第49話 魔導人形は空気を読まない
「おかしまだー?」
ひんやりとした薄暗い部屋に押し込められたフィリアは、素直にお菓子を貰えるのだと信じていた。
そこは地下牢である。
お菓子に釣られたフィリアは、まんまと誘拐犯に捕まってしまったのだ。
「……バカね。あなた騙されたのよ」
そんな彼女に、横から冷ややかな声がかかる。
見た目上はフィリアとそう歳の変わらない、金髪の少女だった。
せいぜい十歳前後といったところだろうが、しかし随分と大人びている。そして身なりも良かった。
「だまされたー?」
「誘拐されたのよ。……あなたも、わたしも」
その少女もまたフィリアと同じように浚われて、この地下に閉じ込められてしまっていたのである。
「ゆーかい?」
「奴隷としてどこかの国に売られるか、もしくは親から身代金をふんだくるか……そのどちらかでしょうね」
金髪少女は溜息混じりに言う。歳の割に随分と落ち着いているのは、自分の場合、後者に違いないと思っているからだった。
牢の中には二人以外にも何人かの子供たちが捕らわれていた。
その人数や、こうして監禁する場所が整えられていることから、間違いなく組織立った犯行だろう。奴隷として売り払うためのルートも持っているはずだ。
泣いている子も多い。
「なんでないてるのー? おかしもらえなくて、つらいの?」
「そんな訳ないでしょ! お菓子に釣られて誘拐されるなんて、今時あなたくらいよ」
「フィリアだけ?」
「……わたしはいきなり背後から男に襲われて、たぶん睡眠薬か何かを嗅がされたわ。意識を失って、気が付いたらここにいたってワケ」
「へー」
「へーって……あなた、こんな状況なのにまるで動じてないわね?」
少女は呆れたように言う。
「あなたの家、裕福? そうでなければ奴隷として売り払われるわよ。あなた見た目は悪くないし、かなり高値が付くはず。もし身代金を要求するとなると結構な高額になるはずよ」
「ゆーふく?」
「あなたのお父さん、何をしているのかしら?」
「ぎゃんぶる! あとね、いつもえっちなことしてる!」
「だ、大丈夫なの、あなたのお父さん……?」
「フィリア、パパのことすきーっ!」
「そう……」
二人の会話が途切れると、地下牢に静寂が戻る――
「あーあーあーっ。しゅごーい! わんわんひびくーっ!」
――ことはなく、フィリアは一人楽しそうにはしゃいでいた。
「ちょっと、いい加減静かにしてなさいよ……」
少女が嘆息したそのときだった。
地下牢の前にいかにも荒っぽい男たちが現れる。
それはフィリアを誘拐した二人組だった。
「おかしきたーっ?」
目を輝かせるフィリアだったが、男たちはそれを無視。
鉄格子の向こうに捕らわれた少女たちを見渡して、指で示した。
「お前とお前とお前、出て来い」
それには金髪少女も含まれていた。
「喜べ。お前らは奴隷行きだ」
その言葉を聞いて、少女はえっ? と耳を疑う。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? 何でわたしが奴隷行きなのよ!? 身代金は!?」
荒らげた声が地下牢に反響した。
「ああ、お前は確かエドバン家の娘だったか。提示した身代金を払えねぇと、お前の親父が突っ撥ねてきやがったぜ。ったく、せっかく大金を稼ぐ絶好のチャンスだったってのによ」
男は吐き捨てるように言った。
「み、身代金が払えない……?」
そんなはずはない、と少女は頭を振る。
なにせ彼女の家は、この商業都市でも十本の指に入るであろう大富豪なのだ。
「まさか、こんなタイミングで事業が破産しやがるなんてよ」
「破産……?」
少女は信じられなかった。目の前が真っ暗になる。
「な、何かの間違いよっ……そんなこと……」
「うるせぇ! 黙ってとっとと出てきやがれ!」
恫喝され、無理やり腕を引っ張られる。
抵抗しようとしたが、大人の男の力に逆らえるはずもない。
「大人しくしやがれ!」
「っ……」
強く頬をぶたれ、少女はよろめいてその場に尻餅をついた。
「早く立ちやがれ。この後も俺たちには仕事があるんだからよ」
そして今度は髪の毛を掴まれ、強引に立たせられる。
その様子を見ていたフィリアが、首を傾けながら訊いた。
「もしかして、おじさんたちわるいひとー?」
「ああん?」
「おかしくれないし、フィリアたちにひどいことする?」
「ったく、おめでたいガキだぜ。この状況でまだ貰えると思ってやがんのかよ。あんなのてめぇを誘拐するための方便に決まってんだろーが」
くはははっ、と男たちは嗤う。
「わるいひと、こらしめないとだめって、パパがいってた!」
「はっ、誰もてめぇらを助けてくれやしな――」
「えい」
フィリアが握り締めた鉄格子が、ボキンッ! と盛大な音を立てて折れた。
「――は?」
予想だにしなかった光景に、二人組の目が点になる。
虚ろな表情で連行されつつあった金髪少女も、ぽかんと口を開けた。
フィリアは鉄格子を無理やりこじ開け、外に出る。
「フィリア、わるいひと、やっつける!」
どんっ、と石床が凹みそうな勢いで地面を蹴りつけると、フィリアは呆然と立ち尽くす男たちに飛びかかった。
二人組の顔面に同時に足裏がめり込む。
「「ひでぶ!?」」
仲良く左右対称に吹き飛び、地下の壁に激突する男たち。
完全に気を失っていた。
――どころか、ほとんど瀕死状態である。
「せいばいかんりょーっ!」
謎の決め台詞を発するフィリアに、捕らわれていた子供たちはしばし言葉を失っていた。
「ぐほっ!?」
「カーラまでやられた!? 一体何なんだよこのガキはッ!?」
商業都市メルシアでも名の知れたギャング〝ブラッドファング〟。
その構成員たちは皆、泣く子も黙る厳つい容貌をしているが、今は彼らの方こそ泣きたくなるような状況だった。
誘拐し、地下牢に閉じ込めていたはずの子供一人によって、腕自慢の仲間たちが瞬く間にやられていたのである。
もちろんその子供とはフィリアのことだ。
地下牢を他の子供たちとともに脱出した彼女は、次々と現れるギャングスターたちを蹴散らしていた。
「武器を使え! 多少傷つけても仕方ねぇ!」
ついには武器を持って攻めかかった。
右からは剣を、左からは戦斧を手にした男がフィリアに躍りかかる。
「えい」
「なっ……」
「受け止めやがった!?」
フィリアはあっさりと素手で受け止めると、刃を握力だけで粉砕した。
「ほい」
「「ぶへっ!?」」
フィリアの小さな拳が男たちの腹を穿つ。
数十メートルも吹っ飛ばされ、泡を吹きながら悶絶した。
彼我の圧倒的な実力差を理解したギャングスターたちは、顔を引きつらせて後ずさる。
「おい、ガキ相手に怖がってんじゃねぇよ!」
リーダー格の男が怒号を張り上げるが、もはや誰もが及び腰だ。
一方、フィリアに護られている子供たちは、大の大人を歯牙にもかけない強さを目の当たりにして、生気を取り戻しつつあった。
「す、すごい……あなた、何者なの……?」
「フィリアはフィリアーっ!」
「名前のことじゃなくて……」
そのときだった。
廊下の奥から一人の男が姿を現した。
「うるせぇな。何やってんだ、テメェら」
その男が苛々と吐き捨てた瞬間、ギャングの構成員たちが一斉に冷や汗を流す。
「ぶ、ブルド親分!?」
先ほどまでこの場を仕切っていた男が悲鳴じみた声を上げる。
ブルドと呼ばれたその男こそ、それまで小規模な組織でしかなかった〝ブラッドファング〟を、僅か数年で数倍の規模にまで拡大させた張本人だった。
そしてその素行からギルドより追放されたものの、かつてはAランク冒険者として名を馳せた実力者でもある。
決して大柄という訳ではないが、全身から放たれる威圧感は他の連中とは異次元。そして
子供たちでさえすぐにその男は別格だと悟った。脱出できるかもしれないという希望が、あっという間に萎んでいく。
そんな中――
「へんなあたまーっ!」
フィリアだけは空気を読まず、ブルドの〝リーゼント〟を指差して大笑いしたのだった。
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