第51話 魔導人形VS闇将軍

「ここどこー?」


 ギャングの拠点を後にしたフィリアは迷子になっていた。

 すでに夕暮れ時。辺りが薄らと暗くなり始めている。


 普通の子供であれば怖くなったり両親が恋しくなったりして泣き出してしまうところだが、フィリアはまったくそんなことはなかった。


「わーい! おいしそうなにおいー」


 夕飯の支度を始めた家が多く、漂ってくる美味そうな匂いにはしゃいでいた。立ち止まることもなく、どんどん進んでいく。


 と、そのとき前方に立ちはだかる人影があった。


「お嬢ちゃん、もうすぐ暗くなる時間っすよ?」

「だれー?」


 もちろん、レイン帝国の四将が一人、闇将軍のメアである。


 ルシーファを襲った(実際には襲われたのだが)ときと違い、彼女は普通の格好をしていた。地味な衣服を着て、髪はお下げにしている。しゃべり方はともかく、その辺にいる善良そうな町娘にしか見えなかった。


 彼女は今、ターゲットの連れであるフィリアを誘拐しようとしているのだ。


(あの宿には二度と近付きたくないっす……)


 思い出しただけで背筋がぞっとする。

 その一件により彼女はかなり慎重になっていた。

 あんなヤバイ女を傍に置いているということから、メアの中ではターゲットの危険度が大きく上方修正されていた。まともに対峙するのは危険だと判断し、最も組し易いであろう連れの子供を狙うことにしたのである。


「すぐそこの住人っす。子供が一人で歩いているのを見かけて、心配になって声をかけたっすよ。この辺りは物騒っすから。……おうちはどこっすか?」

「わかんなーい」

「じゃあ、これからお姉ちゃんがパパとママのところに連れて行ってあげるっすよ」


 命令はあくまでターゲットに関してであり、メアはその周辺にまで危害を加えるつもりはなかった。それでも抵抗されれば、少々手荒な手段に出ざるを得ない。大人しく付いて来てくれるというのなら、それに越したことは無かった。


 だがフィリアは首を左右に振った。


「フィリア、ついていかなーい」

「……どうしてっすか?」

「エルザがいってたー。しらないひとについていったら、だめ! って」


 学習したフィリアである。

 ちなみにエルザというのは、フィリアと一緒に地下牢に囚われていた少女のことである。


「……そうっすか」


 仕方がない、無理やり拘束するしかないかと、メアは内心で決断する。

 部下たちに命じ、人払いは済んでいた。


 幼女を一瞬で気絶させるなどあまりにも容易い。

 メアは自然な動作で、しかし特殊な歩法によって距離を詰め、フィリアの首筋に手刀を叩き込もうとした。


 パシッ、と手を払われた。

 いや、もう少し正確な擬音を使うならば、ボキッ、が正しいかもしれない。


「~~~~~~~ッ!!!???」


 小指があらぬ方向に曲がっていた。驚きと激痛に思わず声を上げそうになるが、暗殺者の矜持でどうにか堪える。


 な、な、なんなんすか、この子供は……っ!?


 メアは今の攻防だけで悟っていた。マグレでも何でもない。目の前の幼女はこちらの動きを完璧に見切っていたし、その小さな身体に秘めるパワーはドラゴンのそれにも匹敵するということを。


「やっぱりわるいひと!」

「くっ……」


 メアの決断は早かった。

 作戦は即座に諦め、すぐにその場から離脱しようとする。



 しかし回り込まれてしまった!



「速っ!?」


 足の速さだけなら四将の中でも随一とまで言われているはずのメアだったが、フィリアはそれを遥かに凌駕していた。


「じょ、冗談じゃないっす! 何でこんな化け物ばっかなんすか!?」

「せいばーい!」

「ぶほっ!?」


 フィリアのパンチを受けてメアは吹き飛ぶ。

 一瞬で意識が刈り取られそうなほどの威力だった。

 ゆうに五百メートルほどは宙を舞い、やがて錐揉みしながら地面に落ちていく――


「おっと、大丈夫か?」


 石床に激突する寸前、メアの身体は何者かによって受け止められていた。


「た、助かったっす…………っ!?」


 メアは助けてくれた相手を見上げ、凍りついた。

 何とターゲットその人だったのだ。


 だが相手はこちらが暗殺者であるとは知らない。

 メアは平静を装い、礼を言おうとして、


「おっ、誰かと思ったら俺のストーカーじゃないか」

「ファッ!?」


 メアの口から思わず頓狂な声が漏れた。


「ずっと俺の後を付けていただろ? 知ってるんだぜ」

「ななな、なんの話っすか? は、早く下ろしてくれると嬉しいっすけど……」


 内心でだらだらと汗を掻きながらもメアは懸命に知らないふりをする。


「レイン帝国の闇将軍なんだろ? メアちゃん」


 って、完全にバレちゃってるっす!? しかも名前まで!


「大丈夫大丈夫。暗殺者がターゲットに恋をするなんて展開、物語じゃよくあるしな」

「一体どういうことっすか!?」

「恥ずかしがらなくていいって。さあ一緒に逝こう!」

「ぎゃあああっ! 放して! 放してくれっすぅぅぅっ!」


 必死に暴れるメアだったが、物凄い力で掴まれていて逃れられない。

 メアの頭を先日の悲劇が過ぎった。

 また犯されるッ……!?


「何やってるんですか。早くフィリアちゃんを見つけてください」

「いでっ」


 と、そのターゲットの頭を杖で叩いたのはエルフの少女だった。

 僅かに力が緩んだその隙に、メアは全力を振り絞って脱出を図る。だが甘かった。


「ハハハ、逃がさないぜ?」

「ひぃぃぃっ!」

「だから何やってるんですか!」


 ズガンッ、としてはいけないレベルの殴打音が響く。

 そして今度こそメアは拘束から逃れることに成功し、脱兎のごとく路地へと飛び込んだ。


「もう嫌っす! こんな連中、絶対に相手にしたくないっす!」


 空に向かって叫びながら、彼女は本気で暗殺者を引退することを決意したのだった。




  ◇ ◇ ◇




「お礼?」

「エルザがね、いえにきてほしいっていってた!」


 街の冒険を堪能してご満悦なフィリアが、そんなことを言ってきた。

 もっと詳しく話を訊いてみると、どうやらギャングに誘拐されていた子供たちを助けたらしい。

 ……というか、フィリア自身が一度は誘拐されたそうだ。


「何をやっているのだ……」


 エレンが呆れ顔で嘆息する。


「フィリアちゃん、もう二度と知らない人に付いていったらダメですよ?」

「うん! しらないひとはね、ちゃんとせーばいするの!」

「そうしてください。――って、成敗!?」


 そんなわけで翌日、俺たちはフィリアと一緒にそのエルザという少女の屋敷に行くことにした。

 エドバン家の屋敷と言えば、大抵の人が知っているほど有名な豪邸らしい。俺には〈探知・極〉スキルもあるし、道を尋ねる必要はなかったが。


 実際、めちゃくちゃ大きな屋敷だった。

 この家の娘を誘拐したギャングは、きっと多額の身代金を要求したことだろう。


 エドバン家は元々異国の貴族だったが、落ちぶれてこの都市に逃れてきた際、商売の道に入ったらしい。そして運よく大成功。今ではここ商業都市メルシアで、十本の指に入るほどの大富豪にまで成長したそうだ。


「おお、よく来てくれたね」


 俺たちを迎えてくれたのは、エドバン家の当主だというダンディなおっさんだった。出自が関係しているのだろうが、その雰囲気は商売人というよりは貴族だ。


 広い屋敷の中へと案内される。

 ……随分と静かだな。執事とかメイドとか、まるで見当たらない。しかもこれだけ豪奢な屋敷だというのに、調度品の類いがほとんど見当たらなかった。


『エドバン家はつい先日、事業に大きく失敗して破産してしまいました』


 えっ、マジで。


「あっ、エルザ!」

「フィリア、来てくれたのね」


 フィリアが急に駆け出したかと思うと、ドレスに身を包んだ少女がいた。フィリアに微笑んでみせるが、しかし憂いが隠し切れていない。


「エルザ、まだげんきないー?」

「い、いえ、大丈夫よ」


 きっと頭のいい子で、自分の家の状況を理解しているのだろう。


「……何かお礼ができたらいいんだけれど、実は情けないことに破産してしまってね。この屋敷もじきに売り払わなければならないんだ」


 エドバン家の当主は申し訳なさそうに言う。


「エルザの身代金ですら、まともに払うことができないような状況だったんだ……」


 もしフィリアがいなければ、娘が奴隷として売り払われていたかもしれないそうだ。


「ちなみにどんな事業を?」

「実はカジノを経営していてね」


 へー、それは奇遇だ。俺も最近かなりカジノにお世話になっている。がっぽり儲けさせてもらってるからな。

〈幸運・極〉スキルのある俺は、今のところどんなゲームをやっても負けなしだ。

 イカサマではないかと疑われたほどだが、幾ら調べてもらっても証拠なんて出ない。だってただの運だから、出るはずがない。


 まだ稼いだ金を半分くらいしか支払ってもらっていないんだが、しっかり請求しないとな。


「ずっと順調だったんだが、とんでもない賭博師が現れてね……」

「なるほど」

「どんなゲームをやっても絶対に負けないらしいんだ」

「……ん?」

「最初はイカサマを疑ったのだが、どんなに調査してもそんな様子はない」

「……」

「その賭博師の手に掛かれば、一年の売り上げをたった一日で稼がれてしまうほど……それでこの有様だよ。――ん? どうしたんだい?」


 はい。

 どう考えても間違いありません。



「その賭博師、俺だ」



 調子に乗ってやり過ぎました。

 ごめんちゃい。

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