第39話 それでも俺は混浴を目指す
女性に変身して混浴しようと試みた俺だったが、あっさりバレて失敗に終わってしまった。
『マスター。諦めてここで待機しておくべきかと』
ふっふっふ……この程度で引き下がる俺だと思ったのか?
「作戦その二だ!」
俺は先ほどの反省を生かし、今度は別のものへと変身することにした。
目線が低くなり、全身が毛に覆われる。
「ウキキ、ウキィ!(これなら、どうだ!)」
猿だった。
この山には猿も棲息している。道中、幾度かNABIKOの窓からその姿を確認することができたし、間違いない。
そしてこの山の猿たちは、時に温泉に浸かることもあるのだという。日本にもいたよな。温泉に入っているニホンザルたちが。
変身魔法が使えるとは言っても、体型が大きく異なる人間以外の生き物に変身するのは容易なことではない。まさか動物にまで変身できるなんて、さすがの彼女たちも思わないだろう。
いける!
これなら絶対に混浴できる!
俺はそう確信しながら、今度こそと滝壺温泉までやってきた。
エレンとティラは中央付近にいて、シロは流れ落ちてくる滝を浴びている。フィリアの姿だけは見えないな。と思っていたら、滝と一緒に上から降ってきた。
「わーい! たーのしー」
危険だからやめなさい。
まぁ魔導人形だし怪我することはないのだが。
「ん? 猿がいるぞ」
エレンが俺に気づいてこっちを見てくる。
俺は少し人間に警戒するような猿の演技をしつつ、離れた場所からお湯に浸かった。
「猿も温泉に入るのだな」
感心したように頷いているエレンは、俺だと気づいている様子はない。まぁ彼女はアホだからな。問題はティラの方だ。
先ほどの反省を生かし、特に自分の表情には注意する。
「お猿さんですか?」
「ああ。気持ちよさそうに湯船に浸かっているぞ」
チラリと横目で見ると、二人はそんなやり取りを交している。
もっと近づきたいが、焦ってはならない。俺は猿だ。今はまだ人間を警戒している。少しずつ警戒が解けていく様を演じるのだ。
「わーい! あたらしいぺっとーっ!」
とそのとき背後から忍び寄ってきた影が、いきなり俺に抱き付いてきた。
フィリアだ。
「ぺっとぺっとー」
「ウキィ!?」
ちょ、やめなさい! 俺は君のパパだ! ペットじゃない!
「よーしよしよしよしよし」
「ウキイイイイッ!?」
フィリアに撫で回され、悲鳴を上げる可哀想なお猿さん。
ペット好きな飼い主って、意外とペットを可愛がるあまりペットにストレスを与えてるものなんだよね……。いや俺はペットじゃねぇ。
「こらフィリア、やめないか。どう見ても怯えているだろう」
エレンが近づいてきて、フィリアを窘めた。
くっくっく……まさに計画通りッ!
フィリアに可愛がられて嫌がるというリアルな猿を演じることによって、二人を引き寄せるという完璧な作戦! フィリアは餌だったのだ!
湯気の向こうから大きな肉袋が現れた。
エレンの胸だ。
すごい。猿の低い視点から見ると迫力がいつもの三割増しだ!
「大丈夫か?」
「ウキィ……」
エレンが俺の頭に手を置いて撫でてくる。すぐ目の前に胸があった。
「ウヒヒ……」
「ん? 何か今、嫌らしい笑い方をしたような……」
「ウキキキ?」
「気のせいか」
眼福である。
と、そこへさらにティラがやってきた。
「フィリアちゃん。この子にも家族がいるかもしれないですし、勝手にペットにしてはダメですよ」
「うん、ごめんなさい、ママ」
ティラに怒られ、素直に謝るフィリア。
ちゃんと反省できるところが彼女の偉いところだ。
『マスターとは大違いですね』
そんなことより!
絶好のチャンスが到来した!
エレンよりも遥かにレア度の高いティラの裸!
ついにそれを拝めるときが来たのだ!
……って、タオルを巻いてるだとぉぉぉっ!?
「ウキイ! ウキキキキキッ、ウキイィ!(おい! 温泉にタオル巻いて浸かるとか、邪道だろ!)」
「え? なんかお猿さんがいきなり怒り出したんですけど……」
「ウキーッ!(脱げぇ!) ウキーッ!(脱げぇ!)」
「このお猿さん……なんか、変じゃないですか?」
ま、まずい……っ!
興奮し過ぎたせいで、ティラに怪しまれてしまったようだ。
そのときだった。
「ウオホッ!!」
突然、滝の上から巨大な影が降ってくる。
盛大な水飛沫とともに滝壺に着地したのは、真っ赤な毛並みのゴリラだった。
レッドビッグモンキーA
種族:レッドビッグモンキー族
レベル:26
いや、デカいからゴリラかと思ったが、どうやら猿のモンスターらしい。猿とゴリラの違いは良く知らないが。
「ウホウホウッ!」
赤い大猿は大きな手でバシャバシャとお湯を叩き、何やら興奮している様子だ。
さてはこの猿、覗きにきやがったな!
こんなに堂々と入ってくるなんて、ド変態野郎じゃねぇか!
『それをマスターが言いますか?』
大猿は「ウホウッ!」と鳴くと、いきなり一番近くにいたエレンに飛びかかった。
覗くどころか襲いかかっただと!?
『襲うは襲うでも、マスターが想像されている襲うとは意味が違うかと。レッドビッグモンキーは人肉を喰らう危険な狂暴な魔物です』
肉食……ッ! やはりこの猿、肉食系なのか!
『……』
「く……っ! この猿、思った以上に動きが素早いぞ!」
咄嗟に飛び下がり、大猿の飛び付きを回避するエレン。おっぱいを揺らしながら怒鳴る。
「ウホウホウホッ――――ウホ?」
ドラミングで威嚇をしていた大猿だったが、ふと何かに気づいたように首を傾げた。
直後、大猿の視線が俺に向く。
「ウホホ❤(あらいい男)」
〈言語理解・極〉のせいなのか、何を言っているのか分かってしまった。
魔物の多くはそもそも言語を持ってないため、理解できないはずなんだが……。
って、そんなことよりこの猿、雌だったのか!
「ウホッ❤ ウホッ❤ ウホホッ❤」
何かめちゃくちゃ求愛されている!?
『おめでとうございます、マスター。ついに初めて異性から告白されましたね』
まったくこれっぽっちも嬉しくねぇ!
「ウキィィィ!(お断りだ!)」
俺は即行で拒絶した。
美少女に生まれ変わって出直してきやがれ!
「ウホっ!? ウホゥ……」
大猿はショックを受けたらしく、顔を俯けてぷるぷると震え出した。ポタポタと涙が温泉に落ちる。しかしすぐに顔を上げると、怒りの形相で俺に襲いかかってきた。
「ウホッ、ウホホホホォォォッ!」
『あんたを殺してあたしも死ぬ! と言っています』
魔物がそんなこと言わねぇだろ!?
いや、確かにそんな雰囲気を醸し出しているけど!
お湯飛沫を上げて迫りくる大猿のモンスター。
丸太のように太い腕が俺をぶん殴ろうと迫りくる。
「ッ?」
だが俺は身軽に腕の上に飛び乗ると、その腕を伝って大猿の顔へ。
その顔面に蹴りを叩き込んだ。
「ウホウッ!?」
悲鳴を上げて盛大に引っくり返る大猿。
白目を剥きながら滝壺の中に沈んでいった。
「ウキィ……」
ふぅ。慣れない猿の身体での戦いだったが、どうにかなったな。
俺は後ろを振り返ろうとして、
「ストップ! ……こちらを振り向かないでください、
ティラの声に戦慄を覚える。
「ウ、ウキィ……?」
「誤魔化しても無駄です。今の動き、どう考えても普通の猿ではないですよね? そもそも猿なのに何で言葉が通じているんですか」
「何っ! このお猿さん、カルナなのか!?」
「このおさるさん、パパー?」
「ん。カルナのにおいする」
くっ……万事休すか……っ?
いや、諦めるな! 諦めたらそこで覗き終了だ!
「ウキッ❤ ウキッ❤ ウキキッ❤」
「さっきの大猿の真似してもダメですからぁぁぁッ! ていうか、こっち向かないでって言ってるでしょうが! サンダーボルトッ!」
「ウギイイイイイイッ!?」
覗き終了。
混浴作戦その二、失敗。
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