第35話 ようこそ、カルナ式マッサージ店へ

「ああ、もふりたかったなぁ……」


 俺は喫茶店を溜息交じりに後にした。

 結局、少女のウサ耳をもふることはできなかったのだ。


「仕方がない。代わりにティラの耳を」

「やめてください。ていうか、私の耳はもふもふしてません」

「じゃあ、エレンの乳をもふる」

「じゃあって何だ!? あたしの胸はそんな安いものではないぞ!」


 二人からあっさりと拒絶されてしまう。

 俺はがっくりと肩を落として、


「あーあ、好きなだけ獣耳をもふれる方法がないものかな……」


 と、そのときだった。

 俺の目端をとあるお店の看板が過った。


〈熊式マッサージ〉


 どうやら熊の獣人である熊人族がやっているマッサージ店らしい。


「ウアアアアアアアッ!!!」

「ギヤァァァァァァッ!!!」


「中から絶叫が聞こえてくるんですけど……」

『熊人族は怪力の持ち主が多く、それを活かしたものが熊式マッサージです』


 客が思わず泣き叫んでしまうほどぐりぐりやるそうだ。しかしその痛さが病み付きになる獣人もいるようで、かなり流行っているという。


「はっ、俺に言わせれば痛いマッサージなんて邪道だ。適度な強さで優しく揉んでこそ……」


 その瞬間、俺の頭に天啓が降りてきた。


「……それだ!」






〈世界最高のマッサージ師が、たったひと揉みであなたを天国へと誘う……〉


「……何ですか、この怪しげな謳い文句は?」


 看板に書かれた文字を読んで、ティラが胡散臭そうな顔で俺を見てくる。


「カルナ式マッサージだ」

「いつから流派を名乗れるほどのマッサージ師になったんですか……」

「ふっふっふ……マッサージと称して獣耳をもふりまくる! 我ながら最高のアイデアだな!」

「貴様、動機が不純過ぎるぞ……」

「わざわざこんなところに店まで構えて……」


 エレンとティラが半眼になっているが、気にしない。


 そう。

 俺はこの国にマッサージ店を開店したのだ!


「そもそも客が来るんですか? こんな路地裏に」


 ティラが言う通り、生憎、お店は目抜き通りから少し奥に入った路地にあった。人通りなどまったくない場所だ。


「心配は要らない。道行く女の子たちに金を握らせて口コミを広げてもらったからな!」

「しっかり宣伝してました!?」

「『私もカルナ式マッサージでこんなに綺麗になったのよ』って」

「完全に嘘じゃないですか!」

「何より『リリアナ女王御用達』という宣伝文句が効果的だった」

「何で勝手に使ってるんですか! 怒られますよ!?」


 実際に俺のマッサージを受けたのだから、完全な嘘という訳ではない。


 そのとき店のドアが開いた。


「あの……ここでカルナ式? とかいうマッサージを受けられるって聞いたんですけど……」


 キターーーーーっ!!


 第一来店者である。

 しかも立派な犬耳の美少女だ。

 年齢は十七、八といったところか。

 彼女はどこか不安げに狭い店内を見渡しながら、恐る恐る訊いてくる。


「本当にここに女王陛下がいらっしゃったんですか……?」

「もちろん!」


 嘘です!


「「……」」


 ティラやエレンがジト目で睨んでくるが、気にしない気にしない。


「じゃあ、そこのベッドでうつ伏せに寝てもらえるかな。あ、上半身は脱いでね」

「は、はい」


 マッサージだから脱ぐのは当然だよね!


 少女はおっかなびっくり上半身裸になると、こちらに背を向ける形でベッドに横になった。


「では、マッサージを始めよう」


 もちろんエッチなやつじゃないぞ。

 俺は普通にマッサージをした。いや、普通と言っても、器用値がリミットブレイクしている俺がやれば、それはもはや世界最高レベルのマッサージだ。まさしく|神の手(ゴッドハンド)。


「あっ……んんっ……」


 少女の唇から艶めかしい吐息が漏れる。


「はぅぅ……す、すごいっ……噂通りですぅ……」

「俺のマッサージを受ければ、誰しも例外なく綺麗で健康になれる」


 実はマッサージをするだけでなく、同時に回復魔法をかけていた。これで体調不良や病気までもがバッチリ治る。


「耳の方もマッサージするからね」

「え? あ、はい」


 ふっふっふ、思った通りだ!

 獣人にとって、耳はとても繊細な場所。そう簡単には他人に触らせることはないが、この流れなら自然にイケる! もふれる!


「もふもふ」

「はぁっ」

「もふもふ」

「んぁっ」

「尻尾も行こうか」

「えっ? ひゃ!?」

「もふもふ」

「ひぅぅぅぁっ」

「もふもふ」

「ふぁぁぁんっ」


 こうして俺は合法的に少女をもふもふしまくった。


 マッサージが終わると、少女は息を荒くして汗びっしょりになっていた。

 しかしとても満足してもらえたようで、


「す、すごく良かったです……ま、またぜひ来ます!」


 少女はそう言って店を後にしたのだった。


「……なんか、釈然としないんですけど……」

「ふっふっふ、動機はエロくてもマッサージ自体は本気でやったからな!」


 そして――


 その後も噂が噂を呼び、次々と獣人たちが俺の店にマッサージを受けにやってくるようになった。


「私もマッサージしてください!」

「あたしも綺麗になりたい!」

「かさかさ肌が治るって本当ですか!?」


 今日もまた開店と同時に、噂を聞きつけた若い女の子たちが我先にと店内に入ってくる。

 店舗前には長い行列までできていた。


「俺はもふもふできて、女の子たちは美しく健康になれる! こんな素晴らしいことがあるだろうか! はっはっはっはっは!」


 この大成功っぷりに、俺は高らかに笑う。


「パパ、しゅごーい!」

「ん、カルナのもふもふは気持ちいい」

「……まさかこんなに人気が出るとは思いませんでした」


 時には女王リリアナがお忍びでやってくることもあった。

 噂は王宮まで轟いているらしい。嘘が真になったよ。


「べ、別に、お主のもふもふが気持ち良かった訳じゃないんじゃからのっ!」


 さらに宰相のセリーヌまでもが来店してくれた。


「お、店を開いたと聞きましたので、先日のお礼も兼ねてと……」


 ふっふっふ、どうやらあの一回だけで二人とも俺の神の手の虜になったようだな。

 リピーター率も高いし、今後ますます繁盛していくことだろう。


 ――このときの俺はまだ気づいていなかったのだ。

 大成功かと思われたこのもふもふ作戦に、大いなる欠陥があったということに。







「あたしもマッサージしてほしいの」


 小さな店舗に大きな身体で入ってきてそう言ったのは、象だった。

 正確には象の獣人。

 しかもオバハンである。


「最近、やたらと肩がこっちまってね。あんたのマッサージなら簡単に治せるんでしょ?」


 その全身は分厚い皮膚に覆われていて。


 ぜんっぜん、もふもふしてねぇぇぇぇぇっ!


 さらには虎人族のおっさんが来店して。


「俺もマッサージしてくれ。連日の土木仕事で筋肉疲労が酷くてよぉ」


 野郎はお呼びじゃねぇぇぇぇぇっ!


 挙句の果てには針鼠の獣人が現れて。


「ぜひ僕の身体をマッサージしてくれ!」


 手に刺さって痛いだろうがぁぁぁぁぁぁっ!


 そう。

 最初は若い女の子を中心だったはずの口コミが、おばさんや男、あるいは、もふれないタイプの獣人たちにまで広がってしまったのである。


「ちょっと待て! 美少女以外の来店は禁止! 毛の生えてない獣人も禁止!」


 俺は懸命にそう訴えたのだが、獣人たちはまるで納得してくれなかった。


「男女差別だ!」

「獣種差別をするな!」

「わしゃ、リウマチが酷くてのう……」

「ハゲも治るって聞いたんだ! お願いだ! これ以上、前髪が後退したらっ……」

「おいらのアソコを……ドゥフフ……」


 おい変態まで交じってるぞ!?

 挙句の果てには、半ば暴徒と化した獣人たちに追い駆け回される羽目に。


「もう嫌だぁぁぁっ!!」


 俺は獣人の国を逃げ出したのだった。

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