幻の温泉編
第36話 黒輝竜襲来!
エクバーナを脱出した俺たちは、再びNABIKOで移動していた。
まったく舗装されていない凸凹の大地を進んでいるはずだというのに、まったく揺れを感じない。時空魔法を応用することによって、内部の居住空間を空間的に固定しているのである。
俺はリビングのソファでまったりと寛いでいた。
この超高性能のゴーレム兼キャンピングカーは、自動で目的地まで連れて行ってくれるのだ。特に何もすることがないので、本を読んでいるティラの横顔をじぃっと眺めてみる。
「さ、さっきから何じろじろ見てるんですか」
「視姦」
「サンダーボルト」
「ぎゃあ! ……じょ、冗談だって! ただ何となく見てただけだから!」
読書しているエルフって、何だかとてもカッコいいよね!
「……気になるからやめてください」
禁止令が出たので、俺は仕方なくリビングの端っこで筋トレをしているエレンの乳へと視線を転じた。
「こっちも見るなっ!」
「俺は一体どこを見てろと?」
『そのイヤらしい視線そのものが問題かと』
それにしてもエクバーナでは酷い目にあったな……。
美獣人以外をもふるなんて正直ごめんだ。しかしある意味、マッサージ作戦が上手くいき過ぎたと言うべきかもしれない。
「ところで次はどこに行くつもりですか?」
俺が嫌なことを思い出して嘆息していると、本を読んでいたティラが顔を上げて訊いてきた。
「ガロナ火山だ」
「火山、ですか?」
ティラが小首を傾げる。
ガロナ火山というのは、エクバーナの北方にある活火山だった。
『最後に噴火したのは今から百年ほど前のことで、山の麓には幾つかの集落があります』
もちろん火山を見に行くわけではない。
近くに火山があるということはすなわち、あれが湧くということだ。……ふっふっふ。
「だがこの時期はかなり寒くて、深い雪に覆われているはずだぞ」
「ゆきってなーに? おいしいの?」
フィリアが興味津々で聞いてくる。
残念ながら雪は食べ物じゃない。
「ん。雪は食べられる。しゃりしゃりしてる」
どうやらシロは雪を食べるようだ。
「しゅごーい!」
「シロ、フィリアちゃんに変なこと教えないでください。普通、雪は食べませんから」
「なにっ? ティラは食べないのか? 結構、美味しいのだぞ。あたしは毎年、冬になると積もった雪でかき氷を作っていた」
「エレンさん、本当に王族ですか!?」
この世界なら大気汚染とかないし、食べても問題なさそうだけどな。
「フィリアちゃん、雪が積もると地面が真っ白に染まるんですよ」
「みたいみたい!」
『窓の外をご覧ください。その雪が降っています』
ナビ子さんに言われて窓の外に目を向けてみると、確かにちらちらと空から白いものが降って来ていた。まだ積もってはいないが。
「ゆきー?」
「そうです、あれが雪です」
ちなみに外は零度近い気温だろうが、NABIKOの中はちょうどいい温度にずっと保たれている。魔力を熱に変換して温めているからだ。
「しゅごーい! パパ! さわってみたい!」
というフィリアの無邪気な希望で、俺たちはいったんNABIKOを停止させると、外に出てみた。
「さ、寒いなっ」
エレンがぶるぶるっと身体を震わせる。乳も一緒に揺れる。
「そんな大きな乳袋があるのに、寒いのが苦手なのか」
「さ、寒いものは寒いのだっ!」
「なのにティラは平気そうだな」
「何でそこで私の胸を見てくるんですか? 普通に寒さに慣れているだけです」
「つめたーい! しゅごーい!」
フィリアは薄らと雪化粧された大地を駆け回ったり、ジャンプして落ちてくる雪を捕まえたり、大はしゃぎだ。
「ん、冷たい。味はない」
シロは舌を出して、落ちてくる雪を受け止めていた。
それからNABIKOに戻ってさらに北へと進んでいると、だんだん雪の量が増えてくる。地面は薄らと雪化粧され始め、辺りは銀色の世界に。
「何だかシロみたいですね」
白輝竜であるシロは白髪だし、透き通るような白い肌をしている。外の銀世界に交じると、きっと周りの景色に完全に溶け込んでしまうだろう。
そのときふと、窓の外から見える真っ白い空間に黒い異物を見た。
何だろうか、あれは?
雪に埋め尽くされた空から、こちらに向かって何かが飛んでくる。
鳥だろうか。
それにしてはデカい気がする。
『マスター、空から敵性個体が近づいてきます。それもかなり強力です』
ナビ子さんの声が車内に響いた。
その黒い物体はどんどん大きくなって、ついにはNABIKOのすぐ目の前までやってきた。激突寸前で停止すると、その風圧だけで車体が大きく傾いだ。中にいるとまったく振動を感じなかったが。
「ドラゴンじゃねーか」
NABIKOの目の前には、黒光りする鱗で覆われたドラゴンが浮遊していた。
黒輝竜A
種族:黒輝竜
レベル:61
スキル:〈咆哮〉〈竜気〉〈限界突破〉
『白輝竜に並ぶ神竜の一種です』
また神竜か。
しかし滅多に現れないはずの神竜に、こんなに頻繁に出会うことなどあり得ない。
もしかしたらシロの知っているやつだろうか。
「シロ、知り合いか?」
「ん、違う。黒輝竜に知り合いはいない」
違うらしい。
だがNABIKOの外から、竜語による怒鳴り声が聞こえてきた。
『テメェが中にいるのは分かってんだよ! 出て来やがれ!』
「……やっぱり知り合いじゃないか」
「?」
シロは小首を傾げつつ、窓の方へと近付いてくる。
外にいる黒輝竜を見て、
「知らない」
やはり見覚えがないらしい。
『ちょ、知らないってどういうことだよ!? オレだよ、オレ! ドラゴンの里でよくテメェに勝負を挑んでただろうが!』
幼竜は名前がないためオレオレ詐欺みたいになっているが、相手としては明らかにシロと面識がある感じだ。……たぶん、シロが忘れちゃってるんだろうなぁ。
「……?」
『何で覚えてねぇんだよっ!?』
「興味のないものは覚えない主義」
『酷ぇ!? ていうか、オレがわざわざ出向いてやったんだ! とっとと出て来やがれよ!』
「寒いから嫌」
『オレだって寒いんだよォッ!』
どうやらドラゴンも寒いらしい。
『出て来い!』
「嫌」
『だったらこっちから中に入ってやるぜ!』
それでもシロが出て来ないと知るや、黒輝竜は人間へとその姿を変えた。どうやら人化できるらしい。
「って、どうやって中に入るんだよ!? 入れろコラ!」
人語で怒鳴り、どんどんと車体を叩いてくる。
『マスター、どうしますか?』
「ドアを開けてやってくれ」
ナビ子さんがドアを開けると、褐色の肌をした少女が中に飛び込んできた。
「ううううっ、寒ぃぃぃっ!」
その乱暴な口調通り、目付きが鋭くて随分と気の強そうな少女だ。……今は鼻水を垂らしているが。
見た目の年齢はシロと同じくらいだが、もう少し背が高い。髪は黒く、片側だけ逆立てながら後方に流していた。
そして――
「全裸じゃない、だと……?」
俺は愕然と呻いた。
期待を裏切って少女は服を身に纏っていたのだ。ちなみにセーラー服(黒)っぽいやつ。なんか一昔前の不良少女――スケバンみたいだな。
「まさか、人化の際に服を作り出すことができるというのか……?」
「あ、当たり前だろ! 人化して裸のままだったら恥ずかしいだろうが!」
ドラゴンにも人間と同じ感覚があるらしい。
「シロは全裸だぞ?」
「そいつが異常なんだよ!」
「違う。全裸は由緒正しきドラゴンの伝統」
「もう何百年も昔のことだろうが!」
シロの価値観がおかしいようだ。
それにしてもこの二人、一体どんな関係なんだ?
『白輝竜と黒輝竜はその相反する見た目通り、犬猿の仲であると言われています』
仲が悪いのか。確かに見た感じ、シロはともかくとして、この黒輝竜の少女の方はさっきから敵意を隠そうともしていない。
「テメェには絶対に負けるわけにはいかねぇんだよ! なぜならオレは、いずれ全てのドラゴンの頂点に立つべき存在だからな!」
黒輝竜の少女は腰に手を当てると、そう力強く宣言して、
「なのに何で覚えてねぇんだよォォォ――――ッ!?」
今度は涙目で叫んだ。
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