって捨ててしまった。


「あのぉ……すごく言い難いんですけどぉ……」


 さらにしばらく進むと、おずおずとリシェルが手を上げて言った。


「と、トイレに、行きたくなってしまいましたぁ……」


 もじもじと下半身の辺りを気にしている。かなり我慢していたらしい。


『そこの角を曲がって少し行けばトイレがあります。ただ……』

「使えないだろ?」

『はい。水が流れません』

「ということは、どこでしても一緒だな。その辺で適当にすればいいと思うぞ。ほら、あの柱の陰とか」


 俺がそう提案すると、リシェルは涙目で訴えてきた。


「そ、そんなの嫌ですよぉっ! いくら廃城と言っても雰囲気的にちゃんとトイレでやりたいですぅ!」

「……ちっ」

「今もしかして舌打ちしましたぁっ?」


 俺たちはナビ子さんのナビに従ってトイレへ。

 そこは廊下よりもいっそう陰々とした空気に満ちていて、俺でもちょっと利用するのに躊躇してしまうほどだった。


「うぅぅっ……お願いですぅ! ティラさん、一緒に付いてきてくださいぃ!」


 リシェルがティラに泣き付いた。


「いやそこは俺が」

「いえ、わたくしが」

「あなた方は黙っていてください! ……分かりました、付いていきますから。って、押さないでくださいっ。何で私を先頭にしてるんですかっ?」

「だ、だってぇ……」


 完全にリシェルの方が子供に見える。

 やがて個室の手前まで来たところで、


「ちゃんとここで待ってますから」

「中まで来てくれないんですかぁっ!?」

「さすがにそこまでできませんよっ!」

「じゃあ俺が!」

「いえわたくしが!」

「お二人はトイレ内に入って来ないでください!」


 リシェルがおっかなびっくり個室のドアを開けた。

 ギィ、と錆びついた金属音が鳴り響く。


「な、何も出ませんよね……? 嫌ですよぉ?」

『ご安心を。この場所にアンデッドモンスターの反応はありません』

「そ、そうですかぁ……良かっ――って、今の誰の声ですぅ!? そう言えばさっきから声の数が一人分多くないですかぁっ!?」


 今さらナビ子さんの存在に気づいたらしい。


「リシェル先生。後で説明しますから早く済ませてください」

「うぅぅ、分かりましたぁ……あの、ドアを開けたままでもいいですかぁ……?」

「ダメです」

「ティラさんが厳しいですぅ……」


 リシェルはしぶしぶドアを閉めた。


「ティラさん、そこにいますよね?」

「……」

「い、いますよね? ……あの、ティラさん!? ティラさぁぁぁん!!」

「ちゃんといますから!」

「お約束だと便器の中から手が出てくるんだよなー」

「ひぃぃっ!?」

「カルナさん、ワザと怖がらせないでください!」

「ティラ様! いかがですの、お師匠様の排尿音は!?」

「変なこと聞かないでください!」


 やがて無事に用を足したらしく、リシェルが個室から出てくる。


「はぁぁぁ、すっきりしましたぁ……」

「……そうですか」


 さて。

 寄り道も済んだし、先に進もう――


「……ま、待ってくれ!」


 ――としたところ、不意にエレンが呼び止めてきた。

 なんだなんだと振り返る俺たちに、彼女はもじもじしながら言ったのだった。


「あ、あたしも、したい……」


 一緒に済ませろよ。







 ボス部屋に辿り着いた俺たちを待ち構えていたのは、ワイトよりも強力な怨念を撒き散らす木乃伊だった。



ワイトキング

 種族:ワイト族

 レベル:65

 スキル:〈死霊術〉〈呪術〉〈魔力吸収〉



「死者ノ領域ニ、何用ダ、生者ドモ……」

「こ、こいつ、しゃべったぞ!?」

「ワイトキングだな。吸血鬼にも劣らない、最高位のアンデッドモンスターだ」

「気を付けてください。精神力が弱いと、声を聞いただけで霊界へと引き摺り込まれてしまうと聞いたことがあります」

「ひえええっ、こんな相手とどうやって戦うんですかぁっ!?」

「エクスプルシオン」

「バ、馬鹿ナ……コノ我ガ……ッ!?」


 例のごとくあっさりとルシーファによって浄化された。

 ボスモンスターェ……。


「えっ、えっ? 消えちゃいましたぁ……?」


 リシェルがぽかんとしている中、俺はワイトキングが手にしていた杖が地面に落ちているのを発見する。


・憎悪の宝杖:魔力+530


 この杖の先端に、禍々しい色をした宝石のようなものが付いていた。


・怨念の宝玉


「どうやら怨念の宝玉を使って魔法杖にしていたみたいだな」

「こ、これで素材を持って帰れますぅ!」

「あ、待て。直接触ると呪われるぞ」


 嬉しさのあまり飛び付こうとしたリシェルを慌てて制する。


「そ、そうでしたっ。これに入れて持ち帰るように言われていたんでしたぁ!」


 リシェルは腰に下げていた巾着袋のようなものから、ごそごそと小さな箱を取り出した。

 手袋をして、その中に宝玉を入れる。


「これで任務完了ですぅ!」







 ダンジョンを脱出すると、改めでリシェルが礼を言ってきた。


「本当に助かりましたぁ。これで鬼ババ――学院長先生もわたしへの評価を改めてくれるはずですぅ!」

「良かったですね、先生。ですが、任務は帰るまでが任務です。せっかく苦労して手に入れた素材を、途中で落したりしないでくださいね?」

「い、言われなくても分かってますよぉ!」

「久しぶりにお会いして、正直かなり心配になってしまいましたので」

「うぅ、いつの間にか、ティラさんがわたしの先生みたいになってますぅ……」


 実際、ティラの方がよっぽど先生らしい。


「それはそうと、俺たちもその魔法学校とやらに行ってみてもいいか?」


 魔法学校と言えば、異世界モノではお約束の展開だ。

 入学するのは色々と面倒そうだし遠慮するが、ぜひ一度どんなところか見てみたかった。

 ……ちょっと気になることもあるしな。


「皆さんであればぜひ歓迎しますぅ! ふふふっ、わたしの先生らしいところを見せて差し上げますよぉ!」

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