第37話 黒輝竜逃走!

「ん、思い出した」

「っ、ようやく思い出しやがったか!?」


 それまでの苛立った様子からは一変し、黒輝竜の少女はパッと表情を輝かせる。


「よく勝負を挑んできたドラゴンがいた」

「そう! それがオレだ!」

「とても鬱陶しいやつ」

「えっ……オレ、鬱陶しがられてたのか……?」


 黒輝竜の少女が、がーん、という様子で顔色を青くした。

 こいつ、実はシロのことが好きなんじゃないか。


「今のところわたしの全勝中。いつも負けると泣きながら逃げてく」

「な、泣いてなんかねぇし! ぜ、全敗中なのは確かだけどよっ……だが、ここから挽回していくんだよ!」


 どうやらシロに一方的に絡んでいたらしい。

 何となく二人の関係性が見えてきたな。黒輝竜の方はシロのことをライバル視して何度も戦いを挑んでいたようだが、シロの方は彼女を意識すらしていなかったようだ。……覚えていないくらいだもんな。


「つーかテメェ、オレとの勝負をすっぽかしやがっただろ! オレが待ち合わせ場所でどれだけ待ち続けたと思ってんだよ!?」

「どれだけ?」

「二年だよ、二年! ず~~~っと待ってんのに全っ然テメェが来ねぇから、二度目の冬が来たじゃねぇかよっ!」


 二年も待ったのか……。

 この黒輝竜、やっぱりシロのこと好き過ぎるだろ。


「ん。悪かった。謝る」

「え? そ、そうか? ま、まぁ、そんなにテメェが必死に謝ってくるなら、仕方ねぇから許してやってもいいけどよ……」

「約束は覚えてない」

「覚えてねぇのかよっ!? テメェが忘れちゃいけねぇと思って、リマインド果たし状まで送ったのによッ!」


 リマインド果たし状なんて言葉、初めて聞いたな。

 リマインドメールの果たし状版だろうけど、そんな文化がドラゴンにもあるのか……。


「しかも一週間前、三日前、一日前と、計三回も!」


 このドラゴンがマメ過ぎる。

 ていうか、そんなに頻繁に送られてきたら怖いわ。


「手紙は数か月に一度しか確認しない主義」


 このドラゴンはテキトウ過ぎる。

 その頻度は日本だったら「死んでるんじゃないか?」とガチで心配されるレベルだろ。


「とにかく! 今日こそあのとき果たせなかった決闘をするぜ! さあ早く表に出やがれ!」

「嫌。寒い」

「オレだって寒いっての!」

「ん。じゃあ一緒にここで寛げばいい」

「え? そうだな……ここはとても暖けぇし、のんびり過ごすには最適――――って、違ぁぁぁう! オレはテメェと馴れ合いに来たんじゃねぇの! 果し合いに来たんだよ!」


 黒輝竜の少女は迷いを振り切るように首を振ると、覚悟を決めてNABIKOから外へと飛び出した。


「寒っ! ……さあ、勝負だ! って、何でその気持ちよさそうな椅子の上で猫みたいに丸くなってんだよおおおっ! 出て来やがれよおおおっ!」

「これはソファと言う。至高の寝床」

「寝るんじゃねぇぇぇっ!」


 何だろうか、このコントは。


「ん。そもそも竜王になる気はない」

「はっ?」

「そんな資格も無い。今は飼われている身」

「か、飼われてる……?」


 シロが俺を指差して言った。


「わたしは彼のペット」


 黒輝竜の少女は目を大きく見開く。


「こ、この人間の、ペット……?」

「どうも、俺が飼い主です」

「う、嘘だろ!? テメェは神竜だろうが! 神竜が人間ごときのペットになる訳ないだろ! テメェがこいつらを飼ってるんじゃねぇのかよ!?」


 今までそういう認識だったのか。


「残念だが、逆だ。シロは俺がペットにした」

「しかも名付けまでしてやがる!? ま、まさか……あんなことや、こんなことまで……」

「シロはいつも俺の命令に忠実だぜ?」


 嘘は言ってない。


 黒輝竜の少女はわなわなと全身を震えさせ、キッと鋭い目で俺を睨んでくる。


「よ、よくも! よくもそいつを穢してくれたな! この鬼畜! 変態! しかも他の女まで侍らせてやがるじゃねぇか!」

「そうだ、全員俺の女だ。ふっふっふ、これこそがすべての男の夢、ハーレム! ――いでっ」


 ぼこっ、と背後から二つの衝撃。


「いつ私がカルナさんの女になったんですか?」

「勝手に貴様の女にするな!」


 あれー、おかしいなー? なんで俺、ティラとエレンから殴られたんだろうなー? こんなに愛しているのに。


「許さねぇ! 絶対に許さねぇぞ!」


 少女は人の姿から再びドラゴンへと変貌した。


『まずはテメェから相手をしてやる! オレが勝ったらそいつを返してもらうぜ!』







 そして三十秒後。


『ひいいいっ。ごめんなさいごめんなさい、オレの負けですッ! だからもう許してくれぇぇぇっ!』


 あんなに威勢よく挑んできた黒輝竜だったが、俺にボコられて今は情けない声で鳴いていた。

 ステータスを鑑定した時点で分かってはいたけど、シロよりも弱いな。全敗する訳だ。


「よし、お前も俺のペットにしよう」


 雪の上でぐったりとしている黒輝竜に乗っかり、俺は宣言する。


『そ、それだけはやめてくれ! オレは将来、すべてのドラゴンの頂点に立つべき存在! 人間なんかに飼い慣らされるなんて、あってはならねぇんだよ!』

「わーい、あたらしいぺっとーっ! パパしゅごーい!」

「そうだぞー、パパはすごいぞー」

『話を聞けよ!? あと子供! オレの鱗をぺしぺし叩くんじゃねぇ! しかも結構痛いんだが!?』


 俺の下で何やら喚いている黒輝竜を無視し、フィリアは天真爛漫な顔で訊いてくる。


「パパ! なんてなまえつけるの?」

「そうだな……」

『しかも勝手に名前を付けようとすんじゃねぇ!』

「決めた。お前の名前はクロだ」

『だから勝手に名付けるなって言ってんだろうがぁぁぁっ!!』


 黒輝竜が暴れ出す。


「ちょっと大人しくしてろ」


 俺は硬い鱗を殴った。黒輝竜が『ぎゃあ!?』と叫んで大人しくなる。

 人間の女の子の姿をしているとさすがに抵抗があるが、ドラゴンの姿だったら別に心は痛まないな。


『うぅ……あり得ねぇ……何でたかが人間の拳がこんなに痛いんだよ……。オレたち黒輝竜の鱗はアダマンタイト級の堅さがあるって言われてんのに……』


 涙目で呻く伝説のドラゴン。


「カルナさん。可哀想ですし、それくらいにしてあげてください」

「そうだぞ。神竜とは言え、まだ子供ではないか」

『くぅぅぅっ、人間ごときに憐れまれるなんてっ……なんという屈辱……っ!』


 ティラとエレンに同情されて、黒輝竜はかえって悔しそうにしている。

 直後、人間の少女の姿へと変わった。

 お陰で俺が女の子の上に乗っかっているような形になってしまう。傍から見たら通報ものだ。


「くはははっ! 女を男が組み伏せているこの状態! さすがに退かざるを得ねぇだろ!」


 黒輝竜が、どうだ! とばかりに勝ち誇る。


「お、柔らかいのにしっかり引き締まってるなぁ」

「ちょ、なに触ってんだよ!?」

「お尻」


 人間の姿だったら殴れないけど、触れるぜ。へっへっへ。


「場所を聞いてるんじゃねぇ! お願いだから早く退いてくれ! テメェこのままだと変態扱いされるぜ! ほら、お仲間が白い目で見てるぞ!」

「はははっ、残念だったな! 俺はすでに自他ともに認める変態だ! 今さらそんなことを気にするとでも思ったか!」

「ぎゃああああっ! 誰か助けてくれえええええっ!」


 しばし黒輝竜は喚きながらジタバタと暴れていたが、不意に大人しくなった。

 そして瞳から雫が零れ落ちるのが見える。

 こいつ、ガチ泣きしてやがる……?


「ぐすんぐすん……」


 少女の姿で泣かれるとさすがに少し罪悪感を覚えるな。

 ……ちょっとイジメ過ぎたかもしれない。

 俺はベソをかいている黒輝竜を解放してやった。


「ぐすん……なんちゃって! くはははっ、引っ掛かったなァっ! 女は自由に涙を流せる生き物なんだよ! 次は絶対にギャフンと言わせてやるから、首を洗って待ってやがれ! バーカバーカバーカ!」


 するとそんな捨て台詞を残し、黒輝竜はドラゴンの姿へと戻って空へと飛び上がっていった。

 ただの嘘泣きかよ。


「テレポート」

『ぎゃふん!?』


 なので転移魔法で先回りし、叩き落としてみた。


『今のは普通に逃がすべきシーンだろ……ほんと何なんだよ、こいつは……もうヤダ……』

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