第18話 パパがすきです。でもママのほうがもっとすきです

 祭事の日から三日後。

 俺は数日間過ごしたエルフの里を旅立とうとしていた。


「なんだか寂しくなるわねぇ」

「そうだな。短い間だったが、まるで子供が増えたようだった」


 見送りに来てくれたティラママとティラパパが、そんな嬉しいことを言ってくれる。


「君のお陰で族長全員がアルサーラ王国と同盟を結ぶことを承認してくれた。本当に感謝しても仕切れない」

「ギルドにダンジョン攻略の報告をした後、城にも行く予定があるんで、俺からもその話を伝えておくよ。一応、伝手があるからな」


 もちろんエレンのことだ。

 しかし、いかにもメインヒロインっぽく3話に登場したのに、その後ずっと放置とか……。


『そういうメタ的な発言は控えてください、マスター』


 ティラパパは頷いて、


「それは助かる。しかし君には妻のことと言い、何から何まで世話になりっぱなしだな……」

「気にしないでくれ。俺が勝手にやってるだけだから」


 俺なんてスキルに世話になりっぱなしだしな、はっはっは!


『スキルがなければただの変態ですが、スキルがあるせいで最悪の変態ですね』


 いやぁ、照れるなぁ。『だから褒めてません』


「じゃあ、そろそろ行こうか、フィリア」

「ねぇ、ママは? ママはいかないの?」


 俺が声をかけると、フィリアがこちらを不安げな顔で見上げて訊いてきた。


 ティラはこの里に残る予定だった。

 見送りにも来ていない。


 何で来てくれてないんだろ……?

 あ、あれだ。

 きっと涙を見られるのが恥ずかしいからだ。

 うん、そうに違いない!

 俺が耳を舐めて以降、やけに余所余所しくなった気がしているけどそれは間違いなく気のせいだ!


『どう考えてもそれが原因かと』


 ほ、ほら、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん?


『それは最凶のストーカー理論です、マスター』


 マジか……。


「だ、大丈夫。またすぐ会える!」

「……ママと、おわかれ……?」


 フィリアは今にも泣き出しそうだった。

 もちろん俺だって悲しい。

 だが、ここはティラの実家だ。故郷だ。

 彼女の住む家があるのだ。


 俺もこのままエルフの里に定住することを考えた。

 本当に住み心地のいい場所だったしな。


 けれど俺は、もっとこの世界の色んなところを自分の目で見て回りたい。

 その欲求が、ここに留まり続けることを許さなかったのだ。


 妻を取るか、それとも仕事を取るか。

 究極の選択だった。


『マスター、妻でもなければ仕事でもありません』


 ナビ子さん、たまには俺に優しくしてくれてもいいと思いますよ?


「うぅ……ママ……」

「泣くなよ、フィリア」

「パパもないてる!」

「な、泣いてねぇし! これは汗だし!」


 まぁ俺は転移魔法が使えるし、その気になれば本当に毎日でも会えるんだが。

 それでもやっぱ物理的に距離が離れるとなると、寂しさを覚えてしまうものだ。


「まったく、そんなことではフィリアちゃんのお父さんは務まりませんよ」


 と、そのとき呆れたような声が聞こえてきた。


「ママ!」


 ティラだ。

 フィリアが走り出し、彼女の胸に飛び込んだ。


「ママぁ~、フィリアっ、パパもしゅきだけどママもしゅきなのっ……いっしょじゃなきゃ、いやっ……」

「はいはい、大丈夫ですよ。ママはフィリアちゃんと一緒ですから」

「……ほんと?」

「本当です」


 ティラはにっこり微笑んでそう応えてから、両親の方へと視線を向けた。


「……行ってしまうのか、ティラ……」

「寂しくなるわねぇ……」

「大丈夫です。またすぐ戻ってきますから」


 そこでようやくティラは、状況について行けずに呆けていた俺の方を向いた。


「……わ、私も、もっと外の世界を見てみたいと思ったんです。べ、別に、カルナさんのためについていくわけじゃないですからっ」


 つ、つ、つ、ツンデレだぁぁぁぁぁっ!?


「わーい、ママ、だいしゅきーっ!」


 ティラが一緒について来てくれるのだと知って、フィリアが涙を散らして大喜びする。

 俺も涙を溢れさせながらティラに抱きつこうとした。


「ダメです」


 あっさり拒否られた。相変わらずガードが固いです。

 しかし嫌よ嫌よも好きのうち……いずれきっと……


『だからそれはストーカーの発想です、マスター』


 嘆く俺を余所に、フィリアはティラの胸に顔を埋めてすりすりしている。


「ママのにおい、だいしゅきなのっ」

「ありがとう、フィリアちゃん。ちなみにパパとママ、どっちの方が好きですか?」

「いまはママのほうがしゅきーっ!」


 ティラの質問に即答するフィリア。


「フィリアを取られたぁぁぁぁぁっ!?」


 パパ、大ショックである。

 そ、そんな馬鹿な……。


『この数日間、彼女はずっとティラ様と一緒に寝ていましたからでしょう』


 その間に二人の仲が深まったということか……。

 くっ、俺も一緒に寝れていたなら!


「なんでまだ泣いてるんですか? 行きますよ、ほら」

「うぅ……嬉しさと悲しさがない交ぜになったこの涙よ……」


 俺は涙を拭うと、二人の手を取った。


 と、そのとき初めて気付いた。

 木々のあちこちから、里のエルフたちが俺たちに手を振ってくれていたことを。


 あの祭事の夜以降、俺は人族の姿に戻ったが、それでも彼らは友好的に接してくれた。

 この様子なら、きっとアルサーラ王国とも上手くやれることだろう。


 さらにそんなエルフたちを見守るかのように、幾つもの淡い緑の光が漂っていた。

 木精霊たちだ。

 彼らもまた、俺たちの旅立ちを見送りに来てくれたのだろう。


「では、行ってまいります」


 ティラが両親にぺこりを頭を下げ、俺は転移魔法を唱え始める。

 できるだけ詠唱を長くした。

 そもそも詠唱すら必要ないんだが、その方が別れの雰囲気が出そうだったしな。

 ちなみにティラパパは「やっぱり嫌じゃ~、ティラはずっとわしの傍におるんじゃ~」と駄々をこねている。スーパーのお菓子売り場で母親を困らせる幼児かよ。


 転移先はアルサーラ王国の王都にあるギルドだ。

 ダンジョンクリアの報告をして、報酬を貰わなければならない。


 俺はギルドマスターのおっさんの執務室に直接飛ぶことにした。

 あのダンジョンは攻略難易度がSだったし、受付で他の冒険者に聞かれでもしたら騒ぎになって面倒そうだからである。

 一応、この間の加入試験の後にちょっと立ち入ったことがあるんだ。


 やがて魔法陣が完成し、俺たちは光の中に包まれていく。


 こうして、俺はエルフの里に別れを告げた。

 多くのエルフや精霊たちに見送られて、ちょっと感動的なシーンだったと自分でも思う。


 なのに、それが一瞬にしてぶち壊しにされることとなる。

 というのも転移した先で――



「オウッ、オウッ、オウッ」



 ――おっさんがオットセイみたいな声を上げながら、ブリッヂオ○ニーしてました。











『マスターに並ぶ変態が……』

「さすがに俺もここまでじゃねぇよ!?」


 オ○ニーはちゃんと隠れてやります。

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