神竜をペットに編

第25話 幻のドラゴン

 俺たちを乗せたNABIKOは山麓の道を走っていた。


 アルサーラ王国の王都からおよそ四百キロ。

 正確には定められていないらしいが、この辺りが国境らしい。

 この先は山岳地帯になっていて、エクバーナに行くには立ちはだかる山を超えなければならないという。


 その麓にある町にNABIKOが辿りついた。

 ここで少し休憩しようと、俺たちは車を降りる。〈無限収納〉で異空間に仕舞っておく。駐車料金を取られないので便利だ。そんなのこの世界にはないが。


「一体どうやってるのだ、それは?」

「私も気になります」

「企業秘密だ。……どうしても知りたければ、おっぱ――」

「やっぱりいい」「やっぱりいいです」


 町に入ると、ティラが怪訝な顔で呟いた。


「何だか少し騒がしいですね」


 閑静な田舎町といった趣なのだが、様子がおかしい。

 武装した集団を町のあちこちで見かけるのだ。


「冒険者のようだぞ。だがなぜこんな辺鄙なところに大勢いるのだ?」

『どうやら近くの山にドラゴンが棲み付いたようです』


 エレンの疑問に、携帯式のスピーカーを通じてナビ子さんが答える。

 さらに町の住人たちから話を聞いてみると、ドラゴンは時々麓の町に降りてきては食い物を荒らして帰っていくのだという。

 人への被害は出ていないが、住民たちが冒険者ギルドに討伐を依頼したらしい。


 しかもそのドラゴン、目撃者によれば随分と珍しい種族のようだ。

 希少種ドラゴンの鱗や牙、骨などといった素材は、かなり高値で売れる。

 それゆえ各地から続々と冒険者たちが集まってきたというわけだ。


「せっかくだし、俺たちも行ってみようぜ」




   ◇ ◇ ◇




「ひいいっ」

「あんなの倒せるわけがねぇ!」


 ドラゴンがいるという場所に向かって山道を登っていると、上から冒険者と思しき集団が駆け下りてきた。


 見るからにボロボロだ。

 恐らく返り討ちに遭って逃げ帰ってきたのだろう。

 あっという間に俺たちの脇を通り過ぎ、麓へと走り下りていく。


「なるほど! なかなかの強敵らしいな!」


 これは楽しみだとばかりに、エレンが不敵に笑う。

 さらにしばらく進んだとき、後ろから声をかけられた。


「君たちもドラゴンを狩りにきたのかい?」


 若い男だった。

 しかもイケメンで長身。

 細身なのに腕力に自信があるのか、背中にかなり巨大な剣を担いでいた。


 彼の後ろには、パーティメンバーと思われる女の子が二人。

 どちらもけっこう可愛い。

 まぁ俺の嫁たちには敵わないけどな!


「そうだけど、あんたたちは?」

「僕たちもそうさ。僕はアルク。よろしく」

「俺はカルナだ。よろしくな」


 手を差し出されたので、俺は握り返した。

 なかなか爽やかな奴だ。


「アルク……? どこかで訊いたことがあるな」


 エレンが呟くと、アルクが引き連れている女の子の一人が自慢げに叫んだ。


「当然よ! アルクはAランクの冒険者なんだから!」

「ははは、と言っても、まだまだひよっこさ」


 そう謙遜するアルク。


「なるほど。過去に単独でレッドドラゴンやツーヘッドドラゴンを倒したこともあるという、あのドラゴン殺しのアルクか」


 エレンが納得いったというふうに頷く。

 脳筋ではあるものの、実力のある冒険者の情報については結構詳しいようだ。


「この先に居るのはかなり強力なドラゴンらしいし、必ず討伐できるとは限らないけれどね」


 アルクはやはり謙虚なやつだった。

 だがパーティメンバーたちはそんなことはなく、


「何を言ってますの。アルクがいれば、どんなドラゴンも敵ではありませんわ」

「そうよそうよ! それに、あたしたちもいるしね!」


 ちなみにこの二人はBランクの冒険者らしい。

 声がやかましい方が魔法使い。

 もう一人のお嬢様っぽいしゃべり方をしている方は、治癒術師のようだ。


「あなた方には悪いですけど、獲物はわたくしたちがいただきますわ。もっとも、あなた方に討伐できるとは思えませんが」


 その治癒術師の女の子が嫌味を言ってくる。


「しかもこんなところに子供を連れてくるなんて! ぷぷっ、バカなんじゃないのっ?」


 魔法使いが吹き出した。

 アルクは良い奴っぽいが、こいつらはちょっと性格悪いな。


「だけど確かに少し心配だね。女の子が多いみたいだし……って、それは僕らも同じか。そうだ。もし君たちが良ければ、せっかくだし一緒に行かないかい? 相手はドラゴン。少しでも味方が多い方が僕たちとしても助かるからね」


 真摯な態度で、アルクはそんなことを提案してくる。


「相変わらず優しいですわね、アルク」

「ほんと! 放っておけばいいのに! よかったわね! これであんたたち、死なずにすんだわよ!」


 一方の女子二人の見下したような言葉に、ティラがムッと眉根を寄せた。

 エレンに至っては今にも殴り掛かりそうな勢いだったので、俺が羽交い絞めして止めた。

 フィリアは「あたらしいママキタ?」と呟いている。意外と見境ないな、この子……。


 まぁ、わざわざ獲物を取り合うのもめんどくさいしな。

 別に報酬や稀少なアイテムが欲しい訳でもないし。


「いいぜ」


 俺はあっさりOKした。


 そしてアルクたちとともに、件のドラゴンがいるという洞窟までやってきたのだが、


「いない?」


 何もいなかった。

 結構広い洞窟内を隅々まで探してみたが、ドラゴンの姿が見当たらない。


「すでに討伐されてしまったのかな?」

「いや。どうやら入れ違いになっただけみたいだな」

「入れ違い?」

「もうすぐ戻ってくるぜ」


 俺の言葉に、アルクの女の子二人は「何言ってんのこいつ?」という顔を向けてきたが、すぐに俺が正しかったことが証明されることとなる。〈探知・極〉スキルを舐めんなよ。


 ゴウッ、と凄まじい風が突如として洞窟内に吹き込んできた。

 次の瞬間にはもう、俺たちの目の前にそいつがいた。

 ドラゴン、というより、東洋的な龍という言葉の方が相応しいかもしれない。


 翼はないが、魔力によって空中に浮かんでいた。

 全長は八メートルほど。見た目は巨大な蛇だ。


 全身は新雪を思わせる真っ白な鱗に覆われていて、しかも淡く発光している。

 その様はなんとも幻想的だ。

 しかしその圧倒的な存在感は、『大賢者の塔』で遭遇したレッドドラゴンを遥かに凌いでいた。


「なっ……こんなドラゴン、見たことないぞっ?」


 アルクが瞠目している。


「そりゃそうだろ。こいつ白輝竜だぜ」

「白輝竜だって!? バカな……神竜の一種じゃないか!」


〈鑑定・極〉でドラゴンの種類を調べた俺の言葉に、アルクはさらに驚愕した。


 ドラゴンは一般的に、下位竜、中位竜、上位竜の三種類に分けることができる。

 上位竜が最も強く、例えばレッドドラゴンはこの上位竜に相当する。


 上位竜(成竜)の討伐は、難易度A。

 これをもし単独で討伐することができれば、即ランクAに認定されるという。


 だがその上位竜の上にも、伝説級とされるドラゴンがいる。


 まずは超竜。

 もしこれが暴れれば、たった一匹で国が滅びるとまで言われている災厄級の化け物だ。


 かつて九つの首を有するヒュドラに、Aランクの冒険者十数名で構成された討伐隊が挑み、その半数を失ってようやく倒すことに成功したという話が残っているほど。


 そして、その超竜のさらに上に位置づけられるのが、神竜である。


 これは超竜以上に目撃されることは少ない。

 地上に降りてくることがめったにないせいだ。

 そのため幻のドラゴンとも言われ、存在そのものが疑われているほどである。


 白輝竜はその神竜の一種だった。


 しかしこんな珍しい奴と出会うことができるなんて、さすが〈幸運・極〉スキルを持っているだけのことはあるぜ。


 ……よし。

 決めた。


「こいつを我が家のペットにしよう」

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