脳筋王女編

第19話 ギルドマスターの野望

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!



 エルフの里からアルサーラ王国の王都にあるギルドへと転移すると、おっさんが執務机の上でオットセイのような声を上げながらブリッヂ○ナニーをしていた。



「オウッ、オウッ、オウッ」



「きゃああああああああああっ!?」


 ティラの甲高い悲鳴が上がる。


「オウッ、オウッ、って、ぬおおおおっ!? お、お前らっ、一体どこから現れた!?」


 おっさん、もといギルドマスターが俺たちに気づき、怒声を轟かせた。

 しかし右手は動き続けている。いやまずそれ終了させろよ。


「爆散せよ、焔の――」

「ちょ、ストッいでっ」


 据わった目で攻撃魔法の詠唱を始めたティラ。慌てたおっさんは、バランスを崩して執務机の上から落下した。



   ◇ ◇ ◇



「いいか、二度と勝手にオレの部屋に入って来るんじゃねぇぞ?」

「ああ、分かった。悪かったよ」


 服を着たおっさんに叱られ、俺は素直に謝罪していた。

 確かに、横着していきなりギルドマスターの執務室に転移してしまった俺にも非があったのは間違いない。


「けど、執務室で何やってんだよ、あんた? やるなら自宅でやれ、自宅で」

「い、いいじゃねぇか別に! ここだと背徳感が堪んねぇんだよ! 自宅じゃこんなに興奮できねぇんだ!」


 思っていた以上にとんでもなく酷い理由だった。


『ダンジョンを全裸で徘徊していたマスターも、そう大差ないレベルかと』


 あ、あれは装備無しでのダンジョン攻略をやってみたかっただけであってだな……?


「しかも何であんな体勢だったんだよ。ブリッヂ○ナニーしてる奴なんて初めて見たぞ」


 まぁ他人のオ○ニー自体、見る機会なんてめったにあるもんじゃないけどな。


 あれは暑い夏の日のことだった。その日は午前中で授業が終わり、俺はいつもより早い時間に家へと帰宅した。しかし家に帰ると、なぜかリビングから聞き慣れない声がする。誰か客でも来ているのかと訝しみつつ、リビングの扉を開けてみると、親父がAVを見ながら――


『その話、聞きたくないです』


 え? ここから衝撃の展開が待っているのに……? 『聞きたくありません』


「オレはな、自分がギルドマスターである内に、過去のギルドマスターたちを凌駕するような、何かしらのでかい実績を打ち立ててやりたいと考えているんだ」


 いきなり真剣な顔つきで語り始めるおっさん。

 もしかして意外と真面目な理由があったのかもしれない。って、ブリッヂ○ナニーの真面目な理由ってなんだよ。


「だが、過去のギルドマスターどもは、どいつもこいつも揃って化け物揃いだ。今さらこのオレが何をやろうと、連中を超えることは容易じゃねぇ。だからオレは考えた。オレはオレなりの、もっと奇抜な方法で今までにない偉業を残してやろうとな!」


 徐々に熱を帯び始めていくおっさんの声。

 そして彼は力強く宣言した。


「それが、この執務室の天井にオレの体液を届かせることだ! そんなことを成し遂げたギルドマスターなんて、今まで一人もいねぇだろうからな!」

「当たり前だ! てか、歴代のギルドマスターたちに土下座して謝れ! ちょっとでも真面目な話を期待した俺が馬鹿だったよ!」


 こんな奴がトップで、果たしてこのギルドは大丈夫なのだろうか……。


「……」


 ちなみにティラは、先ほどからずっとおっさんを肥溜めでも見るかのような目で見ている。

 おっさんはボソリと呟いた。


「……その視線、オレにとってはむしろご褒美だぜ……」

「死にたいのですか? 死にたいようですね。死んでください。死ね」


 ティラの口調から敬語が消えた!


「ま、待て! 冗談、冗談だ! 詠唱やめてくれ! しかもそれ上級魔法じゃねぇか!? ガチで死ぬから!」

「くっ……いつもは俺の立ち位置だというのに……何だか寝取られた気分だ……」

「何と張り合っているんですか!?」


 大人たちがそんなやり取りをしていると、不意にフィリアが好奇心いっぱいの瞳でおっさんに訊いた。


「ねぇねぇ、おじさん、さっきなにしてたの?」


 おっさんは大いに慌てた。


「ちょ、待て! そんな無垢な目でオレを見るんじゃねぇよ! まさかこんな幼女に見られちまうとは………………ゾクゾクしちまう」


 直後、ティラが詠唱なしに発動した初級の雷魔法がおっさんを焼いた。「ぎゃあ!?」


『……これは、マスター以上かもしれません』


 いや確実に俺以上の変態だろ。

 うん、他人から見ると変態ってこんな風に見えるんだな。今後はもう少し自重しよう。


『ぜひそうしてください』


 全身からぷすぷすと煙を漂わせて倒れるおっさんを後目に、ティラはフィリアへ諭すように言う。


「フィリアちゃん、いい子だから先ほどのことは忘れなさい。何も見ていなかったことにしなさい」

「えー、でも」

「でも、じゃないの。あなたは何も見ていない。いいですね? 何も見ていないんですよ。


 な に も み て い ま せ ん 」


「……う、うん、ママ……」


 ティラの有無を言わさぬ圧力に、さすがのフィリアも大人しく頷くしかなかった。


「……そ、それで一体、オレに何の用だよ?」


 ダメージから復活したおっさんが訊いてくる。……心なしか少し嬉しそうだ。


「あ、そうそう。『大賢者の塔』をクリアしたから報酬を貰いにきたんだ」

「……は?」


 おっさんは間抜けな顔で口をぽかんと開けた。

 俺はオーエンの研究資料を執務室の上に放り投げ、証拠を見せる。


「ま、マジかよ……。そういや、『大賢者の塔』が消失したなんて話を耳にしていたが……あれは本当だったのか……」

「という訳で、報酬を貰いにきたんだ」


 単刀直入に告げると、おっさんは、う、うむ、と頷いて、


「わ、分かった。だがこれが本物かどうか、王宮にいる専門の鑑定師に見てもらう必要がある。だから、いったんこいつは預からせてくれ」

「だったら俺が直接持っていった方が早そうだな。どのみち、これから城にも行くつもりだったし」

「なに?」

「一応、城に伝手があるんだ」


 もちろんオークに捕まっていたところを助けてやった、あの姫騎士のことだ。

 お礼をしたいから一度城に来てくれと言われて、もう随分と経ってしまっている。


 というわけで、俺はおっさんと別れ、直接、お城にいるという専門の鑑定師のところにオーエンの研究資料を持っていくことにした。


「エレンは城にいるかな」


 俺は〈探知・極〉を使う。

 これの使用可能範囲はおよそ三キロ。お城は十分に圏内だ。


 そして城をスキャニング。

 エレンは……いた。


「よし、行くぞ」


 俺はティラとフィリアの手を取り、転移魔法を使用した。

 いちいち衛兵とのやり取りをするのも面倒そうなので、エレンのところまで一瞬で移動するつもりだった。


「ちょ、さっきのこと、もう忘れたんですかっ?」


 転移する直前、ティラの咎める声が聞こえてきたが、もう遅い。

 直後、俺たちはもわっとした水蒸気の中にいた。

 視界が悪く、随分と蒸し暑い。


「ここはどこです……?」


 ティラが呟いたそのとき、すぐ近くで、ちゃぽん、という水が跳ねる音がした。

 そして水煙の中から赤い髪の少女が姿を現す。


 エレンだった。


「な……何で貴様がここにっ!? って、ぎゃああああああっ!」


 ――一糸まとわぬ、生まれたままの姿の。

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