第31話 もふもふ払いで

 俺の指先が、獣人女王ことリリアナの獣耳に触れた。


「ひゃっ……」


 それだけでリリアナは悲鳴を小さな漏らし、ビクンと身体を震わせた。

 おお、これが獣耳か。

 すっげぇもふもふだ。めっちゃ柔らかい。


「や、優しくするのじゃぞ……わらわたち獣人の耳は繊細なのじゃ……」

「分かってる分かってる」


 俺は壊れ物に触れるような慎重さで獣耳を揉んでいった。

 もふもふ。もふもふ。


「んっ……あひゅ……ひや……」


 指を動かすたびに、リリアナは吐息のような声を出す。

 ちなみに彼女は今、俺の膝の上に乗っかっていて、俺は後ろから抱き締めるような感じで獣耳を触っていた。

 たまに逃げようとするので、肩を掴んで食い止める。

 へっへっへ、逃がさないぜ?


 俺は耳の内側へと指先を入れた。

 少ししっとりと濡れていて、外側よりもさらに敏感な場所である。


 ついでに俺は、彼女のふさふさの尻尾にまで手を伸ばした。

 竹箒みたいな見た目だが、とても柔らかくてさらさらしている。毛の中に簡単に指が埋まってしまう。


「ひゃうんっ……はぁ……そ、そこはっ……だめ……じゃ……」


 耳と尻尾を同時に撫でられ、ハァハァと喘ぐリリアナ。

 その言葉とは裏腹に、明らかに快感を覚えている。

 いつの間にかびっしょりと汗を掻いていて、見た目幼女とは思えない色気を放っていた。


「だめ? ここが気持ちいんだろ?」

「……そ、そんなことは……ないのじゃ……」


 俺が問うと、リリアナは強情にもぶるぶると首を振った。


「ふーん。そうか。じゃあ、やめちゃおうかなー?」

「っ……」


 俺が素っ気なく言うと、リリアナは、えっ、という顔で俺を見上げてきた。


「いいのか? やめちゃうぞ?」


 俺は彼女の目を覗き込みながら確認する。

 するとリリアナは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに声を絞り出した。


「……い、意地悪は……やめるのじゃ……」

「だったら、もっと欲しいのお兄ちゃん、って言ってくれよ」


 俺の要求に、リリアナはしばし苦悶の表情を浮かべていたが、ついには欲望に負けてしまい、


「う、うぅ……も、もっと……もっと欲しいの……お兄――」

「もうそれくらいにしてくださいっ!」

「――いでっ」


 ティラに杖で頭を殴打された。

 しかもかなり強く叩かれたぜ。

 俺は痛む頭を抑えつつ、


「つぅ……そうだよな。ティラだってしてほしかったんだよな。気が付かなくてごめん」

「違いますっ!」

「ハッ……わらわは一体、何を……?」


 どうやら今の拍子に我に返ってしまったらしい。リリアナは俺の膝の上から逃げるように床へと転がり落ちた。


「……わ、わらわは……穢されてしもうたんじゃ……」

「大袈裟だな。耳を揉んだだけなのに」

「し、尻尾もじゃ!」


 リリアナは狐耳を震えさせながら涙目で訴えてくる。

 まぁ幾ら獣耳が敏感だと言っても、普通はこんなふうにはならないだろう。俺は器用さがリミットブレイクしているため、こうした繊細なタッチ――つまりは愛撫が得意なのだ。


『変態ここに極まれり、ですね』


 これからはぜひ、もふもふマスターと呼んでくれ。


「こ、これで、わらわに力を貸してくれるんじゃな……?」


 潤んだ瞳で訊いてくるリリアナ。


「おいおい、誰がお前の獣耳だけでいいと言った?」

「な、なんじゃとっ!?」


 愕然とするリリアナを後目に、俺はこの国の宰相である獣人美女の方へと視線を移した。


「ま、まさかわたくしの耳も差し出せと……?」


 俺の意図に気づいて、獣人美女が後ずさる。

 へっへっへ、とあくどい笑みを浮かべつつ、俺は訴えた。


「やっぱ主君だけを犠牲にするのは臣下として心苦しいよな?」

「そうじゃ! わらわだけというのは納得がいかぬ! これは女王としての命令じゃ! お主もこやつの餌食になるのじゃ!」

「ぐ……」


 リリアナが俺の味方に付いてくれて、獣人美女が苦々しげに顔を顰める。

 俺は指をわきわきさせながら彼女に近付いていった。


「大丈夫大丈夫。すぐに気持ちよくしてあげるから」

『マスター、顔と発言が完全に悪役のそれです』




   ◇ ◇ ◇




「ハァハァハァ……こ、こんな、屈辱を……味わうことになるなんて……」


 俺の足元で、服を乱れさせた獣人美女――セリーヌが激しく息を荒らげていた。


 いやぁ、やっぱ知的系の美女が身悶えしてるのはエロいわ~。

 セリーヌは見た目によらず、リリアナよりもずっと敏感だった。俺が指を動かすたびに身を捩らせ、めちゃくちゃ喘いでくれた。


「エクバーナの鬼宰相と内外から怖れられる彼女をこんなふうにするとは……相変わらず貴様は怖いもの知らずだな……」


 エレンが呆れたように言ってくる。

 ティラはもう呆れを通り越して無表情だった。逆に怖い。


「と、とにかく、ここまでして差し上げたのです」


 セリーヌが乱れた髪と服装を直しながら立ち上がった。


「先ほど叩いた大口、必ず嘘でなかったと証明していただきましょう」

「もちろんだ。つーわけで、行くぜ、シロ」

「ん?」


 ここまでのやり取りを、シロはずっと興味なさそうにぼーっと傍観していた。急に声をかけられ、不思議そうに小首を傾げている。


「乗せてってくれ」

「美味しいもの」

「戻ってきたらたらふく喰わせてやるよ」

「わかった」


 俺が頼むと、シロはすぐに頷いて服を脱ぎ出した。

 何のためらいも恥じらいもなく下着も脱ぎ捨て、あっという間にすっぽんぽん。何とも良い脱ぎっぷりである。


「なんじゃ!? お主はやはりただの変態じゃったのか!?」


 いきなりシロが真っ裸になったので、リリアナが不信の目で俺を見てくる。

 だがその直後、シロの全身が輝いた。


「なっ……ドラゴンじゃと……?」


 突如として現れた白いドラゴンに、リリアナが目を丸々と見開いた。


「こ、これはまさか、白輝竜……? な、なぜ神竜がこんなところに……?」


 お、セリーヌの方はよく知っていたな。

 さすがは宰相といったところだろう。


「俺のペットなんだ」

「ペットじゃと!?」

「まさか神竜を手懐けたのですか!?」


 驚愕する二人を後目に、俺はシロの頭の上に飛び乗った。


「じゃ、ちょっくら行ってくる。フィリア、ちゃんと留守番してるんだぞ」

「うん! パパはやくかえってきてね!」


 フィリアのことはティラたちに任せておけば大丈夫だろう。


「よし、じゃあ頼むぜ、シロ」

「ん」


 シロが俺を乗せたまま空中で身を躍らせた。

 加速し、謁見の間から外へと飛び出す。


「カルナ、空飛べる。なぜ私を使う?」

「だってこの方がかっこいいだろ。相手もビビるだろうし」

「よく分からない」


 俺の言い分に、シロは小さく首を傾げた。


『目的地までおよそ十キロ。両軍が激突するまで、あと十分といったところです』


 まぁ余裕で間に合うだろう。

 俺たちは戦場に向かって空を駆けた。

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