第45話 ウォシュレット

 新たに天使を仲間(?)に加えた俺たちはスカイアイランドを後にした。


 NABIKOに乗って整備されていない道でも楽に進んでいく。途中で遭遇する魔物もNABIKOが自動で撃退してくれていた。


 人数が増えてきたこともあり、俺は部屋数を増やした。時空魔法によって空間を歪めているので、外から見るよりも内部はずっと広い。

 元々、一階は台所とリビング、それからトイレとバスルーム、そして二階は寝室が一部屋あるだけだったのだが、一階と二階に寝室を設けたのだ。一階は俺用の寝室で、二階はルシーファ用の寝室である。


 これまで俺はリビングのソファで寝ていたのだが、やっぱりちゃんとベッドで寝る方が快適だな。

 ちなみに女性陣の中でルシーファだけが別の部屋で寝ることになった理由は、わざわざ言わなくてもお分かりのことかと思う。


 今はみんなリビングに集まっている。

 ティラは読書、エレンは剣の素振り、そしてシロはソファの上で猫のように丸くなって寝ている。フィリアは「わーい! たーのしー!」と叫びながら窓から身を乗り出している。危ないからやめなさい。


「何を書いてるんだ、ルシーファ?」


 リビングのテーブルで何やら書き物をしている天使に、俺は声をかけた。


「小説ですわ」

「へぇ。彫刻や絵画だけじゃなく、そんな特技もあるのか」


 この天使、かなりの多芸だな。

 読書をしていたティラが顔を上げ、話に入ってくる。


「そうなんですね。今読んでいるのは旅行記ですが、私もたまに小説を読みますので、どんな話なのか気になります」


 ティラたんは読書家なのだ。


「ちょっと読ませてくれ」

「いいですわよ」


 ルシーファはあっさりと原稿を俺に渡してくれた。

 普通は人に読まれると恥ずかしいものだが、こいつにはそういう感覚はないようだ。

 ティラも横から覗きこんでくる。



『ああ、ダメですわ、ご主人様……そこは……ひゃう!』

『ふふ、ここが感じるんですね?』

『いや……嫌ですわ……』

『その割にはこんなに濡れていますよ。どうやら身体の方が正直のようです』

『い、意地悪しないでくださいまし……』

『まったく、そんな物欲しそうな顔をして素直ではありませんね。正直に言ってみてください。もっと欲しいと』

『あぅ……も、もっと……もっと欲しいですわぁぁぁっ!』



「何なんですかこの卑猥な小説はぁぁぁッ!? しかも勝手に私を登場させないでくださいッ!」


 完全にエロ小説だったよ……。

 しかも現実の人物を登場させた一番イタイやつ。


「タイトルは『堕ちた天使 ~ご主人様の忠実な性奴隷になるまで~』。わたくしがティラ様によって徐々に堕落させられていくという、実体験に基づいた作品ですわ……ハァハァ」

「徹頭徹尾妄想じゃないですか! 私に会う前からすでに完全に堕落してましたよね!?」

「うふふふ……大量に刷って、ぜひ世界中の人にこの作品を呼んでほしいですわァ」

「サンダーボルト」

「あああああっ!? わたくしの最高傑作がぁぁぁっ!?」


 ティラの雷撃で黒焦げになった自作小説を前に、変態天使はがっくりと項垂れる。


「ふふふ、ですが中身は完璧に暗記してますの」

「その脳みそごと吹き飛ばせばいいですかね?」

「ぎゃあう!? ああっ、ティラ様のお仕置きタイムですわ! もっと、もっと激しくして下さいませぇぇぇっ!」

「……カルナさん、コレ、どこかに捨ててきてくれませんか?」

「お、おう……」


 コレ、って……。

 俺はティラの圧力に負け、変態天使の身体を縄で縛りつけて走行中の窓から放り捨てた。


「ああああっ、放置プレイですわねぇぇぇぇっ!」


 地面を転がる天使は、あっという間に見えなくなってしまう。


「これで静かになりましたね」


 ※ペットを遺棄してはいけません。







「ひゃうっ!? なな、なんなのだこれは!?」


 天使を遺棄してしばらくした頃。

 トイレに入ったエレンから悲鳴が聞こえてきた。


「どうしたエレン! 大丈夫か!」


 俺はすぐに駆けつけ、ドアを開け放つ。

 そこにはパンツを脱いで便器に腰掛けているエレンがいた。


「ドアを開けるなぁぁぁっ!」

「ぐげっ」


 殴り飛ばされ、俺は転がって床に頭をぶつける。バタン! とドアが閉まった。


「べ、便器からいきなり水が出てきたのだ! あたしのお尻がっ、お尻が攻撃されている!」


 一体どういうことですか? とティラが怪訝な顔をしているが、俺にはすぐにピンときた。


「ウォシュレットだな」

「うぉしゅ……何ですか、それは?」

「お尻を温水で洗ってくれる機能付きのトイレのことだ。たぶん、ボタンを押してしまったんだろう」


 この異世界にはまず存在しないだろう機能だ。このNABIKOに搭載されているものが、世界で唯一のウォシュレットということになる。


「ど、どうすれば止まるのだ!?」

「一番左のボタンを押せば止まるぞ」

「一番左だな! よし! ――ひゃうん!?」


 エレンがまた面白い悲鳴を上げた。


「むしろ勢いが強くなったのだが!?」


 おっと、どうやらボタンを間違えたようだ。


「くっ……はぅっ……こ、これ、はっ……だ、だめっ……」


 激しい水流を浴び、色っぽい声を漏らすエレン。

 こ、このままではエレンが開発されてしまう!


「大丈夫かエレン! 今すぐ助けに行くぞ!」

「だからドアを開けるなぁぁぁっ!」

「ぐほっ」


 今度は蹴り飛ばされた。バーン! とドアが閉まった。

 ティラが呆れた顔で俺を見下ろしてくる。


「何をやってるんですか……」

「エレンを早く救出しないと! このままではお尻に穴が開いてしまう!」

「な、何だと!?」


 エレンが切迫した声を上げた。


「そんなことになったらもうお嫁に行けなくなるではないか! は、早く助けてくれぇぇぇっ!」

「落ち着いて下さい、エレンさん! 穴は最初から空いてます!」

「はっ?」


 ティラの言葉で我に返ったエレン。……アホの子だ。


「確かにお尻には最初から穴が空いている! だがその穴が水圧で拡張されてしまうんだ!」

「な、なんと怖ろしい機能なのだ!? 早く助けてくれ!」

「よし今すぐ助けに――」

「待ってください」


 ティラに首根っこを掴まれた。


「……エレンさん、普通に便器から離れればいいだけでは?」

「そ、そうか!」

「いや待て。便器から距離を取っても無駄だ。その水は一度照準を合わせたら最後、どこまでもお尻を追い駆けてくるんだ」

「そんな!?」

「どう考えても嘘ですよ! エレンさん、すぐに真に受けないでください!」


 それからどうにか自力で停止ボタンを見つけたようで、エレンはぐったりした様子でトイレから出てきた。


「うぅ……お尻を犯された気分だ……」

「大丈夫か、エレン? 尻穴が拡張されてないか?」

「わ、分からぬ……」

「よし、俺が見てやろう」

「あなたは引っ込んでいてください! わ、私が見ますから……」

「ティラ殿、頼む」


 姫騎士のお尻の穴を確認するエルフ……ごくり。


「わたくしも! わたくしもティラ様にお尻の穴を見ていただきたいですわっ!」

「ちょっ、いつの間に戻って来たんですか!?」


 遺棄したはずのルシーファがどこからともなく姿を現した。

 そしてトイレへと駆け込む変態天使。


「これがウォシュレットですわね! スイッチ、オンですわ! ……っ!? あああっ、らめぇぇぇぇっ! ティラ様っ、激し過ぎますわぁぁぁっ!」

「だから勝手に私を妄想に利用しないでくださいッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る