第21話 脳筋王女と変態執事

「……と、言うわけなんです」


 エレンへの説明を終えたティラは、きっぱりと断言した。


「ですので、私たちは夫婦ではありません」

「これから愛を育んでいくところだよな」


 重要な補足をする俺。


「育んでもいきません」


 ええっ? 育まないの?

 俺がショックを受けている一方で、エレンがプルプルと全身を震わせていた。


「エレンさん……?」


 ティラが心配して声をかける。

 すると突然、エレンはカッと目を見開いて、


「あのダンジョンを攻略しただと!? くっ、あたしが攻略する予定だったのに! というか、なぜあたしも連れて行ってくれなかったのだ!」


 ズルいぞズルいぞ! と怒鳴り声を上げるエレン。

 それから何を思ったか、いきなり立ち上がって、


「こうなったら貴様らを倒し、あたしがダンジョンを攻略したことにしてやる!」

「何でそうなるんです!?」

「脳筋だからな、こいつ」

「脳筋ですか……」

「の、脳筋ではないぞ! ただ物事は力で解決する方が手っ取り早いと考えているだけだ!」


 それ完全に脳筋だから。


「おやめ下され、姫様」


 そうエレンを窘めたのは、彼女の執事だという老人だった。

 最初にお茶を出してくれて以降、ずっと部屋の端っこの方で静かに直立していたのだが、さすがに主人の行動を見咎めたのだろう。


「爺や、貴様は黙っているのだ!」

「そんなわけにはいきませぬ」


 きっぱりと告げ、爺さんはエレンと俺たちの間に割って入ってきた。


「もしお客人との試合を臨むというなら、爺やを倒してからにしてくだされ」

「普通は話し合いですよね!?」


 ティラがもっともなツッコミを入れた。


「姫様に話し合いは通じませぬ」


 嘆かわしげに首を振る爺さん。

 随分と苦労しているらしい。

 にしても見た感じ、結構なよぼよぼっぷりだが、大丈夫なんだろうか? しかも徒手空拳。



ライオネル 78歳

 種族:人間族

 レベル:10

 スキル:〈執事〉

 生命:123/124

 魔力:22/22

 筋力:41

 物耐:57

 器用:70

 敏捷:37

 魔耐:34

 運:64



 ……よ、弱い!

 しかしライオネルって、名前だけはカッコいいのな。


「ならば遠慮なくいくぞ、爺や!」

「ぐはっ」


 エレンが爺さんを裏拳で殴り飛ばした。

 爺さんの貧相な身体が吹き飛び、近くの家具に激突する。

 やっぱり弱い……。

 てか、エレンも爺さんに対して容赦なさ過ぎだろ……。


『103のダメージです。残存生命力は「20/124」。瀕死状態です』


 うおおおおおいっ!?

 もう少しで爺さん死んでるところじゃねぇか!


「だ、大丈夫ですかっ?」


 ティラが慌てて爺さんの傍に駆け寄った。

 フィリアも心配そうに「おじいさん、しんだの?」と俺に訊いてくる。まだ何とか死んでないよ。

 爺さんはよろよろと身を起こしながら、


「し、心配は要りませぬ、お嬢さん……」

「で、でも……」

「……わしは姫様が生まれた頃から仕えている身。乱暴な姫様には、幾度となく暴力を振るわれてまいりました……」

「そんな……酷い……」


 ティラは痛ましげに睫毛を伏せる。


「……お陰で今では、すっかりそれが気持ちよくなってしまったのですぞ!」

「はい?」


 爺さんはドMだった!


「さあ、姫様っ! これで勝ったとは思わないでくだされ! まだまだ勝負はこれからですぞ!」


 おい、やめろ爺さん! お前はもう瀕死だ!


「ごくごくごく!」


 と思っていると、懐から取り出した治療薬(ポーション)を豪快に飲み干した。爺さんの生命力が全快する!


「とりゃぁぁぁぁ――ぐはぁっ」


 エレンに立ち向かい、またも殴り飛ばされる爺さん。


『112のダメージ。残存生命力は「12/124」』


 さっきよりヤバい!

 だが爺さんは再び治療薬を飲み、


「ま、まだまだですぞぉぉぉ――ぐほぁっ」


 それから爺さんは幾度となく治療薬を飲んではエレンに突っ込んでいき、その度に殴り飛ばされて瀕死状態になった。

 未だかつて、これほど無駄な治療薬の使い方があっただろうか……。


「……ハァハァ、も、もっと……もっと爺やに、ご褒美を…………」


 ついには体力的な限界がきたらしく動けなくなってしまったが、爺さんの表情は恍惚としていていた。


「この世界の爺さんは変態ばかりなのか……」

「人の心配をしてこれほど後悔したのは初めてです……」


 俺とティラはドン引きしていた。

 一方、エレンはいつものことなのか、何事も無かったかのように爺さんを放置して、


「勝負あったようだな。では次は貴様だ! 行くぞ!」


 抜刀して一気に間合いを詰めてきた。


「貴様は確かに強力な魔法使いかもしれん! だが接近戦に持ち込めさえすればあたしの勝ちだ!」

「お前、この間、オークが正々堂々じゃないとか言ってなかったっけ!?」


 そんなツッコミを入れつつ、俺はエレンの斬撃をひょいっと躱した。


「っ! 貴様、少しは体術も使えるようだな!」

「一応、剣もな」


 俺も剣を抜いた。


「ふんっ、アルサーラ王国の破壊姫とまで謳われたこのあたしの剣、貴様に受け切れるかっ!?」

「誇らしげに言ってるけど、それ明らかに蔑称だよな?」


 エレンが繰り出す斬撃を、俺は軽く捌いていく。


「くっ……貴様っ、なかなかやるなっ。だがこれならどうだ! ハアアアアアアッ!」


 エレンの持つ剣が、凄まじい闘気を纏っていく。

〈闘気剣(オーラブレード)〉だ。

 しかもギルマスのおっさんより闘気の量が多い。


「って、本気過ぎだろ!?」

「てやあああああっ!」


 エレンの剣が迫る。

 直後、パキィィィンッという破砕音が響いた。


「な……」


 エレンが愕然と目を見開く。

 まぁ驚くのも当然だろう。

 全力で闘気を纏わせた剣を、真っ二つに折られてしまったのだから。


「闘気剣くらい、俺にも使えるんだぜ?」


 俺もまた闘気を纏う剣で応じたのだった。

 エレンも確かに達人だが、〈闘神〉を持つ俺の闘気には敵わない。

 交錯した結果、エレンの剣だけが破壊されてしまったのだ。


「そ、んな……」


 呆けたように呟くエレン。

 俺はそんな無防備な彼女に接近した。

 左手でおっぱいを揉みつつ、彼女の喉首に剣先を突きつける。


「俺の勝ちだな」

「このあたしが……剣で負けた、だと……?」


 エレンが掠れた声で呻く。


「ああ、お前の負けだ」


 俺はエレンのおっぱいを揉み揉みしながら言う。

 でかくて片手じゃ収まらねぇぜ……。


「剣だけなら……誰にも負けないと……思っていたのに……」

「まぁでも、かなりの腕だったと思うぜ」


 おっぱいの揉み心地もかなりのものだ。

 めっちゃ柔らかいし弾力もやばい。


「ていうか胸を揉む意味ないですよね!? なにドサクサに紛れて揉んでるんですか!」

「そこに胸があるから」


 ばこっ。ティラに杖で頭を叩かれた。


「う、うわあああああああんっ! 負けたぁぁぁぁぁっ!」


 エレンがいきなり大声で叫んだ。

 そのまま奥の部屋の方へと走っていってしまう。


「姫様っ! っ、ぐはぁっ!」


 執事の爺さんがエレンの突進を浴びて吹き飛ばされる。

 てか、今わざわざ自分から進路上に飛び込んだぞ。


『123のダメージ。残存生命力は「1/124」』


 1っ!?

 本当にあと少しで死ぬところだったじゃねぇか!


「ひ、姫様ぁぁぁっ……もっと、もっと爺やを痛めつけてくだされぇぇぇぇぇっ!」

「うええええええんっ! 負けたぁぁぁぁっ! あたしが唯一誇ることのできる剣で負けたぁぁぁぁっ! 他には何の取り得もないのにぃぃぃぃっ! 剣以外には何にもできないのにぃぃぃぃっ! 剣術バカから剣術を取ったらただのバカなのにぃぃぃぃっ!」


 床の上で身を捩らせながら興奮している執事。

 扉の向こうで子供のように大泣きしている王女。


「……私、この国と本当に同盟を結んでいいのか、物凄く心配になってきました……」


 何ともカオスな状況に、深々と嘆息するティラだった。

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