第29話 カルナ家のペットなドラゴン

 俺はアルクにも首輪をつけてやった。


「ありがとうっ……」


 感極まった様子で礼を言ってくるアルク。


「アルク……あなた、一体どうしてしまったんですのっ……?」

「こんなの、アルクじゃないよっ!」


 彼のパーティメンバーである女の子二人はドン引きしていた。

 まぁそりゃそうだろう……。

 百年の恋も冷めるレベルだよな。


 俺はアルクの首輪に連結された鎖を、近くにあった巨大な岩に括りつけた。

 これでよし、と。


「じゃ、そういうことで」

「なっ……待ってくれ! 置いて行かないでくれっ」


 自分が放置されようとしているのだと気づいて、アルクが声を荒らげる。

 鎖を引き千切ろうとするが、聖銀を混ぜて作った合金製。Aランク冒険者の腕力でも不可能だ。ならばとアルクは背中の剣を抜こうとしたが、生憎とそれは俺が転移魔法で遠くに飛ばしておいた。

 巨岩も硬度の高いものを選んだため、素手で破壊することはできないだろう。


「そ、そうかっ、僕のペットとしての忠誠心を試そうとしているんだねっ?」


 ハッと悟ったように叫ぶアルク。

 んな訳ねー。

 俺は無視して山を下りていく。


「僕はここで君を待ち続ける! ずっと、ずっと待っているからね! わんわん!」


 しばらくの間、後方からアルクの咆える声と、パーティメンバーの女の子たちが喚く声が聞こえ続けていた。




   ◇ ◇ ◇




 さすがにキャンピングカーの状態で山越えは不可能だ。

 なので再びゴーレムへと変形し、山道を進んでいた。このタイプでも中に乗り込むことができるのだ。

 というか、内部はキャンピングカーのときとほぼ変わらない。変化はサイドガラスがなくなってしまう点ぐらいだろう。ゴーレム状態でも、腹部と背部にある窓から外を見ることが可能なのだ。


 しかも時空魔法を応用することで、ゴーレムがのしのしと崖を歩いていてもほとんど中は揺れない。進行速度は遅いものの、快適な旅を続けることができた。


「お腹すいた」


 ペットになったシロが、早速食い物をねだってきた。

 そう言えばそろそろお昼時だな。


「よし、じゃあ少し待ってろ」


 麓の町で買っておいた食材で、俺はキッチンで料理を始めた。


「カルナが作る?」


 相変わらずぬぼーっとした顔でシロが訊いてくる。

 全裸だった彼女だが、今は服を身に付けていた。これも麓の町で買ったのだ。本人は着るのを嫌がっていたが、ティラが無理やり着せたのである。


「ああ。こう見えて料理には自信があるんだよ」

「そう」


 すでに涎を垂らしているシロを後目に、俺は猛スピードで料理をしていく。〈身体強化・極〉で器用さがリミットブレイクしているため、漫画のような速度で野菜を切ることができる。


「フィリア、できた奴から運んでくれるか?」

「いいにおいする!」


 リビングのテーブルへと、せっせと完成した料理を並べてもらう。

 みんなお腹が空いているだろうと思って結構大量に作った。

 うむ、我ながら美味しそうだ。

 シロはくんくんと鼻を鳴らし、だらーと滝のような涎を垂らした。


「見たことない料理ばかり。美味しそう」


 俺が作ったのはどれも地球の料理だ。

 こっちの世界にも似たようなものがあったりもするが、シロだけでなくみんな珍しがっている。


 シロがトマトソースで煮込んだハンバーグを手づかみで口に運んだ。

 噛み千切ると、肉汁がだらりと零れ落ちる。


「……っ!」


 とろんとしていた目がいきなりカッと見開いた。


「……美味い」


 それだけ呟くと、後はもう、がつがつがつがつと喰いまくる。

 さすがはドラゴン。サ○ヤ人並みの食べっぷりである。

 彼女に釣られるように、ティラたちも食べ始めた。


「お、美味しいですっ!」

「な、何だこれはっ? こんな美味しいもの、王宮でも食べたことないぞ!?」

「ふごーひ! もぐもぐ」


 絶賛の嵐である。

 ふっふっふ。それもそのはず。


『〈料理・極〉スキルのお陰です』


 そう、俺には料理の世界でも天下を取れる力があるのだ!


「げふ……ペットになって、よかった……一生忠誠誓うまである」


 やがて一人で十人前近くを平らげたシロが、げっぷ混じりに呟いた。

 胃袋がチョロイな、このドラゴン。




   ◇ ◇ ◇




 エクバーナに向けて、NABIKOは進んでいく。

 自動運転なので、夜も勝手に俺たちを運んでくれる。


「……朝か」


 俺はリビングのソファの上で目を覚ました。

 夜の間に山岳地帯を超えたようで、エクバーナまでの道のりもあと少しだ。


 ちなみに二階に寝室があるのだが、俺だけ一階で寝ていた。

 一緒に寝ようとしたのに締め出されたのである。


『マスター、当然かと』


 せっかく大きなベッドにしたのになぁ……。


「にく……たべたい……」

「ん?」


 ふと聞こえてきた。

 リビングに白い少女が入ってくる。

 シロだ。

 寝ぼけているのか、足取りが覚束なかった。


 そして何を思ったか、ソファで寝ていた俺の上へと乗っかってきた。

 しかもよく見ると全裸である。寝る前はパジャマを着ていたはずなんだが……。


「にく……」


 寝ている間にはだけてしまっていた俺の胸を、シロは食べ物か何かと勘違いしのか、ぺろぺろと舐めてくる。

 非常にくすぐったい。

 だがすぐに彼女は顔を顰めて、


「まずい……」


 まぁそりゃあな……。


「しかし肌、すべすべだな」


 俺は彼女の剥き出しの白い背中に指を這わせた。

 そのままお尻まで指を持っていって、ぷにぷにと揉んでみる。柔らかい。


「何してるんですかっ?」


 リビングにティラの怒鳴り声が響いた。

 どうやらシロを追い駆けて下りて来たらしい。


「人体の研究」

「ただ触ってただけじゃないですか!」

「いや、揉んでもみたぜ?」

「ドヤ顔で言わないで下さいッ! なお悪いですから!」

「ん……朝?」


 ティアの叫び声でシロが目を覚ました。

 俺の上で身を起こす。

 目の前で胸がぷるんと揺れるが、ドラゴンの彼女はそんなことには無頓着。

 ふわぁ、と欠伸をしながら腕を伸ばした。


「ちょっ、シロ!」


 ティラが慌ててシロを抱き締めるようにして裸体を隠した。


「何でまた裸なんですっ」

「服は…………勝手に脱げた」

「脱げたんじゃなくて、脱いだんですよね!?」

「そうともいう。あの束縛感が嫌」

「それでも人の姿をしているときは、ちゃんと服を着てくださいって言ってるでしょうっ」

「……ん」


 ティラに脱衣所へと連行されていくシロ。


「ちゃんと下着も穿いてくださいよ!」

「ん」


 扉越しにそんなやり取りが聞こえてくる。


「まったく……」


 溜息を吐きつつ、脱衣所からティアが出てきた。


「ティラ、何だかお母さんみたいだな」

「誰のせいで私がペットの世話をしていると思っているんですか!」

「仕方ない。じゃあ俺がやるか」

「そ、それもダメですっ!」


 とそこへ、シロが脱衣所から戻ってくる。

 もう着替え終わったのかと思ったが、全裸に上着を羽織っただけだった。

 手にはパンツを持っていて、


「穿き方が分からない。カルナ、穿かせて」

「よし分かった」


 俺はシロからパンツを受け取った。


「ちょっと!」


 それを横から物凄い勢いでティラが奪い取ってしまう。


「何で普通に受け取ってるんですか! しかもこれ、よく見たら私のなんですけどっ」

「知ってた。だから頭にかぶろうと思ってハァハァ」

「いっぺん本気の魔法をぶつけてあげましょうか!?」


 ティラはツッコミ過ぎて疲れたのか、ぜぇぜぇと息を吐いてから、


「もう、私が着せてあげますから。ほら」


 再びシロを脱衣所へと連れていく。


「上もちゃんと付けてくださいよ」

「付け方が分からない」

「はいはい。やってあげますから」

「ん……窮屈」

「我慢してください」

「何でこんなもの付ける?」

「女性は全員付けるものなんです」

「フィリアは付けてない」

「フィリアちゃんはまだ子供ですし、胸が成長してないですから」

「じゃあティラも必要ないと思う」

「うるさいですね!? 確かに小さいですけど、さすがに子供よりはありますよ!」


〈五感強化・極〉を持つ俺には、二人のやり取りが丸聞こえである。


「ふぁああ……一体、何を騒がしくしているのだ、朝っぱらから?」

「パパ、おはよーっ!」


 そこへ、欠伸を噛み殺しながらエレンが起きてきた。朝から元気なフィリアも一緒だ。

 二人は、洗面台も設置されている脱衣所へと入っていく。俺も後に続こうとしたのだが、ティラの魔法の杖が飛んできて眉間にヒットした。魔法の杖は投擲武器ではありません。


「シロがまた裸になってウロウロしてたんですよ」

「全裸はドラゴンの基本」

「こら、シロ。あたしだって本当は全裸が好きなのだが、懸命に我慢しているのだ。貴様も自重しろ」

「エレンさんも、いきなりそんな性癖暴露しないで下さいよ!?」

「フィリアもぜんらすきーっ!」

「ん、みんなで一斉に裸になればいい」

「絶対にダメですから! ……はぁ、このパーティに常識人はいないのですか……」


 扉越しにティラの大きな溜息が聞こえてきた。


『心中お察しします、ティラ様』

「ナビ子さん! 私の味方はあなただけです!」


 そんなこんなで仲間にペットを加えた俺たちは、獣人たちの国、エクバーナへと辿りついたのだった。

 しかし――


「あ~、どうやら大変なタイミングで来てしまったっぽいな」

「……? どうしたんですか?」

「この国、絶賛戦争中だ」

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