第46話 闇将軍、動く
「へー、随分と賑やかな街だな」
『ここメルシアは交通の要所ということもあって、商業都市として栄えているのです』
俺たちはメルシアという街にやってきていた。
ナビ子さんによれば、周辺の国々とは独立した政体を持ち、独自の軍も有しているらしい。いわゆる都市国家というやつだな。
移民の多い都市らしく、行き交う人々の服装一つ取ってみても非常に多彩だ。様々な文明が混じり合っているため都市の景観もごった煮という印象を受けるが、そういうのはむしろ俺の好むところだった。
今まで行ったことのあるどの街よりも人口密度が高い。
「話には聞いていたが、アルサーラの王都以上の人だな」
「ん、暑苦しい」
「しゅごーい! ひとがたくさーん」
エレンが感嘆の声を漏らし、シロは無表情ながら鬱陶しそうに呟く。
一方でフィリアはとても嬉しそうだ。何でも無邪気に喜べる子だからな。
「生身の美少女がたくさんいますわぁ……ぐへへへ……」
ルシーファはちゃんと見張っていないとマズイな……。すぐ近くを通り過ぎた女の子を涎を垂らしながら凝視しているし。今はまだただの不審者だが、すぐに犯罪者にレベルアップしかねない。
「私も人混みは少し苦手ですが、活気があるのは嫌いじゃないです」
エルフの里とは真逆だが、意外とティラはこうした空気も好きらしい。
俺たちはしばらくこの街に滞在することに決めた。
すでに陽が暮れかかっているため、まずは宿を探すことに。
「ぜひ共同の大浴場がある宿がいいですわ! ティラ様の裸体を合法的に拝める最高のチャンス、ぐへへへ……」
「いや、そのネタもうやったから」
「……どういうことですの?」
首を傾げる変態天使を後目に、俺たちが向かったのはこの都市でも最高クラスの宿である。
「こんな高そうなところ、大丈夫なのか?」
「ああ。S級ダンジョンをクリアした際の報酬がまだまだ余っているしな」
王女のくせに不安げなエレンだが、〈無限収納〉の中にはまだ半分近い大金貨が残っていた。
「ですがあれ以来、まったく収入がないですよね?」
「稼ごうと思えば幾らでも稼げるんだけどな。この街には巨大なカジノもあるらしいし、後で行ってみようか」
「……もっとまっとうな手段で稼いでくださいよ」
白い大理石が美しい宿に五人でチェックインする。
「わたくし、ティラ様と同じ部屋がいいですわ!」
「それだけは絶対に嫌です」
「じゃあ俺と同じ部屋にしようか」
「それもやめてください」
部屋割りで少々手間取ったが、結局、ティラとフィリア、エレンとシロというペアでそれぞれ二人部屋を、俺とルシーファは一人部屋となった。
「この宿、娼婦の斡旋はしてませんの?」
「う、うちは売春宿ではありませんので……」
ルシーファがフロントのお姉さんにアホな質問をしている。
「そうですの。ではあなたでいいですわ」
「え……?」
ルシーファは見た目だけは絶世の美女だ。そんな相手から手を握られたお姉さんは、困惑しつつも頬を赤く染めた。
「ぜひ夜にわたくしの部屋に――」
「何やってるんですか!」
堕天使の後頭部をティラが杖で殴打した。
「ああっ、わたくしとしたことが、つい浮気を……」
「すべてこの人の戯言です。お手数かけてすいませんでした」
「は、はぁ……?」
ティラの謝罪にポカンとしているフロントのお姉さんを置いて、俺たちは部屋へと向かった。
街は騒がしいが、大きな庭のある宿なので室内は静かだった。
この世界では珍しい五階建ての五階にある部屋で、窓を開けると商業都市の街並みがよく見える。
「NABIKOも快適だが、やっぱり宿もいいもんだな」
俺はふかふかのベッドに倒れ込み、しばし旅の疲労を癒すのだった。
別に疲れてないけど。
◇ ◇ ◇
真夜中。
商業都市メルシアでも最高級として知られている宿泊施設の屋上に、完璧に気配を殺した人影があった。
闇に溶け込む黒装束を身に付けており、よほど高度な探知能力を有していない限り、その存在に気づくことすらできないだろう。
「この宿にターゲットが泊まっているっすね」
ぼそりと、その人影が覆面の奥から微かに声を漏らす。
「この闇将軍メア様の手に掛かれば、たとえ地の果てに逃げようが無駄っす」
彼女はレイン帝国の〝四将〟が一人、最強の暗殺者(アサシン)として知られる〝闇将軍〟だった。
世界各国に部下を潜ませており、その膨大な情報網から逃れることは容易ではない。
だが今回はターゲットを特定するまで、かなり時間がかかってしまった。
というのも、どうやら何らかの手段で各地を転々としているようだからだ。
しかも、辻馬車を利用した形式は無く、かといって馬車を保有しているようでもないというのに、恐るべき短期間で長い距離を移動している。
いや、そもそも馬車を使っても不可能な速さだ。
その謎は未だに解明できていなかった。
ともあれ、この都市に宿泊しているという情報を掴んだ彼女は、こうして自ら出向いて確実に任務を果たしにきたという訳である。
ターゲッは他でもない。
獣人の国エクバーナに加勢し、たった一人でレイン帝国の敗走を決定づけたという男。
と言っても、十万の軍を一人でどうこうできるはずがない。恐らく恐慌に陥った兵士たちが自分たちの臆病さを隠すために半ば誇張して報告したのだろうと、メアは考えていた。
「竜将軍セルゲートが率いる竜騎士部隊を単身で壊滅させたというのは、どうやら事実みたいっすけど」
命令はターゲットの捕縛――難しければ、殺して死体を持ち帰ってこいとのことだが、〝四将〟の一人を破ったほどの相手。
最強の暗殺者と言えど、油断はできなかった。
「しかし所詮、竜将軍は四将最弱っす……」
くくく、とメアは覆面の奥で笑う。
実のところ、単純な戦闘力では竜将軍セルゲートの方が彼女より上なのだが……単純に今の台詞を一度言ってみたかったのだ。
「さて、それでは任務開始といくっすかね」
ターゲットおよびその仲間は全部で六人いると聞く。つい先日まで五人だったのだが、この都市に現れたときには一人増えていたのだ。
だが幸いターゲットは一人部屋に泊まっているらしい。
「この下の部屋っすね」
屋根の上を素早く移動し、彼女はその部屋の上までやってきた。
そこから身軽な動きでするりと窓枠まで下りる。ここは五階だが、命綱など必要ない。
窓の鍵は開いていた。
たとえ閉まっていても開く手段は幾らでもあるが、お陰で手間が省けた。
音を立てずに窓を開けると、さっと室内へ忍び込む。
……どうやら暢気に熟睡しているようっすね。
ベッドに膨らみがあった。
闇将軍は呼吸すらも止め、ゆっくりと近付いていく。
そして腰から毒の塗られたナイフを引き抜いた。もっとも、致死性の毒ではなく、身体の自由を奪うためのものだ。
そのときだった。
突然、毛布の中から伸びてきた手がメアの腕を掴んだ。
「っ!?」
その拍子に毛布が捲れ、そこで寝ていた人物の顔が露わになる。
それは聞いていたターゲットのそれではなかった。それどころか性別が違う。
べ、別人っ!?
って、なんていう美女っすか!
そこに寝ていたのはターゲットではなく、幻想的な髪の色をしたあり得ないほど美しい女性だったのだ。
丁寧に造られた人形のような美貌。
しかし今はそれをだらしなく弛緩させ、彼女はうっとりと言った。
「うふふふふ……わたくし初めてなのですわ。こんなふうに夜這いに来ていただいたのは……」
その瞬間、メアの暗殺者としての直感が凄まじい警鐘を鳴らしてきた。
や、殺(ヤ)られる!?
いや、犯(ヤ)られる!
メアは咄嗟に腕を振り払おうとした。すぐに逃げなければヤバい。
って、なんて力っすか!?
だが振り解くことができない。それどころか物凄い怪力で引っ張られてしまう。
そして気づけば組み敷かれ、同時に手にしていたナイフがどこかに飛んでいく。暗殺者として高い体術を修めているはずのメアが、まったく反応できないほどの恐るべき手際だった。
「うへへへへっ! 夜はまだまだこれからですわ! たぁ~~~~っぷり、可愛がって差し上げますわよぉぉぉっ!」
「ぎゃああああああああああっ!」
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