幼女大冒険篇

第47話 パパはギャンブル。ママは二人

 商業都市メルシアに来て数日。

 俺たちは初日からずっと泊まっている宿の一階で朝食を取っていた。

 最高級の宿だけあって料理も美味い。

 まぁ〈料理・極〉スキルを持つ俺ほどではないけどな。


『ところでマスター。昨晩、マスターの隣室に襲撃者が現れました』


 料理に舌鼓を打っていると、ナビ子さんからそんなことを聞かされた。


 マジか。

 なぜ起こしてくれなかったんだ?


『起こす必要はないかと判断しました。マスターの〈感知・極〉スキルも察知していたかと思いますが、脅威度は低いと判定されたのでしょう。何よりマスターの隣室にいるのは、中身はともかく最高クラスの力を有した天使ですので』


 なるほど。

 たぶん俺が泊まっている部屋と間違えたのだろうが、随分と間抜けな奴だ。


 襲撃者の予想は付く。

 先日、俺が加勢したことでエクバーナに敗北を喫したレイン帝国の連中だろう。彼らは俺の居場所を突き止めようとしているようだった。

 秘密裏に動いているつもりのようだが、俺にはバレバレだ。しかも部屋を間違えるような下っ端を寄こすなんて、なんともお粗末なものだ。


『レイン帝国の四将の一人、最強の暗殺者として恐れられる闇将軍です』


 全然下っ端じゃなかった!

 で、どうなったんだ、そいつ?


『犯(ヤ)られました』


 闇将軍はどうやら若い女性らしい。

 あの変態天使の部屋に単身で忍び込むとは、まさに飛んで火にいる夏の虫ってやつだな……。


 闇に紛れ、しかも顔は覆面で隠していたというが、あの天使は一瞬で女を嗅ぎ分けることができる。

 着ていた黒装束をあっさりと剥ぎ取られ、その後は朝方まで慰み者にされたそうだ。最後はエロ天使が満足し切って気が緩んだこともあり、どうにかその隙に逃走したようだが。……真っ裸で泣きながら。


「くそっ……むしろ何で俺の部屋に来なかったんだっ!」

『結局、どちらに転んでも彼女にとっては地獄だった訳ですね』


 次回はぜひ間違えずに俺のところに来てほしいものだ。

 若い女性の暗殺者とか俺得過ぎる。


「む? どうしたのだ、ルシーファ? 今朝は随分と機嫌が良さそうだが……」

「ふふふ、分かります? 昨晩、わたくしの元にとても熱烈な方がいらっしゃったのですわ」


 にこやかに微笑むルシーファ。

 窓から差し込む朝の陽光に照らされ、まるで天使のように輝いて見えた。いや、実際に天使なんだが。中身は堕天使だけどな。


 朝食は何となくみんなで一緒に食べているが、その後はそれぞれ自由行動である。


 ティラは毎日、図書館に通っているらしい。各地から書物が集まって来ているそうで、本好きの彼女にとっては天国のような場所だとか。恐らく今日も行くつもりだろう。


 エレンはこの国の闘技場で腕試しをしているそうだ。今のところ全戦全勝。あまりの強さから、正式な闘士にならないかとの勧誘を受けているという。貴様も出てみないか? と誘われているので、今度行ってみようと思っている。


 シロは毎日のように食べ歩きをしている。ちゃんと服を着ていて、お金も持たせてあるため、以前のように門前払いされることはないようだ。

 変態天使は女の子のナンパ。ほんと、ブレない奴だよ……。


 そして俺はと言うと、カジノでのギャンブルにハマっていた。


「って、あれ? フィリアがいないぞ?」


 そこでふと気が付く。


「? フィリアちゃんならカルナさんの部屋に行くって言ってましたけど……」

「そう言えば朝食に行く前に来たな。けど、すぐに戻ってったぞ」


 誰も彼女の行方を知らなかった。


「勝手にどこかに遊びに行ったのかもしれないな」

「ですが朝食も取ってないですよね?」

「まぁ魔導人形だし、そもそも朝食を食べる必要はないんだが」


 フィリアは好奇心旺盛なので、時々ふらりといなくなることがある。

 今回もその類いだろう。

〈探知・極〉スキルを使えば、すぐに居場所が分かるはず。


 おっ、いたな。

 結構ここから離れているぞ。


「市場の方にいるっぽいな」

「大丈夫ですかね?」

「心配ないって。フィリアはめちゃくちゃ強いからな」




   ◇ ◇ ◇




「わーい!」


 朝から賑わう商業都市を一人の幼い少女が目を輝かせながら歩いていた。

 フィリアである。


 魔導人形として目覚めてまだ日の浅い彼女にとっては、見るものすべてが物珍しい。きょろきょろと忙しなく首を振り、面白そうなものを見つけるとすぐに近づいていく。


「いいにおい!」


 甘いにおいに釣られてふらふらと近付いて行ったのは、果物を販売している露店だった。

 小さなお客さんに気づいて、店員の中年オヤジが声をかける。


「お嬢ちゃん、一個どうだい? うちの林檎は甘くて美味しいぜ」

「たべてもいいの! わーい!」

「おっと。ちゃんとお金持ってるだろうな?」

「おかね? ないよ!」


 中年オヤジがしかめっ面になる。


「金がねぇのに市場に来てんのかよ……。ていうか、もしかして迷子か? お父さんやお母さんは?」

「フィリアひとりできたの!」


 おいおい、とオヤジは溜息を吐いて、


「ったく、親は何やってんだか」

「んーとね! パパはいつも、かじのでぎゃんぶる!」

「なんて父親だよ!?」


 こんな幼い子供をほったらかしてギャンブルに耽っているとは、ロクでもない父親だなとオヤジは内心で見知らぬ人物を非難する。

 目の前の少女はまだその辺りのことが分からないのだろう、にこにこと無邪気な笑顔を浮かべていて、それがとても可哀想に思えた。


「お母さんはどうしてるんだ?」

「ティラママはね、ほんをよんでる!」

「ほう。本か」


 子供を放置しているのはいただけないが、どうやら母親の方は父親よりもまとものようだ。


「エレンママはとーぎじょー」

「もう一人母親がいるのか!?」


 思った以上に複雑な家庭のようだった。


「二人も妻がいながらギャンブル漬けの毎日かよ……くそ、なんて父親だ……」


 会ったことも無い人物だが、果物屋のオヤジの中でどんどん株が下がっていく。

 そんな彼の様子を不思議そうに見つめるフィリア。しかしすぐにまた興味が果物の方へと移り、


「おいしそう!」

「……普通はお金がないと食べることができないんだぜ」

「だめなの……?」


 オヤジの言葉に、フィリアは眉根を下げてしょんぼりする。


「……嬢ちゃん、そんなに食べたいのか?」

「うん! でも、フィリアね、たべなくてもだいじょうぶなからだなの!」


 魔導人形だから食事をとる必要はない、という意味だったのだが、これまでの流れからオヤジは盛大に勘違いした。


「くぅっ……いつもそう自分に言い聞かせて我慢してきたんだな……っ! なんて健気な子なんだ! こんな子を餓えさせるなんて、本当に酷ぇ父親だ!」


 オヤジは目尻に涙を浮かべ、店頭に並んでいた林檎を一つ手に取った。

 そしてそれをフィリアに手渡す。


「? おかねないよー?」

「これは嬢ちゃんへのプレゼントだ」

「ほんと? わーい!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露わにする少女に、オヤジは小さな声で呟いたのだった。


「……嬢ちゃん、強く生きるんだぞ」







 しゃりっ、と瑞々しい音を立てて林檎を齧る。

 甘い水分が口の中に広がり、フィリアは「おいしーっ」と叫んだ。


「おじさんいいひとー」


 果物屋のオヤジに改めて感謝しつつ、フィリアは街の探索を再開する。

 小柄な身体を活かし、人混みの間をすり抜けるように進んでいると、


「引ったくりよッ! 誰か捕まえてッ!」


 そんな叫び声が聞こえてきた。

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