第16話 エルフと人族と精霊
エルフたちの多くは、人族(ヒューマン)に対する悪感情を抱いている。
エルフは争いを好まない種族であり、そのためずっと昔から、戦ばかり起こしている人族のことを蔑視する傾向があった。
それでも里に利益を与えてくれる人族に対しては、比較的友好的に接していたという。
それが一変したのは、今から百年ほど前。
原因は、人族が彼らの住む大森林の木を勝手に伐採してしまったことだった。
エルフにとって、自分たちが住む大森林は信仰の対象とも言うべきもの。
当然、彼らは激怒した。
そしてそれ以降、人族との交流の一切を絶ってきたという。
とは言え、それはもう百年も前のことだ。
「里の中には、人族との交流を望んでいる者もいます。お父様もその一人です」
「だから俺を快く家に迎え入れてくれたのか」
「はい」
エルフの里は小さい。
すべての集落を合せても、せいぜい千人ほどしかいないという。
エルフは魔法の才能にも身体能力にも優れ、かつ長命という、非常に優秀な種族ではあるが、繁殖力が低いのだ。
もし強大な敵対勢力に攻め込まれでもしたら、一溜りもないだろう。
「だからこそ人族との交流は不可欠であると、お父様は考えているのですが……」
ちょうど今、人族の国――アルサーラ王国が、エルフの里と対等な同盟を結ぼうと幾度か使者を寄こしてきているのだという。
対等な同盟を結ぶということはすなわち、エルフの里を「国」として認めるということでもあり、その内容は感情論さえ抜きにすれば、エルフたちにとって文句なしのものだった。
アルサーラ王国は獣人やドワーフなどの他の亜人の国とも深い交流があり、信頼もおける。
だが、
「やはり人族との交流には反対の声も多く、話はなかなか進展していない状況です」
「……なるほどな」
「って、すいません、いきなりこんな話をして。何でもできてしまうカルナさんなら、こんな問題もどうにかできてしまうんじゃないかって……そんなふうに思ってしまったのかもしれません」
「いや、いいよ。むしろ俺も知りたかったことだし」
そんな話をしつつ、俺たちは里の中でも最も高所にある祭事場へとやって来ていた。
祭事の際には里のすべてのエルフが集まるというだけあって、めちゃくちゃ広い。
とてもここが樹の枝とは思えないな。
周囲の木々よりも一際背の高い木に設けられており、それゆえ大森林を上から一望することができる。素晴らしい絶景だった。
俺はこのエルフの里のことをとても気に入った。
空気は綺麗だし、女の子は綺麗だし、食べ物は美味しいし、ぶっちゃけ天国である。嫁の実家だしな!
しかし、人族との軋轢か。
転生者ではあるが一応人族の一人として、何とかできないもんかな。
俺は改めて手持ちのスキルを確認してみる。
もしかしたら何とかできる方法があるかもしれない。
『マスター、このスキルを応用してみるのはいかがでしょう?』
お、いいかもな。
「なぁ、ティラ。もうすぐ祝祭があるんだよな」
「あ、はい。大森林に感謝の祈りを捧げるための、月に一度の祝祭の日です」
「それ、俺も参加していいか?」
「え?」
「一つ、考えがあるんだ」
◇ ◇ ◇
空が薄闇に染まる中、エルフたちの祭事が執り行われていた。
広大な祭事場には里のすべてのエルフが集まっていた。
千人近い大所帯である。
だが誰一人として私語をする者はおらず、老若男女が静かに祈りを捧げている。
こういう雰囲気、正直言って俺は苦手なのだが、今は我慢である。
すぐ隣にいるティラからいい匂いが漂ってくるので、それを嗅ぎながら時間が過ぎるのを待とう。
『こういう神妙な状況でさらりと変態的行動を取るマスター、さすがです』
どういたしまして。『もちろん褒めてません』
ちなみにフィリアはティラの家にお留守番させている。あの子にこういう場は無理そうだしな。
しばらく退屈な時間が続いたが、祈祷の時間が終わると少し賑やかな空気になった。
祭事は終了し、これから宴会みたいなことが行われるという。
もうお喋りしても大丈夫そうなので、俺は転移魔法でフィリアを連れてきた。
宴会と言っても、エルフたちのそれはかなり静かなものだった。
大森林に感謝しつつ出された食事を採りながら、ご近所さんたちと談笑するという程度のもの。
お酒も少しは飲むようだが、アルコールが回って暴れ出すような傍迷惑なおっさんはいない。
「諸君、一つご報告がある」
そんな中、族長の一人であるティラパパが前に出てエルフたちに呼びかけた。
妻の病気が完治したことの報告だった。
すでに周知のことだったようだが、エルフたちはそれを聞いて破顔する。
だが続く言葉に、エルフたちの笑顔が凍った。
「妻を救ってくれたのは他でもない、彼――人族の青年だ」
その紹介を受けて、俺は前に出た。
同時に変身を解く。
「なっ……人族が、この里に……っ?」
「しかも、神聖な祭事場に足を踏み入れるなんてっ……」
多くのエルフたちが息を呑む。
あらかじめ事情を知らされていなかった反人族派の族長たちの中には、すぐさま俺を取り押さえようと動き始めた者までいた。
そのときだった。
不意に聞こえてきたのは、笛が奏でる美しいメロディー。
吹いているのはティラだった。
笛はエルフたちにとって最も馴染み深い楽器で、里の大半が嗜んでいるという。
その中でもティラの腕前は、神童と謳われたほどのレベルにある。
一瞬にしてエルフたちの心を鷲掴みにしていた。
さすがは俺の嫁だな。
『事あるごとに嫁、嫁と内心で言うところ、正直言ってかなり痛いです、マスター』
はいナビ子さんは黙る。
直後、どよめきが起こった。
その笛に合せ、いきなり俺が唄い出したからだ。
もちろんJ‐POPではない。
エルフたちの大森林に対する厚い信仰と感謝の想いを、自作の歌詞に乗せて唄ったのだ。
俺の歌を聞き、今にも躍り掛かろうとしていたエルフの族長たちが足を止めた。
それどころか、真剣な表情で歌に聞き入っている。
ざわめきはあっという間に収まっていた。
誰一人として、俺を止めようとする者はいない。
〈芸術・極〉
『〈芸術〉スキルは、幅広い分野の芸術に対応しています。例えば、演劇、創作、音楽など。マスターの〈芸術・極〉であれば、そのいずれにおいてもトップレベルの実力となります』
今の俺は最高峰の歌手だ。
それどころか最高の作詞家であり、役者でもある。
長い年月をこの里で過ごしてきたエルフに成り切って、彼らの琴線に強く触れる歌詞を最高の歌唱力によって唄っているのである。
彼らの心に響かないはずがないだろう。
……ちなみに本当の俺はド音痴。
やがて音楽が止んだとき、エルフたちは涙を溢れさせていた。
族長も、若いエルフたちも、皆。
エルフに成り切っていた俺もいつの間にか泣いていた。
エルフに変装したフィリアだけが不思議そうに首を傾げている。
「……素晴らしい歌だった……」
「なぜ、そこまで、我々の文化を……」
もはや俺に対し、嫌悪や侮蔑の視線を向けてくるエルフは一人もいなかった。
「私はカルナと言います。見ての通り、人族です。過去に俺と同じ人族が、あなた方の逆鱗に触れてしまったことは知っています。そのせいで、今もなお、人族への恨みを持っていることも」
俺は今度は誠実な人族の青年を演じつつ、彼らに語りかけた。
「けれど、人族にも、俺のようにあなた方の文化や価値観のことを理解し、崇敬している者もいます。あなた方と手を取り合い、互いに協力し合うことを願っている者もいるのです」
俺の訴えを、エルフたちは素直に聞いてくれていた。
「そのことを伝えたくて、今日はこの場に参加させていただきました。……この里に、そして神聖な場に無断で立ち入ってしまったことは、お詫びいたします」
「……あんな人族の若者がいたなんて……」
「彼は我々と同じく大森林に感謝を捧げる者ならば、種族など関係ない」
エルフたちが口々に俺を賛辞する。
最初は俺に嫌悪の視線を向けていた一部の族長たちも、今は完全にその表情を和らげていた。
と、そのときだった。
すでに暗闇に包まれていた辺り一帯に、突然、無数の緑色の輝きが浮かび上がった。
「な……これはまさか、精霊……?」
「大森林の精霊たちが姿を現したのかっ?」
「しかも、こんなにもたくさん……? 信じられん……」
エルフたちが口々に驚きの声を上げた。
精霊。
それは森羅万象に宿る霊的な存在だ。
古くは信仰の対象となっていたようだが、だんだんとその存在を知覚できる者が減ってきたこともあって、今では彼が言う通りほとんど伝説上の存在と化してしまっている。
だが彼らは今もありとあらゆる自然に宿っており、それはこの大森林も例外ではなかった。
こうした木や森に宿る精霊は、木精霊(ドリュアス)と呼ぶようだ。
幻想的な光景に、俺もエルフたちもつい魅入ってしまう。
まるで人族とエルフたちの友好を祝福しているかのようだった。
【おまけ】
「ぐおおお、シリアスは一話だけで精神が限界っ……。よし、次回は気力回復のためのペロペロ回だ!」
『……一体何を舐める気ですか、マスター』
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