第54話 エルフのお師匠様

 ダンジョンの奥で遭遇したのは白髪のイケメン吸血鬼だった。



レクイエ=ヴァハール

 種族:吸血鬼族

 レベル:63

 スキル:〈吸血〉〈霧化〉〈操血術〉



「今日はツいているねぇ。こんなにも僕の眷属に相応しそうな――」

「バニッシュ」

「――ぎゃああああっ!?」


 気取った態度で何かを言いかけるものの、ルシーファに容赦なく天力の光を浴びせられ、吸血鬼は大きな悲鳴を上げた。

 だがさすがは高位のアンデッド。一撃では昇天されないようだ。


「い、いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃないか!? だ、だけど、僕は不死身の吸血鬼だ。この程度の傷、すぐに治…………治らないッ!? まさか、この光は……」


 吸血鬼はルシーファの正体に気づき、愕然と目を見開く。


「貴様は天使……っ!? なぜこんなところに……っ!」

「吸血鬼などに教える義理はありませんわ。早く消えてくださいませ」


 ルシーファはいつになく冷たい声音で断じる。

 天使にとって吸血鬼は忌むべき存在だからな。


 吸血鬼は先ほどまでの余裕が嘘のように慌て出した。


「ま、待ってくれ! 見逃してくれ! まだ僕は死にたくない!」

「エクスプルシオン」

「ひぎゃあああああああっ!?」


 さらに強力な浄化の光を浴び、吸血鬼の身体が見る見るうちに消失していく。

 もがき苦しみながらやがて消滅してしまった。


「大物っぽい雰囲気で登場したのに、瞬殺かよ……」


 ちょっとだけ吸血鬼に同情したくなってしまった。


「……残念でしたわ。美少女吸血鬼であれば見逃して差し上げましたのに」


 そしてルシーファの男女差別が酷い。


「こ、これで任務完了だろう!? すぐにギルドに報告に戻るのだ! きっとあたしたちの帰りを待っている!」

「エレンさん、怖いからってそう急かさないでください。さっきの悲鳴が気になります」

「ん、あそこに何かいる」


 シロが指差す方に視線を向けると、確かに誰かが床に倒れていた。


「見た感じ、ゾンビではなさそうですが……もしかして先ほどの悲鳴の主でしょうか?」

「うぅ……」


 近づいてみると、呻き声を漏らしながら身を起こした。


「あ、あれぇ……わたし、こんなところで何をしてたんでしょう……?」

「だいじょーぶ?」

「――ひゃあっ!?」


 フィリアが声をかけると、その人物は悲鳴とともに座ったまま二十センチほども飛び上がった。


「た、食べないでぇ! わたし、美味しくないですぅ!」

「食べません。安心してください、私たち人間ですから」

「ほぇっ?」


 ティラの言葉に頓狂な声を漏らし、恐る恐るこちらを向く。


「よ、よかったぁ……」


 大きく安堵の息を吐き出している。

 その舌足らずな口調から子供っぽく思えるが、実際には美女と形容してもいいだろう大人の女性だった。

 綺麗な金髪に端正な小顔。

 背が高く、細身ですらりとしていながらも胸はしっかり膨らんだモデル体型。


 そして耳が少し尖っている。

 エルフ……ではなく、どうやらハーフエルフのようだ。


「それよりこんなところで何をされているのですか、リシェル先生」

「うぅ、実は鬼ババアに命令されて、このダンジョンにしかない素材を――――へっ?」


 女性はティラを見上げ、目を丸くした。


「お久しぶりです、先生。八年ほど前、エルフの里で魔法を教わったティラです。族長ディアスの娘ですが、覚えておいでですか?」


 彼女はティラの知り合いだったらしい。

 だが当の本人は盛大に汗を掻き、思いっ切り目を逸らしながら否定した。


「ななな何のことでしょう? ににに似ているだけの別人ではないですかぁ? わたし、リシェルなんてハーフエルフ、見たことも聞いたこともありませんけどぉ……?」

「おかしいですね。この帽子にリシェルっていう刺繍がされてますが?」

「しまったぁ!?」


 どうやら自分の持ち物に名前を書いておくタイプらしい。


「うぅ、まさかこんなことでバレてしまうなんて……」

「いえ、それが無くてもバレバレですけどね……。何で嘘ついたんですか……」


 呆れ顔のティラ。

 女性――リシェルは涙目になって、


「だ、だってぇ! こんな見苦しいところを弟子に見られたなんて、恥ずかし過ぎですぅ! 頼りになるしっかり者のリシェル先生で通っていたのにぃ!」

「当時から気づいてましたよ? 先生が色々と抜けた方だということは」

「ふええええっ!?」


 随分と残念な感じの人だな。


「エレンと同じ残念系美人か。キャラが被ってるな」

「あ、あたしはここまで酷くないぞ!?」

「どの口が言うんだよ……」


 ティラが改めて彼女のことを紹介してくれる。


「リシェル先生は魔法のエキスパートで、有名な魔法学校で教師をされています。前にエルフの里に立ち寄られた際にご指導いただいたことがあるんですよ」

「リ、リシェルですぅ……その、お恥ずかしいところを見せてしまいましたぁ……」



リシェル 37歳

 種族:吸血鬼族

 レベル:43

 スキル:〈雷魔法〉〈火魔法〉〈風魔法〉〈回復魔法〉



 37歳なのか。

 ハーフとは言え、やっぱりエルフの血が混じっているから若く見えるんだろうな。

 そして確かに魔法使いとしては中々の実力のようだが……


「もう素材とかどうでもいいので、こんなところは一刻も早く出たいですぅ……」

「いいんですか? 学校の上司からの命令では?」

「う……じ、実はそうなんですぅ……。しかも学院長直々の命令で……。でも、こんな目に遭ってるのに時間外手当すら出ないんですよぉっ! 酷いと思いませんかぁ!?」


 リシェルは半べそを掻きながら切々と訴えてくる。

 ……ブラックな学校のようだ。


「けど、そのまま外に出ると太陽の光で激痛に襲われるぞ」

「へ?」

「吸血鬼化してるから」

「ふえええっ!?」


 俺が教えてやると、リシェルは顔を真っ青にした。

 いや、最初から血の気が感じられなかったが。

 あの吸血鬼に血を吸われ、眷属にさせられてしまったらしい。

 よく見ると牙も生えていた。


「うぅぅぅっ、最悪ですぅ……こんな身体じゃ結婚もできないじゃないですかぁっ!」

「心配するのはそこですか……? 結婚云々以前にそのままじゃ討伐されてしまいますよ?」

「はっ!?」


 リシェルは愕然としたように目を見開いた。


「まだ死にたくないですぅ! どうしたらいいんですかぁっ!?」


 そんな彼女を哀しげに見下ろし、ルシーファが嘆息する。


「吸血鬼となれば、天使として見過ごすわけにはいきませんわね……」

「ひぃぃぃっ!」


 尻餅をついて情けなく後ずさるリシェル。


「ですが美人なので見逃しますわ! いえ、むしろわたくしがあなたを傍でお守りして差し上げますの! ぐへへへ……」


 やはりこいつの男女差別は酷い。


「安心しろ。俺が元に戻してやるから」

「ほ、ほんとですかぁっ? お願いしますぅ! 何でもしますからぁ!」


 リシェルは救世主を見つけたような顔で俺に縋りついてきた。


『〈死霊術・極〉で生者に戻す、〈回復魔法・極〉で蘇生する、〈時空魔法・極〉を使って彼女が吸血鬼化する前まで時間を巻き戻す、など方法は幾つかあります』


 まだ吸血鬼になって間もないようだし、時間を巻き戻すのが一番手っ取り早そうだな。



リシェル 37歳

 種族:吸血鬼族 → ハーフエルフ族



 よし、上手く行ったぞ。

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