第41話 トラップ×トラップ
俺たちは城の内部へと侵入した。
衛兵はおろか、こういうケースではお約束と言えるモンスターの姿もない。小さな生命反応ならあるが、たぶん鼠とか虫の類だろう。
城の中にも所々に彫像が置かれていた。
天使だけでなく、人間や獣人、ドワーフ、そしてエルフをモデルにしたと思われる彫像などもある。
「このエルフ像、ティラに似ているな」
「ん、似てる」
「ママがいるー!」
しかも、四つん這いになってこちらに向かってお尻を突き出しているという、グラビアなんかでよく見かけるちょっと卑猥なポーズである。
俺がまじまじと鑑賞していると、
「サンダーボルト」
激しい閃光とともに彫像目がけて雷撃が放たれた。
俺は咄嗟に彫像を庇い、その身に電流を浴びる。
「ちょ、何してるんだ!?」
「何って、破壊しようとしている決まってるでしょう!」
「こんな芸術作品を破壊するなんてとんでもない!」
「何が芸術ですか! そこをどいてください! そいつ壊せません!」
俺はエルフ像を抱き締めて懇願した。
「やめてくれ! この子だけは! ティラだけは!」
「それが私みたいに言わないでくれませんかね!? あと抱き付くのもやめてください! って、お尻を撫でるなぁぁぁっ!」
ついにティラから敬語が消えた。
「ああ……俺のティラ像が……」
「だから私じゃないですって」
結局、ティラの手でその彫像は完全に破壊されてしまった。
いつでも愛でることができるよう、ぜひとも〈無限収納〉に保管しておきたい一品だったのに……。
「って、そうか! 自分の手で作ればいいんだ!」
俺には〈製作・極〉スキルがある。
「その場合もう一生口を利きませんから」
「そんなぁ」
まぁバレないようにこっそり作ればいいんだけどね!
『……』
城内を奥へと進んでいく。
内部は迷路のように複雑な構造をしていた。だが〈探知・極〉スキルのお陰で、城内の構造は完全に理解している。迷うことはない。
唯一、大きな生命反応のある部屋があった。
恐らくはそこに天使がいるのだろう。
モンスターは出ないものの、所々にトラップが仕掛けられているようだった。しかしこれも〈探知・極〉を持つ俺にはすべて把握できているため、引っ掛かるはずもなかった。
「気を付けろ、トラップだ。そこの壁から出ている出っ張りを押さないようにな」
「……どうしよう。もう押してしまったぞ」
注意したときには遅かった。
石壁の隙間から煙が噴出し、エレンを襲った。
「うあっ」
まともに浴びてしまったエレンがその場に蹲る。
「まさか毒ですか!? すぐに解毒しないと……」
「いや、違う」
慌てるティラに、俺は首を振る。
「媚薬入りの煙のようだ」
「え?」
直後エレンが身悶えし始めた。
「ん……あぁ……な、なんだ……か、身体がっ……あ、熱いっ……」
頬を紅潮させ、艶っぽい声を漏らすエレン。
「び、媚薬ってどういうことですか!?」
「性欲を高める薬のことだ。特にこれは全身が敏感になるみたいだな」
俺はエレンの首筋に指をそっと這わせてみた。
「ひゃうッ!?」
ビクンッ、と身体を震わせ、エレンが艶めかしい悲鳴を上げる。
「こんなふうに」
「はんっ!」
「触れられると」
「んあっ!?」
「めちゃくちゃ感じてしまう」
「にゃぅっ?」
俺が身体に軽く触っただけで、エレンはもう立てなくなってしまった。四肢が痙攣したようにビクビクしている。
「や、やめっ……は、はやく治してくれっ……」
「ぐへへへ、本当は気持ちいいんだろう? 素直に言ってごらん?」
「馬鹿なこと言ってないで早く治してあげてください!」
「ひ、酷い目に遭ったのだ……」
結局、俺が回復魔法で媚薬の効果を解いてやった。エレンが安堵の溜息を吐く。
「ていうか、何であんなトラップがあるんですかね……。殺傷力は皆無のような……」
「毒よりはマシだろ」
「あれなら毒の方がマシなのだ!」
そもそもトラップに引っ掛かったエレンの自業自得だろう。
「だから気を付けろって言ったのに」
「も、もっと早く言って欲しかったのだ!」
しかし、その後もエレンはトラップに掛かり続けた。
俺の制止の声を無視して罠の宝箱を開けてしまい、中から飛び出してきた白濁液で全身ぬるぬるになってしまったり。
足元に仕掛けられていたロープに引っ掛かり、亀甲縛りで宙づりになったり。
色の違う床を踏み、下から凄まじい突風が吹き出してきたり(エレンは鎧なので何の問題もなかったが、巻き込まれたティラのローブが捲れあがってパンツが丸見えになった)
いずれも殺傷力はないが、イヤらしいトラップだ。ありがとうございます。
と、そこで俺は新たなトラップに気が付く。
「そこにも出っ張りがあるけど、押すなよ」
「わ、分かっている!」
「絶対に押すなよ? 絶対だからな?」
「うっ……そう言われると、逆に押したく……」
「エレンさんやめてください!」
「ああああっ、手が勝手にぃぃぃっ……」
……重傷な気がする。
プルプルと全身を震わせながら、それでもどうにか堪えようと頑張っているエレンだったが、
「わーい! こんどはなにー?」
フィリアが横から押してしまった。
足元の床が消失する。
落とし穴タイプのトラップだ。
「わっと」
「ぬああああっ!?」
フィリアは直前に察知し、ジャンプして難を逃れる。
エレンだけが真っ逆さまに落ちていった。
「おーい、大丈夫か、エレン?」
「た、助けてくれえええっ!」
俺は風魔法で空を飛びつつ、ゆっくりと穴を下りていく。
穴の深さはせいぜい五メートルほど。
下は正方形の空間になっていて、その真ん中でエレンが涙目になっていた。
「き、気持ち悪いっ! こっちに来るな!」
部屋の中には小さなスライムが無数に蠢いていた。
残念ながらこの世界のスライムは某有名RPGに出るような可愛らしいタイプのものではなく、結構グロテスクだ。ナマコとか、そういう系。
「しかもこのスライム、身体が振動しているぞッ!?」
バイブスライムA
種族:スライム族
レベル:3
スキル:〈振動〉
『バイブレーションすることが可能なスライムの特殊個体です。その性質から性具として使われることもありますが、これほど大量発生しているのは珍しいかと』
おお、なんて素晴らしいスライムなんだ!
ブルブル震えながら、バイブスライムたちがエレンの身体に纏わりついていく。
「あぅん! こ、こら! 見てないで早く助けろ! ひゃ!? ど、どこに入っているのだ!?」
「大丈夫か、エレン! 一体どこに入ったんだ!? 教えてくれ!」
「お、教えられるか!」
「安心しろ! 俺がすぐに取ってやるぞ!」
「こっち来るなぁぁぁっ! 自分で取るからッ!」
「ひ、酷い目に遭ったのだ……」
数分前とまったく同じ台詞を吐きながら、エレンが嘆息する。
「カルナさんもカルナさんですけど、エレンさんも本当に気を付けてください」
「ん。自業自得」
「う……。わ、分かっている……だが先ほどのはフィリアが押したのだからなっ」
「このすらいむ、しゅごーい! ぶるぶるー」
エレンから非難されているのを余所に、フィリアは一匹捕まえてきたバイブスライムで遊んでいる。こら、元いた場所に帰してきなさい。
それからも何度かエレンがトラップにハマったものの、どうにか無事に目的の場所へと辿り着くことができた。
「この扉の向こうに天使がいる」
「……神々の使者とされる存在がここに……」
「ほ、本当にこんなところにいるのか?」
俺の言葉に皆がごくりと息を呑む。……フィリアは相変わらずバイブスライムを可愛がっていて、シロは興味なさそうにぽーっとしているが。
意を決し、俺は扉を開く。
「ようこそですわ」
透き通るような声が俺たちを出迎えてくれた。。
「彼女が、天使……?」
幻想的な淡い水色の長髪に、信じられないほど整った美貌。
背中には純白の翼が生えていて、神々しく輝いている。
その圧倒的な存在感は、神話の世界に紛れ込んでしまったのかと錯覚を覚えるほど。
部屋の中央にいたのはまさしく天使だった。
ただし――
――全裸でM字開脚していました。
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