第53話 ヴァンパイア
「うぅ……お願いですから、出ないでくださいぃ……」
情けない呻き声を漏らしながら、薄暗い廊下を一人の女性が歩いていた。
漆黒のローブに身を包み、頭にはとんがり帽子。
典型的な魔法使いの格好だ。
しかしローブ越しにも分かるほどに胸部は豊かで、足が長い。
スタイルは抜群で、容姿も端麗。
地味な服装であるにもかかわらず、それを覆すほどの華やかさを醸す美女だった。
そんな見た目とは裏腹に、びくびくびく、と彼女は挙動不審めいた様子で進んでいく。
「いくら学院長命令だからって、なんでわたしが一人でこんなダンジョンに来なくちゃならないんですかぁ……。こんなの職権乱用ですぅ……。そんなんだから、鬼畜ババアなんて陰で言われるんですよぉ……」
ぶつぶつと恨み節を吐き出しながら、おっかなびっくり前進していると、
「う~あ~」
「ひぃぃぃっ! 出たぁぁぁっ!?」
突然、曲がり角からゾンビが姿を現した。
「うえぇっ、何で目玉が飛び出してるんですかぁっ!」
「ああああ~」
「う~~~」
「他にもいたぁっ!」
一体だけではない。さらに四、五体、遅れて姿を見せる。
いずれ劣らぬ悍ましいアンデッドモンスターたち。
盛大に吐気を催しつつも、彼女は必死に魔法を発動した。
「ブレイズウェイブ! ブレイズウェイブ! ブレイズウェイブ! ブレイズウェイブぅぅぅっ!!」
中級の火魔法の連射によって、ゾンビたちは瞬く間に燃え上があった。
肉をこんがりと焼いて、後に残ったのは炭化した骨だけ。
「も、もう動かないですよね……? 嫌ですよぉ? いきなり『うあー』とか言って襲い掛かってきたら、わたし、盛大に漏らしちゃう自信がありますからねっ?」
完全なオーバーキルだったが、女性は慎重にその骨の脇を通り抜けた。
と、そのときだった。
廊下の向こう、暗がりの中に人型のシルエットが浮かび上がる。
「ひっ、また出たぁっ? もうやめて――――あれ?」
首を傾げる。
というのも、こちらへ歩いてくるその人影が、アンデッドモンスターとは思えないしっかりとした足取りをしていたからだ。
やがてその姿を完全に捉えると、彼女はホッと安堵の息を吐いた。
「よ、よかったぁ……わたし以外にもこのダンジョンに挑んでる人がいたんですね……」
白髪の青年だった。
ゾンビのように肉が腐っていたり、スケルトンのように骨だけだったり、あるいはゴーストのように身体が透けていたりしない。
ちゃんとした肉体を持つ人間だ。
「あ、あの、実はわたし、このダンジョンで入手できる素材を探してるんですぅ……。で、できれば――」
「ああ、なんて美しいんだ」
「へっ?」
いきなり「美しい」なんて言われ、彼女は面食らう。
もちろん初対面とは言え異性からそんなふうに褒められて嬉しくない訳ではないが、何か嫌な予感がした。
「どうだい? 君は老いという醜い枷から解き放たれ、その美しさを永遠に保ち続けていたいとは思わないかい?」
「そ、それって、どういう……?」
白髪の青年は大きく腕を広げ、爛々と目を輝かせながら告げたのだった。
「僕は死を超越せし吸血鬼(ヴァンパイア)。ぜひとも君を僕の眷属にしてあげようじゃないか!」
「ゾンビよりヤバい相手に出会ってしまいましたぁぁぁっ!?」
◇ ◇ ◇
「昇天してくださいな。バニッシュ」
ルシーファが放つ天力の光に触れると、それだけでアンデッドモンスターが次々と天に召されていく。
「まるで天使のようだな」
「失敬ですわね。わたくし、正真正銘の天使ですわ」
ゾンビの群れを一掃したルシーファは、純白の翼を広げながら長い髪を優雅にかき上げる。その仕草だけを見ていると確かに完璧な天使なのだが……。
「……ティラ殿、もう大丈夫だろうか?」
「はい。すべていなくなりましたよ」
黒い布で頭部をすっぽりと覆っているエレンが、恐る恐る顔を出す。周囲にアンデッドモンスターがいないことを自分の眼でも確認してホッとしている。
「エレンママ、どくろー!」
「ぎゃあああっ!?」
そこへ骸骨を頭に被ったフィリアがぬっと横から現れ、エレンが甲高い悲鳴を上げた。
「フィリアちゃん、そんなものどこから持ってきたんですか!」
「そこにおちてたー」
「ダメですよ。ちゃんと捨ててきなさい」
「はーい!」
「大丈夫です、エレンさん。今のはフィリアちゃんです」
「ほ、本当かっ?」
エレンは布の中に頭を隠して床に蹲っていた。
おっかなびっくり立ち上がる。
「べ、別に怖い訳ではないのだけどな? 怖い訳ではないのだが……」
「エレンさん、そこはもう認めてください」
「うぅ……」
視界を遮断したエレンは、先ほどからティラに手を引っ張ってもらいながら移動していた。もう完全に強がっても仕方がないレベルだ。
「ママー、ぞんびさんこわくないよー?」
「子供には怖さが分からないのだ!」
「普通それ逆じゃないか?」
「むっ、虫だって子供の頃は平気だが、大人になったらグロテスクだと気づいて嫌いになる者も多いだろう!」
意外と説得力があるような気がすることを言うエレンである。
「ただのアンデッドモンスターでこれですし、吸血鬼に遭遇したらどうなるんでしょうね……」
ティラが半ば呆れた様子で言う。
エレンは子供の用に耳を塞いだ。
「きーきーたーくーなーいー」
「安心しろ、エレン。吸血鬼の見た目は普通の人間と変わらないからな」
「あーあーあーあーあーあーあー」
「聞いてねー」
怖がるエレンを連れて、俺たちはさらに古城の奥へと進んでいく。
「おっ、なかなかの大物が現れたぞ」
ワイトA
種族:ワイト族
レベル:45
スキル:〈死霊術〉〈呪術〉
「ワイトですわね。アンデッドの中でも上位の魔物ですわ。弱い人間なら近づいただけで死んでしまいますの」
「あーあーあーあーあーあーあー」
「エレンさん、うるさいので黙っていてください」
ワイトがこちらに気づいて近づいてくる。
見た目は木乃伊だ。身体中から禍々しいオーラが吹き出し、水分を失った唇が何やら呪詛めいた言葉を吐き出していた。
「バニッシュ。……はい、昇天させましたわ。エレンさん、もう大丈夫ですわよ」
しかしルシーファの手に掛かれば、上級アンデッドも一瞬で天へ召されていく。
塵ひとつ残らず掻き消えてしまった。
「ほ、本当か? 本当にもういないのだなっ?」
耳を塞いでいた手をどけるエレン。
そのときだった。
ああああああっ!
どこからか悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「今、悲鳴が聞こえませんでしたか?」
「ん、聞こえた」
「ひっ、悲鳴!? ぎゃあああああああっ!」
「エレン、お前の悲鳴の方がよっぽどでかいぞ」
〈探知・極〉スキルで調べてみる。
「お、生きている人間の反応があるな」
「行ってみましょう!」
俺たちは声がした方へと急ぐ。
エレンを無理やり引っ張り、途中で遭遇したアンデッドを昇天させながら辿り着いたのは、ダンスパーティでも開けそうな広い部屋だった。
『気を付けてください、マスター』
「分かってるって。……おい、そこにいるやつ出て来いよ」
俺は虚空に向かって呼びかける。
〈探知・極〉スキルがはっきりとそこにいる存在を感知していた。
不意に、霧のようなものが収束して人の姿を形作っていく。
「へぇ、よく分かったねぇ」
薄ら笑いを浮かべて現れたのは、白髪の青年。
もちろんただの人間ではない。
「お前が吸血鬼だな」
「ふふふ、その通り。だけど、今日はツいているねぇ。こんなにも僕の眷属に相応しそうな――」
「残念ですわ。男ですの……」
何かを言いかけた吸血鬼だったが、その前にルシーファが天力の光を放った。
「バニッシュ」
「――ぎゃあああああっ!?」
……せめて話くらい最後まで聞いてあげようぜ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます