第38話 あくまでも混浴を目指す

 俺たちはガロナ火山の麓へと辿り着いていた。

 NABIKOから見える窓の外には一メートル近い雪が降り積もっている。この辺りは豪雪地帯でもあるのだ。


「こんな寒い地域に何をしにきたんですか?」

「寒いからこそいいんじゃないか」

「どういうことです?」


 首を傾げるティラに、俺はここにきた目的を告げた。


「この一帯は有名な温泉地なんだ」

「温泉! そうか、温泉に入りに来たのだな!」


 真っ先に喰い付いてきたのはエレンだった。

 アルサーラ王国には温泉が少なく、湧いても湯量が少ないため入浴に利用することはめったにないらしい。だが知識だけはあったようで、いつか行ってみたいと思っていたそうだ。


「温泉、ですか……?」


 一方のティラは聞いたことすらなかったようだ。


「地中から湧いてくるお湯のことだ。それに浸かれば美容や健康にとてもいいのだぞ」


 と、エレンが説明してくれる。


「だがここの温泉の効能はその程度じゃない」

「なに?」


 俺はナビ子さんから得た情報をさも知っていたかのように語った。


「浸かればありとあらゆる傷や病気が癒され、身体能力が上がり、さらには運気も上昇するという凄まじい効能があるんだ」


 まさに魔法の温泉。

 こういうのって地球だったら胡散臭いのだが、この世界にはリアルに存在している。そもそも魔法が普通にあるもんな。


「け、剣の腕も上がるのか!?」

「上がる上がる」


 たぶん。


『上がります。〈剣技〉スキルに一定の熟練値が加算されます』


 上がるらしい。すげぇ温泉だな。


「さらに発育にもいいらしい」

「っ、発育……」


 発育という言葉にティラが喰い付いてきた。


「……なるほど。お湯に浸かるだけでそんな効果が……。つ、強くなれるというのなら入ってみてもいいかもしれませんね」

「ティラの胸も大きくなるかもな」

「あえて言うのを避けたんですから察してください!」


 俺、空気読むのが苦手なんだ。


『読めないのではなく、読まないだけでは?』


「パパ! フィリアもおおきくなれるー?」

「な、なれるなれる……」

「わーい!」


『なれません』と、ナビ子さんが俺の頭の中にだけ悲しい現実を伝えてくる。

 そうなんだよな……。フィリアは魔導人形だからこれ以上、成長しないんだよな……。

 恨むならロリコンだった製作者を恨んでくれ。


 やがて麓の町へと辿り着いた。温泉宿と思しき建物が数多く並んでいる。

 しかし俺はそれをあっさりと素通りする。


「む、どこに行くのだ? この先にはもう宿などなさそうだぞ?」

「ふっふっふ。これから俺たちが行くのは山の奥にある秘湯だ!」


 NABIKOをゴーレムタイプに変形させ、雪に覆われた深い山の中へと分け入っていく。


「秘湯!? なんかさらに凄そうだぞ!」


 今までの流れで秘湯って言うと確かに凄そうに聞こえるが、実際のところ効能的には大差ない。源泉が同じだもんな。

 なのになぜわざわざそんなところに行くかと言うと、もちろん、宿に泊まるお金を節約するため――ではない。



 混浴だからだ!



 自然にできた温泉なので、入浴する場所が一つしかないのだ。

 つまり必然的に男女が同じお湯に浸かるしかないのである!

 そうだよな、ナビ子さん?


『……その通りです。マスターがマスターである以上、訊ねられれば答えざるを得ないわたくしの苦しみを察してください』


 そうして俺たちがやってきたのは、落差二十メートルはあるだろう大きな滝だった。

 激しく飛沫が上がっているが、よく見るとそれが濛々とした湯気となって辺り一帯を真っ白に染めている。


「もしかしてこの滝そのものがお湯ですか?」

「その通り」


 これだけ大きな滝でありながら、それがすべて地熱によって暖められた温泉なのだ。

 その滝壺は、まさしく天然の露天風呂。

 ここが秘湯だった。


「すごいぞ! 思いっ切り泳げそうだ!」

「わーい!」

「温泉は全裸。素晴らしい」


 エレンが子供のように目を輝かせて服を脱ぎ始めた。それに釣られるように、フィリアとシロも服を脱ぎ出す。


「って、エレンさん! こんなところで脱がないでください!」

「ぬあっ……す、すまない、つい興奮して……」


 くそっ、もう少しでポロリするところだったのに!


「ちっ」

「カルナさん今、舌打ちしましたね!?」

「む。しかし待て。これだと温泉が一か所しかないぞ?」


 どうやらエレンが気づいたらしい。


「おおっとー。これは予想外だったなー。でも仕方ないかー。混浴なんて別に珍しいことじゃないしなー(棒)」

「カルナさんは百メートル以上離れた場所で待機していてください」







 女性陣が温泉に入っている中、俺は一人そこから百二十メートルくらい離れた位置に停めたNABIKOで待機していた。

 ……ここまでは計算通りだ。


「くっくっく……俺を誰だと思っている。チートスキルを百個持つ最凶の変態ことカルナ様だぞ!」

『マスター、自分で言わないでください』


〈千里眼〉スキルがあれば、彼女たちの裸など幾らでも見放題なのだ!

 だが、俺はあえてそれを使わない。


『……マスターにも人として最低限の倫理観があったのですね』


 なぜか。

 理由は単純。


「俺はあくまで混浴に拘るからだ!」

『……少しでもマスターを見直したわたくしが馬鹿でした』


〈千里眼〉越しの映像というのは、やはり肉眼には劣る。

 画面越しの全裸美少女と目の前の全裸美少女。

 どっちがいいかなんて、愚問だろう?


「俺はこの目で直接裸を見たい――――ッ!!!」


 という訳で、俺は変身魔法で姿を変えた。


 人間の女性の姿である。

 艶やかな黒髪に端正な小顔。ちゃんと胸は膨らんでいる。

 どこからどう見ても今の俺は美少女だった。


「どうかしら、ナビ子さん? うふん」


 口調も変えてみた。ちょっと色っぽくポーズを決めてみる。


『キモイです』


 ナビ子さん、ばっさり。


 だがこれなら同じ湯に浸かっても絶対にバレないはず!

 俺は早速、服を脱いだ。


「しかし身体まで完璧に女だな……すげぇ……」


 Dカップくらいの胸を思わず揉んでみる。おおお、柔らけぇ……。

 そして股間にアレは付いてない。今の俺は完全無欠な女の子。


「さあ、いざ逝かん! 楽園へ!」


 俺は乳を揺らしながら温泉へと走った。寒い!


「あら、先客がいらっしゃったみたいね。ご一緒させていただいても?」


 滝壺前までやってくると、俺はたまたま温泉に入りにきた一般人を演じて彼女たちに声をかける。


「もちろんだ」


 気持ち良さそうに湯船に肩まで浸かっていたエレンが、俺だと気づかずに返事を寄こす。

 今はまだ湯煙が多過ぎて身体が見えないが、近付いてじっくり拝ませてもらうことにしよう。

 と、湯船に浸かろうとした、そのとき。


「サンダーボルト」


 なぜかティラから雷撃が飛んできた。


「ぎゃあ!? な、何でいきなり攻撃してきた!? いえ、きたのですか!?」

「こんな秘湯に女性が一人でやってくるはずないでしょうッ!」


 し、しまったぁぁぁっ!

 そこは盲点だったぁぁぁっ!

 それはそうだ。魔物も出るような山の中だ。こんなところに普通、女性が一人で温泉に入りに来るなんてあり得ない。


「あと、そのイヤらしい顔がどう見てもカルナさんですッ! 女に化けていても分かりますからッ!」

「パパのえっちーときのかおしてるー」


 マジか! 俺、そんなエロい顔してやがったのか!


『はい。放送禁止レベルの顔をされています』

「ま、まさか変身魔法まで使えるのか……? 危うく騙されるところだったぞ! 油断も隙もない奴だな!」

「だが今の俺は中身はともかく外見は女! 外見が女ならばそれはもう女と言っても過言ではない! そして女同士ならば一緒に入っても何の問題もない!

「問題大ありですッ! 早く出て行ってくださいッ!」


 無理でした。


 混浴作戦その一、失敗。

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