第50話 魔導人形VSギャング頭領

 重力に逆らい、前方に強く雄々しく突き出す前髪。

 ブルドは自らの髪型(リーゼント)に誇りを持っていた。


 同じ髪形をしている人間を、ブルドは未だかつて見たことがない。各地から色んな人間が集うこの商業都市においてもだ。まさしく異端で奇抜なヘアスタイルである。


 だがブルドはこれが最高にイカした髪型だと信じて疑わなかった。


「親分! 今日もその髪型、最高っす!」

「世界で最も憧れる髪型っす!」


 構成員たちは一斉に全力で賛美する。ブルドは短気だが、髪型を褒められると機嫌が良くなると知っているからだ。


「はっ、これはオレだけに許されたオレだけの髪型だ。テメェら真似すんなよ?」

「わ、分かっています!」

「マネできないの、マジで残念っす!」


 もちろん誰も内心では残念だとは思っていないが、物凄く残念そうに悔しがった。


 と、そのときだった。

 そんなブルドの頭髪を指差し、フィリアが笑いながら叫んだのだ。


「へんなあたまーっ!」

「「「いきなり最大の地雷を踏みにいきやがったぁぁぁっ!?」」」


 その場にいた誰もが一瞬にして凍りついたのは言うまでもない。


「……今、なんつった?」


 案の定、ブルドはキレた。


「へんなあたまー」


 フィリアが素直に復唱し、ブルドの額にますます血管が浮き出す。


 過去、同じように禁忌に触れてしまった人間の行く末は――良くて半殺し。

 涙ながらに「私が間違っていました。その髪型は世界最高です」と必死に謝罪し、それでようやく半殺しである。


「……オレにとってガキはただの商品だ。ガキを虐めて喜ぶような趣味はねぇ」


 だが相手が子供とあっては、彼も少しは自重するらしい。

 と思いきや、


「前言を撤回しやがれッ! そうしたら半殺し程度で済ませてやるッ!」


 やっぱり半殺しにはするんだっ!? と構成員たちは一斉に心の中でツッコんだ。


「ど、どう見ても最高だろ?」

「素晴らしい髪型だって! な? な?」


 さすがに彼らにも少しは人の心があるらしく、今だけは誘拐云々のことは忘れてフィリアに必死に訴えかける。


「わかんなーい」

「「「空気を読めぇぇぇっ!」」」


 フィリアと一緒に地下牢に閉じ込められていた金髪少女もまた、青い顔をして訴えた。


「嘘でもいいから褒めておきなさいよ! あんな頭してるくらいだから、絶対頭の方もおかしいわよ! 何されるか分からないわ!」

「おい聞こえてるぞ、ガキ!」

「ひっ」


 ブルドに恫喝され、少女は悲鳴を漏らす。


「おじさん、わるいやつらのおやだまー?」

「おじさんだと!? オレはまだ三十だ!」


 さらにブルドの神経を逆撫でしていくフィリアである。


「フィリアがたおす!」

「……舐めやがってクソガキがッ……。どうやらテメェには身体に分からせてやるしかねぇようだなァ、オレの髪型の素晴らしさをよ!」


 ブルドは恫喝めいた怒号を上げると、背中の剣を抜いた。

 ただの剣ではない。刃の部分が蛇の腹のように分割していて、鞭のようにも扱える特殊な剣だ。扱いは非常に難しいが、ブルドは完璧に使いこなすことができた。


「親分がスネイクソードを抜いた!?」

「分からせるも何も、端から殺しにかかってますぜ!?」


 構成員たちが目を剥く中、ブルドは剣を突き出した。

 剣先が蛇のごとくうねり、フィリア目がけて襲来する。


「しかも最初から大技っすか!?」


 普通の刺突と違い、剣の起動がぶれるため一流の剣士ですら対処が難しい超絶技だった。

 だが急所を一刺しして終わり――というのでは、髪型を馬鹿にされたブルドの気が収まらない。まずは寸止めで生意気な子供に恐怖を与えてやるつもりだった。


 しかしそんなブルドの内心など知る由もなく、これから起こるであろう凄惨な光景を想像して子供たちから悲鳴が上がる。

 そして次の瞬間、


「えい」


 フィリアが剣先を指先で摘まみ取っていた。


「……は?」


 ブルドは思わず頓狂な声を漏らしてしまう。


「う、受け止めた!?」

「親分の必殺技を!?」

「い、今のはオレが寸止めしたからだッ!」


 驚愕する部下たちに、ブルドは声を張り上げる。

 実際には予定していた箇所よりも少し手前だった気がするが、それは恐らく少しばかり手元が狂ったせいだろう。そうに違いない、とブルドは自分に言い聞かせる。


「だが次はマジで当てるぜ! オレの髪型を讃えるなら今の内だ!」

「おなかすいたー」

「聞けよ!?」


 ブルドは苛立ちながら再び剣を繰り出す。

 今度は足元を狙う――と見せかけ、直前で剣先が跳ね上がった。フィリアの顎先目がけて鋭い刃が迫る。


「わんっ」


 がちん、という音が鳴った。

 フィリアが剣先に噛み付き、なんと歯でブルドの必殺技を止めてしまったのだ。


「歯で防いだ!?」

「真剣白歯取り!?」

「誰が上手いこと言えっつった!?」


 ギャングスターたちは騒然となった。


「あうあうあー」


 剣先を噛んだままフィリアが何か言おうとしているが、まったく聞き取れない。


「くそっ! 放せ! ――っ!?」


 ブルドは強引に剣を引っ張って取り戻そうとするが、ビクともしなかった。

 物凄い咬合力である。


「あう!」


 バギンッ! という金属音が響いた。


「「「噛み砕いたぁぁぁぁっ!?」」」


 特殊合金でできた硬質な刃を、噛んで粉砕してしまったのだ。

 バリボリバリ、という嫌な音を奏でながら、フィリアはさらに刃を咀嚼し、


「おいしくなーい」


 うへぇ、と口から吐き出した。

 ぱらぱらと砕けた金属が地面に落ちる。


「な、何なんだよテメェは!?」

「こんどはこっちからいくー」


 そう宣言した直後、地面を蹴ったフィリアの姿が掻き消えた。

 一瞬にしてブルドに肉薄すると、えいっ、とサマーソルトキックを繰り出す。


 それをブルドが回避できたのは奇跡に近かっただろう。

 あるいは、幾多の戦いを経て培ってきた勘のお陰か。咄嗟に上体を逸らしたことで、フィリアの短い脚は本来狙った顎下を掠めてしまう。


 だが前方に突き出しているリーゼントはそうはいかなかった。

 フィリアの足が直撃する。


 フィリアちゃん、よほどのことがない限り、本気を出しちゃだめですよ、というティラの教えを守って多少手加減したとはいえ、音速に近い速度の蹴りだ。

 靴先が髪の毛との間で凄まじい摩擦熱を生み出し――


 ――発火した。


「お、オレの髪がぁぁぁっ!?」


 轟ッ、と勢いよく燃え出した己の頭髪に悲鳴を上げるブルド。


「親分!?」

「み、水だ! 早く水を持ってこい!」


 構成員たちが慌てて消火しようと走り回る。

 一方、フィリアは思いっ切り目を輝かせた。


「しゅごーい! ばーにんぐへあーっ! かっくいいーっ!」


 どうやら燃え盛る頭髪が気に入ったらしい。


「早く消せぇぇぇっ!」

「親分! 水持ってきやした!」

「けしたらだめー」

「うおおおおおいっ!?」


 そして消火活動を妨害し始めるフィリア。


「早く消してくれぇぇぇっ!」

「だめー!」


 ……この後、フィリアたちは脱出に成功。

 というより、追い出された。


 ブルドの髪はなんとか無事に消火されたものの、自慢のリーゼントは見るも無残なチリチリヘアになってしまったのは言うまでもない。




   ◇ ◇ ◇




「くそったれ! あのクソガキのせいで散々な目に遭っちまった!」


 どうにか怒り狂う冒険者の罵倒から解放されたルーカスは、路地裏で吐き捨てる。

 稼いだ挑戦料はすべて返金。壊れた義手はもう使えない上に、賞金だった金貨十枚はあの幼女に渡す羽目になってしまった。

 お陰で無一文である。


「っ! あいつはっ……」


 そのとき、まさにその忌まわしき幼女が、すぐ目の前の通りを横切るのが見えた。

 ……ちなみに、ギャングの拠点から脱出した直後のことである。


(はっ、これはツいてるぜ。あのガキをぶち殺して取り返してやる……ッ!)


 昏い目でそう決意するルーカスは、秘かに彼女の後を付けていった。


「ここどこー?」


 幼女はキョロキョロと周囲を見渡しながら首を傾げている。

 どうやら迷子になったらしい。すでに陽が暮れはじめ、都合のいいことに今は人通りが少ない路地。

 絶好のチャンスだ。ルーカスは隠し持っていたナイフを取り出すと――


「そうはさせないっす」


 背後からの声に凍りついた。

 振り向くことができない。過去、表だって言えない様々な仕事に手を染め、幾つもの修羅場を潜ってきたルーカスには分かった。こいつはマジでヤバい、と。


「あの子にはうちも用があるっすよ。だから手を出されると困るっす」


 ルーカスは首をかくかくと必死に頷かせるだけで精一杯だった。







 青年が逃げるように去って行った後、闇将軍メアはひとりごつ。


「あの幼女、ターゲットが連れていた子供で間違いないっすね。人質を取るなんて趣味じゃないっすけど、今回ばかりは仕方がないっす」


 フィリアに新たな脅威(笑)が迫っていた。

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