もふもふの国編

第30話 ケモミミ女王は逃げ出したい

 俺たちはエクバーナに辿りついた。


「変だな?」


 エレンが窓の外を見ながら首を傾げる。


「いつもなら多くの獣人たちで賑わっているはずなのだが……」


 エクバーナの街はその周囲を強固な市壁で取り囲まれているのだが、出入り口となる門から伸びる街道は閑散としていた。

 というか、人っ子一人見当たらない。

 まぁ門扉自体が閉じられているのだから当然だろう。


 俺たちはキャンピングカーを下りると、固く閉じられた門のところまで近付いていった。

 すると市壁の上から、この国の兵士と思しき武装した者たちが顔を出して、


「敵軍の使者か!?」

「一方的に攻めてきておいて、今さら使者だと!?」

「捕まえろ!」

「いや待て! あの赤い髪は……」




   ◇ ◇ ◇




 俺たちはエクバーナの兵士に案内され、この国の王宮へとやってきていた。


「どうぞ、お入りください。こちらに女王様がいらっしゃいます。緊急時ですので、礼儀作法などはお気になさらず」


 そして謁見室へと通される。

 この国を治めるのは代々、女性だという。

 獣人の美女だったらいいなぁ、なんて思いつつ、俺が部屋へと入ると――



「うわ~~~ん! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ~~~っ! どうしてわらわがこんな目に遭わねばならんのじゃ~~~っ!」



 ――部屋の奥に設けられた玉座の上で、見た目十歳くらいの幼女が喚いていた。狐の獣人らしく、頭には金色の頭髪に交じって三角形の獣耳が生えていた。普段はピンと立っているのだろうが、今は情けなくへにょってしまっている。


「女王陛下。落ち着いてください。それでは臣下たちに示しがつきませぬ」


 彼女を窘めるのは、二十代前半くらいの知的な印象の美女。

 もちろん獣人で、こちらは虎だろうか。


「そんなの知らん! どうせこの国はもうお終いじゃ! お終いなのじゃ~~~っ!」


 獣人幼女が手足をバタバタさせながら叫んだ。

 股を開いて足を上げているものだから、パンツが丸見えだ。


『どうやら現在、レイン帝国の軍隊がこの国に向かって進軍してきているようです』


 ナビ子さんによれば、レイン帝国というのは東方の大国らしい。

 人間族の国で、アルサーラ王国を越える経済力、軍事力を有しており、小国のエクバーナでは到底太刀打ちできないという。


「まだそうと決まった訳ではございませぬ。敵軍の侵攻を食い止めんと、つい先ほど我が軍が出撃いたしました」

「……我が軍の兵力はどれくらいじゃ?」


 獣人幼女はいったん静かになると、唇を尖らせながら問う。


「一万でございます」

「……敵のレイン帝国軍の兵力はどれくらいじゃ?」

「十万でございます」

「無理じゃ~~~~っ! 勝てるわけがない! そんなのわらわにも分かるぞっ!」


 また大声でわめき始めた。


「ですが、我々獣人は勇猛果敢。十倍の戦力差など覆してみせましょう」

「そんな精神論で覆せる戦力じゃなかろうが! それにわらわは知っておるのじゃ! レイン帝国の前には、あの鬼族すらも手も足も出なかったことを!」

「……」

「しかもじゃ! レイン帝国の男どもは皆、好色で残虐非道の最悪な奴じゃと聞く! 彼奴らに捕まったら最後、絶世の美女なわらわには、餓えた十万もの男が我先にと争って群がってくるじゃろう! そして嬲り者にされてしまうのじゃ~~~っ! うわああああん!」


 ついに獣人幼女は玉座から転げ落ち、赤い絨毯の上で泣き始めてしまった。


「……陛下に群がってくるのは一部の特殊な性癖を持つ者だけかと思いますが」

「何か言ったか?」

「いえ何も」


 獣人幼女は急に泣き止むと、さっと立ち上がって、


「とにかく、そんなことになったらわらわは正気を保っておられぬ! ……というわけで、後のことは任せたぞ」

「どこに行かれるおつもりですか、陛下」


 どこかに立ち去ろうとした獣人幼女の首根っこを、獣人美女がむんずと掴んだ。


「離せ~~~っ! わらわは逃げるのじゃ~~~っ!」


 ジタバタと暴れる獣人幼女だが、彼女の力が弱いのか、それとも獣人美女の力が強いのか、拘束を解くことはできない。


「なりませぬ。我が軍の兵が命を懸けて戦おうとしている最中に、陛下が逃亡するなど言語道断にございます」

「そんなこと知らぬ~~~っ! どうせ兵士にはバレぬしな!」

「そう言う問題ではございませぬ」


 獣人美女は首を左右に振る。


「よしでは今からお主に女王の座を譲り渡すことにする! これでわらわは一介の狐人族! 逃げても問題はない!」

「確かにわたくしの方が陛下よりも女王に相応しいかもしれませんが、そういう訳にはいきませぬ」

「お主、実はけっこう腹黒いんじゃないか!?」


 獣人美女がさらりと言った一言に、獣人幼女が目を白黒させた。


「ご安心ください、陛下。もしもの場合には策がございます」

「ほう! わらわが助かる方法があるのというのかっ? そんなものがあるのなら、先に言わぬか!」


 獣人幼女は逃げることをやめ、獣人美女の言葉に耳を傾ける。


「もしもの場合には、わたくしが陛下を介錯して差し上げましょう。これならば連中の慰み者になる心配はございませぬ」

「嫌じゃ~~~っ! わらわは死にたくないのじゃ~~~っ!」


 再び暴れ出す獣人幼女。


「すぐにわたくしも後を追います」

「そういう問題じゃない! やっぱりわらわは逃げる~~~っ!」


 うーむ、何だこの主従のやり取りは?

 緊迫した状況なのは間違いないのだが、コントでも見せられている気持ちになった。エレンやティラはポカンとしていた。


「陛下っ! 女王陛下っ!」

「……ん? なんじゃ?」


 と、そこでようやく獣人幼女がこちらを見た。

 さっきから兵士が呼んでくれていたのだが、ずっと気付いてくれなかったのである。


「お客人でございます!」

「客じゃと? こんなときに客の応対などしておれるか! とっとと帰って――」


 獣人幼女が言いかけた言葉を呑み込んだ。


「お、お、お主はっ……アルサーラ王国の破壊姫ではないかっ!?」


 そう叫び、獣人幼女はエレンの元へと駆けてくる。


「うむ。あたしはアルサーラ王国第三王女、エレン=アルサーラだ」

「おおお、おおおおおおっ! わらわを助けに来てくれたのじゃな!?  アルサーラ王国には援軍を要請しておったのじゃが、あまりに急の進軍じゃったため、間に合わぬと諦めておったのじゃ! それで、どれくらいの兵力を動員してくれたのじゃ!?」


 獣人幼女は歓喜するが、エレンは首を左右に振って真実を伝えた。


「すまないが、あたし一人だ。そもそもあたしはもう騎士団長を退任した身。この国に来たのは偶然だ」

「な……ん、じゃと……?」


 獣人幼女は愕然と後ずさった。


「じゃ、じゃが、お主は一人で一万人分もの兵力に匹敵すると聞く! お願いじゃ、破壊――じゃない、エレン殿っ! どうかっ、どうかその身を挺して、少しでもわらわが逃げる時間を稼いでくれっ!」


 随分と自分勝手な提案だった。

 獣人幼女は周囲からのじっとりした視線に気づいたのか、


「わらわは自分が助かればそれでいいのじゃ~~~っ!」


 開き直ってそう叫んだ。

 いやいや、明け透け過ぎだろ。

 ちなみに見た目はフィリアと同じくらいの幼女なのだが、鑑定してみると十六歳だった。それでも女王としてはかなり若いだろうが。


リリアナ 16歳

 種族:狐人族

 レベル:14


 この国の宰相らしい獣人美女の方は、俺と同じくらいの年齢のようだな。


セリーヌ 23歳

 種族:虎人族

 レベル:28

 スキル:〈剣技〉〈政治〉


 エレンが俺に「どうする?」と視線で訊いてくる。

 十万の軍か。

 このままだと確実にこの国は敗北するだろうな。

 ちょっと力を貸してやるか。


「獣人女王。俺が加勢してやるよ」

「っ? ほんとうか? じゃがお主一人が加勢してくれたところで、どうにもならぬ気がするが……」


 獣人女王――リリアナは、訝しげな顔で俺を見てくる。

 そこへエレンが横から、


「リリアナ女王陛下、この男の実力は確かだ。あたしよりも遥かに強い。何せ、あたしの剣の師匠だからな」


 余談だが、一応この旅の途中にちょくちょくエレンに剣の指導をしてやった。


「なんと! 破壊姫と怖れられるお主よりも強いじゃと!?」


 リリアナは驚愕の声を上げる。


「ああ。ぶっちゃけ俺なら一人で戦況を覆せる」

「ほ、本当かっ? お願いじゃ! 力を貸してくれ!」

「ただし一つ条件がある」

「何でもする! 何でもするからわらわを助けてくれ!」

「何でもするって言ったな?」


 縋るように懇願してくるリリアナに、俺はニヤリと口端を吊り上げながら言った。


「その獣耳をもふもふさせてくれ」

「ファッ!?」

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