第34話 兎追ひし

 エクバーナには色んな種類の獣人が暮らしている。


 獣人というのは人間と獣を融合させた姿をしている亜人のことだが、その割合は種族によって違う。


 例えば、見た目はほぼ人間で、獣耳と尻尾が生えている程度の獣人。女王のリリアナや宰相のセリーヌなんかはこのタイプだな。

 リリアナは狐の獣人で、セリーヌは虎の獣人だった。


 中にはケンタウロスのような、身体の半分が獣という獣人もいる。

 また、普段は人間と変わらない姿をしているが、変身することで獣の姿となる人狼族(ウェアウルフ)のような獣人もいるようだ。


 一方で、獣の割合の高いものは魔物として扱われることが多い。例えば、オークとかミノタウロスなんかがそうだ。

 また人間の割合が高くても、知能が低くて狂暴なものは魔物とされるらしい。ラミアとか、ハーピーとかだな。


『数が多い獣人と言えば、やはり猫人族と犬人族でしょう』

「ちなみに、もふもふのし甲斐がある獣人は?」

『……兎人族などでしょうか』


 兎!

 いるのか、ウサ耳の獣人が!


『数は少ないですが、この国にもいるはずです』

「よし、今からウサ耳をもふりに行こう」


 方針が決定した。

 道行く獣人たちの中から特徴的なウサ耳を見つけ出そうと、俺は意識を集中させる。


「げへへ……可愛い可愛いウサ耳っ子はいねぇかぁ……?」

「不審者にしか見えないのでやめてくださいッ!」

「あたし、他人のフリをしてもいいだろうか……」


 まったく世知辛い世の中だぜ。ちょっと目を血眼にして鼻息を荒くして、女の子たちをガン見しているだけで不審者扱いされるとは。


「フィリアもウサ耳もふりたいよな?」

「もふもふしたーい!」


 と、そこで俺はあるものを発見してしまう。


・喫茶店ラビットホーム


『どうやら兎人族がやっている喫茶店のようですね』

「合法的にウサ耳をもふれる場所キターッ!」


 何という絶好のタイミングか。

 これはきっと、俺にウサ耳を好きなだけもふもふしなさいという神様の思し召しに違いない!


『単に〈幸運・極〉スキルのお陰かと。それと喫茶店はウサ耳をもふるための場所ではありません』


 俺は意気揚々と、その喫茶店へと飛び込んだ。


「いらっしゃい」

「ウサ耳もふもふ一杯!」


 早速、もふもふを注文する俺。

 だがカウンターの奥にいたのは、


「ふっ、もふもふか……久しぶりだな、その注文を受けたのは。いいだろう。しかし私のウサ耳は決して安くない。ひと揉み銀貨一枚だ」


 兎人族は兎人族でも、ダンディなおっちゃんだった。


「やっぱなし! 普通にコーヒーくれ!」


 俺は慌てて注文を取り消した。

 くっ……俺としたことが痛恨のミスだ! バニーガールのイメージのせいで勝手に兎人族は女の子ばかりと思っていたが、そりゃ男もいるだろうに。


 しかし四十がらみのバーテンダーっぽい服を着たおっさんが頭にウサ耳を生やしているとか、もはや違和感の塊だな……。


「店主」

「なんだい?」

「他に店員はいないのか?」

「生憎、今は私一人だ」


 何で一人なんだよ! 兎は寂しいと死んでしまう生き物じゃなかったのか!

 仕方なく俺はカウンター席に座って、涙ながらにコーヒーを啜った。苦いけど美味しい。


「何で泣いてるんですか……」


 ティラが呆れ顔で隣の席に腰掛ける。


「ブレンドコーヒーを一杯。ブラックで」

「何っ? 貴様、ブラックを飲めるのか!?」

「ん。当然」

「も、もちろん、あたしも飲めるけどな! ま、店主っ、あたしもブラックで!」


 シロがブラックで注文し、エレンも強がってそれに倣う。


「フィリアはね、それをもふもふしたい!」

「お嬢ちゃん、私のウサ耳に注目するとはなかなかやるな」


 店主は頭を下げ、ウサ耳をフィリアの前に差し出した。

 フィリアは手を伸ばし、店主のウサ耳をもふり始める。


「ふおおおおっ。しゅごーい! しゅごいもふもふ!」


 目を輝かせるフィリア。


「そ、そんなにもふもふなのか……?」

「しゅごい!」


 店主のウサ耳はフィリアの小さな指が隠れてしまうほどに毛量が多く、しかも質感がふわふわとしている。気持ちいいはずだ。

 ごくり、と思わず唾液を嚥下してしまう。


 俺は葛藤した。

 もふもふしてみたい。

 だが相手はおっさんである。

 おっさんの耳を揉むなど、俺にとっては屈辱と言っても過言ではない敗北。

 もふる相手は、可愛い女の子でなければならないのだ!


『マスター、わたくしには理解不可能なこだわりです』


 だが目の前で嬉しそうにもふもふしているフィリアを見ていると、耐え難いもふもふへの欲求が湧き上がってくる。


「ぐぅっ……もふりたくないっ……もふりたくないのにぃぃぃっ!!!」


 意志に反し、俺の腕がおっさんのウサ耳へと伸びていく。

 懸命に堪えようとするも、抗うことができない。


 そのときだった。


「ただいまー」


 ドアが開いて、一人の少女が店内に入ってきた。

 年齢は恐らく十代後半。

 少し日焼けしていて、快活な印象のある美少女だ。

 頭には立派なウサ耳があった。


「あ、お客さん。いらっしゃいませー」


 買い出しにでも行っていたのか、彼女は食材の入った袋を手に挨拶をしてくる。


「はい、お父さん。頼まれていたやつ」

「あ、ありがとう……」


 娘がいたらしい。

 俺と店主の視線が合う。


「店主」

「な、なんだい……?」


 俺はにっこりと微笑んだ。


「娘がいたんだな?」

「あ、ああ……」


 店主はだらだらと額から汗を流し出した。

 次の瞬間、店主が叫んだ。


「レーナ、逃げなさい!」

「えっ?」

「早く!」

「う、うん!」


 ウサ耳美少女が訳も分からず走り出す。


「ふはははっ! 逃がすかぁぁぁっ!」


 俺は高笑いとともに後を追った。




    ◇ ◇ ◇




 あたしの名はレーナ。

 ここエクバーナで、お父さんと一緒に小さな喫茶店を営む兎人族だ。

 つい昨日まで他国が攻めてきたとかで街中がぴりぴりしていたけれど、兵隊さんたちがやっつけてくれたらしい。お陰で今日からまた、いつも通りに営業を再開することができる。

 と、思っていたんだけれど……。


「な、何なの一体!?」


 買い出しを終えて店に戻るなり、お父さんから逃げろと言われたのだ。

 訳も分からないまま、あたしは言われた通りに店を飛び出す。

 直後、あたしを追い駆けて人間族の男が店から出てくる。


「ウサ耳もふもふウサ耳もふもふウサ耳もふもふウサ耳もふもふッ!!」


 あれはヤバい!

 あたしはそう直感した。だって目が完全にイっちゃってるし……。

 お父さんが逃げろと言ったのは、きっとあいつのせいだ。


 けれどあたしは兎人族。獣人の中でも、足が速いことで知られている種族だ。しかもあたしは、毎年エクバーナで開催されている短距離走選手権で、二年連続で上位入賞しているほど足に自信がある。

 あっという間に引き離して――


「って、速い!?」


 あたしは後ろを振り返り、驚愕した。

 あの人間族の男は、あたしのペースに付いてきているのだ。いや、それどころか徐々に距離が詰まってきている!?


「うーさーぎーおーいしー♪」


 しかも鼻歌混じりで超余裕なんですけど!?


「くっ……」


 あたしはごちゃごちゃとした路地裏へと飛び込んだ。あたしは身のこなしにも自信がある。ほとんど迷路と化しているここなら、相手を見失いやすいし、あいつを撒くことができるはずだ。


 そしてあたしは路地から飛び出す。適当に路地を走ったため、意外と喫茶店から近い場所だったけれど、この方が相手にとっても予想外かもしれない。

 これであいつは一人、延々と路地の迷路であたしを探し続ける羽目に――


「無駄だよぉ、小兎ちゃあああん」

「って、何で先回りされてんの!?」


 あろうことか、そいつはまるであたしの行動を予測していたかのように、飛び出した先で待ち構えていたのだ。

 あたしは観念して足を止め、がっくりと項垂れた。


「……大丈夫……すぐに気持ちよくなるからね……げへへ……」


 男が鼻息と呼気を荒くしながら近づいてくる。

 ああ、あたしの貞操もこれまでか……


「何やってるんですか――――ッ!!」


 そのとき女性の叫び声とともに、男の頭に激しい雷が落ちた。

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