第33話 鎮まれ、オレの右腕! → 本当に鎮めてみた

「貴様は何者だ?」


 帝国軍を率いていた将軍・セルゲートが鋭い眼光で誰何してくる。


「俺はカルナ。ワケあってエクバーナ軍に加勢させてもらってるぜ」

「……これは貴様の仕業か?」

「まぁな」

「まさか、こんなところにも化け物がいたとは……」


 こんなところにも?


「だが我々に負けは許されぬ! 行くぞ、バイルド!」


 バイルドというのは、彼が乗っているドラゴンの名前らしい。同じ中位のドラゴンではあるものの一回り体格が良く、鑑定してみるとステータスも高かった。レベルは50を超えている。

 しかしセルゲートの命令を受けても、バイルドは動かなかった。


「どうした?」

「しょ、将軍! 我々の竜たちもっ……」


 バイルドだけでなく、他のドラゴンたちまで勝手に後ずさっている。


「ん」

「シロか」


 同じドラゴンだからか、どうやら神竜であるシロに怯えているようだ。


「なんだあのドラゴンは!?」

「もしかしてこのドラゴンのせいで……?」


 さすがは竜騎士だけあって、シロがそこらのドラゴンとは格が違う存在であることに気づいたようだ。


「……ならば!」


 セルゲートはバイルドが使えないと見て、その背中を蹴って単身で攻めかかってきた。

 竜騎士の一人が叫ぶ。


「将軍は槍の名手! たとえドラゴンに騎乗していなくても、たかが敵兵一人に後れを取るはずがない!」

「しかもあいつ、素手で将軍と戦うつもりだぞ!」

「はははっ! 四将を相手に愚かな男だな!」


 分かりやすい負けフラグをありがとう。


「よっと」

「っ!」


 空中から繰り出してきた刺突を半身で躱すと、俺は槍の柄を掴んで力任せにセルゲートを地面に叩きつけてやった。


「将軍っ!?」

「くっ……」


 セルゲートはすぐさま立ち上がって槍を振るってくるが、俺は完璧に見切ってひょいひょいと避けていく。


「こ、これならばどうだッ!」


 セルゲートが手にした槍が闘気を纏い、同時に超高速で回転し始めた。


「おおおおっ! 〝閃滅突〟ッ!!」

「でたぞっ! 将軍の必殺技!」

「五十センチもの鉄板すらも貫くことができる最強の刺突だ!」

「あれをまともに喰らったらミンチになるぞ!」


 俺は右拳に闘気を集束させ、


「どっせい」


 迫りくる槍の穂先をぶん殴った。

 凄まじい激突音が轟き、闘気と闘気が鍔迫り合う。

 しかしそれも一瞬。すぐに俺の拳が槍を粉砕した。


「「「素手で将軍の必殺技を撃ち破ったぁぁぁっ!?」」」


 竜騎士たちが驚愕の声を上げる。

 俺の闘気は相手の槍を破壊するに飽き足らず、セルゲートを吹き飛ばす。

 愛竜のバイルドに激突したが、なお勢いは収まらずに一緒に数メートルほど地面を転がった。


「いって。ちょっと拳の皮がめくれた」

「「「皮がめくれただけ!?」」」


 竜騎士たちが一斉にツッコんでくる。


「貴様……出鱈目にもほどがある……」


 セルゲートは全身ボロボロになりながらもどうにか立ち上がっていた。

 そして悲愴な覚悟を決めた目で、


「こうなったら、この右腕の封印を解くしかないか……」


 そう言って、右腕の籠手を外す。

 彼の右腕は無数の呪文が書き込まれた包帯で覆われていた。封印を施してあるのだろう。


「将軍!?」

「正気ですか!」

「その力を使ったら今度こそ将軍は……っ!」


 竜騎士たちが口々に悲鳴を上げた。

 だがセルゲートは包帯を解いていく。そして露わになったのは、とても人間の腕とは思えない、禍々しい腕だった。


「かつてオレは大規模な部隊を率い、悪魔を討伐したことがある。だがその際、右腕に悪魔の血を浴び、呪いをかけられてしまったのだ」


 セルゲートは額に汗を掻きながら、必死に何かを堪えるような顔で言う。

 説明どうもありがとう。


『彼が言っていることは間違いないようです。あの右腕は確かに悪魔のそれ。恐るべき力を秘めています』



・悪魔の右腕:上級悪魔の呪いにより、悪魔化しつつある右腕。いずれ宿主の意識を乗っ取り、悪魔が復活する。攻撃力+724



 鑑定してみると、かなり厄介な代物のようだった。

 急にセルゲートが苦しみ始める。


「あ、アアアアアッ!」

「将軍っ!」


 悪魔の右腕が振るわれる。

 ただ地面に向かって虚空を引き裂いただけ。にもかかわらず、地面が爪痕状に大きく抉れてしまった。凄まじい威力だ。

 部下たちが血相を変えて呼びかける。


「おやめください! このままでは本当に……っ!」

「ぐァッ……し、心配は要らぬっ……」


 苦悶の表情を浮かべ、セルゲートは必死に耐えているようだ。あの腕に意識が乗っ取られようとしているのだろう。

 しかし彼の意に反し、悪魔の腕は勝手に動いて地面に無数の傷痕を付けていく。


「……し、鎮まれ、オレの右腕……ッ! 言うことを訊けッ! アアアァッ」


 まさか、リアルでこの台詞を吐く奴を見るときがくるとは思わなかった!

 よし、せっかくだし鎮めてやろう。


「解呪」


 俺は〈呪術・極〉スキルを持っている。

 あの呪いを解くことくらい容易いことだ。


「アアアアアアッ……………………ん?」


 セルゲートが怪訝な顔になった。


「やはりその力を使うのは無謀です!」

「……………???」

「将軍っ、お願いですっ! 将ぐ…………将軍?」

「おかしい……急に右腕から力が……」


 懸命に声をかけていた竜騎士たちも、セルゲートの異変に気づいたらしい。

 俺は言った。


「呪い、解いたから」

「は?」

「しょ、将軍! 腕が!」

「な……っ?」


 見る見るうちにセルゲートの右腕が普通の人間の腕へと戻っていく。


「これでもう悪魔化する心配はなくなったな。感謝しろよ」


 しばし呆然と己の右腕を見下ろすセルゲートだったが、いきなり大声で叫んだ。


「な、な、なんてことするんだぁぁぁぁぁっ!?」


 オレのっ、オレの呪われた右腕がぁぁぁっ! と怒鳴り、俺に詰め寄ってくる。


「これではもう二度と、『鎮まれ、オレの右腕よ!』って言えないではないかぁぁぁっ! なんてことをしてくれたんだッ!? 返してくれ、オレの右腕をッ!」

「いや、鎮めたかったんだろ? 自分で言ってきたじゃん。苦しそうにしてたし」

「あれは演技だッ! 本当はまだまだ余裕があったんだよッ! それくらい察しろッ!」


 察しろって言われてもなー。


『マスター、察した上でやりましたよね?』


 YES!


「「「将軍……演技とは?」」」

「ギクッ」


 部下たちの白い目に気づき、セルゲートはヤバい! という顔をした。


「い、いや、その……今日は確かに少し、大袈裟にやり過ぎた気はするが……」

「嘘だな。巻き付けられていたあの包帯のお陰で、悪魔の右腕はほとんど眠った状態だったぞ」


 俺が断言すると、竜騎士たちの視線がセルゲートに突き刺さる。


「将軍……」

「いい歳して……」

「心配して損した……」

「ま、待ってくれ! 違うんだ! あの方が気持ちが乗って、実力が発揮されるというかなんというか……っ!」


 まぁ何にせよ、これで中二病な指揮官も無力化したし。

 こいつを捕虜として王宮に連れて帰るか。




  ◇ ◇ ◇




 敗戦した帝国軍の兵士たちは、意識を取り戻した者から次々と潰走していった。


「よくやったぞ! まさか本当にたった一人で十万もの兵を倒してしまうとはのう! お主を信じて正解じゃった!」


 王宮にセルゲートを捕虜にして連れて帰ると、リリアナが子供のようにはしゃいで喜んでくれた。


「途中、何度も逃げ出そうとされていましたが?」

「あ、あれはトイレに行こうとしただけじゃ! 断じて逃げようとしたわけではない! ほ、本当じゃぞ!?」


 セリーヌがぼそりと暴露し、リリアナが慌てて誤魔化す。

 そんな彼女にフィリアが後ろから飛び付き、獣耳をもふもふした。


「けもみみーっ」

「ちょ、やめるのだ! ひゃうん!」

「わーい、あたらしいペット~っ!」

「違う! わらわはお主のペットではな~い!」


 どうやらフィリアは彼女の獣耳が気に入ったらしい。

 助けてくれー、と涙目で訴えてくるが放置した。


「面倒だし、戦後処理とかはそっちでやってくれよ」


 これで一件落着。受けた依頼は完了だ。

 後はゆっくりとこの国を満喫するとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る