第14話 住んでみたい場所ランキング一位・エルフの里の嫁の部屋
ティラが魔法の巻物を取り出した。
魔力を込めることにより、特定の魔法を発動することができるという魔導具だ。
「転移魔法の巻物です」
彼女は転移魔法を使うことができないため、ダンジョン内でもしものことがあったときに備えて持ってきていたのだという。
だが巻物は使い捨てで、しかも転移魔法用のものはかなり高価だそうだ。
まぁ転移魔法の使い手は珍しいみたいだからな。
だから普段は移動のために消費するようなことはしないらしいが、
「ダンジョンを無事に攻略できましたので、これくらいの贅沢は許されるでしょう」
ちなみに俺なら転移魔法を使えるんだが、この魔法、行ったことのある場所にしか行けないんだよな。
たとえ行ったことがなくても、〈探知・極〉で詳細情報を得れば可能なのだが、有効範囲は半径三キロメートルという制限があった。エルフの里はもっと離れている。
ティラがおずおずと手を差し出してきた。
「……つ、繋いでないと、一緒に転移できませんし」
頬を少し赤くして、ティラはぼそぼそと言った。
俺はティラの手を両手で握ると、その甲に頬をすりすりさせた。
「何やってるんですか(怒)。あなただけ連れていきませんよ?」
杖で頭を叩かれた。
それからフィリアも含めて親子三人で仲良く手を繋ぐと、ティラが巻物を使った。
一瞬にして周囲の風景が変わる。
どこかの部屋の中だった。
ログハウスのような建物なのか、壁は樹木の幹や枝を使って作られていた。
家具などが少なくてシンプルな室内だが、木の温もりが感じられて、どこかホッとする。
「ここは?」
「私の部屋です。……その、里にはあまり人族のことを良く思っていない人もいますので、転移先は家の中の方がいいかと」
というティラの説明を余所に、俺は近くにあったベッドに飛び込んでいた。
「ひゃっはーっ! ティラたんのベッドだーーーっ!」
さらに俺は枕に顔を埋める。
「うおおおおおおっ、ティラの匂いがするぅぅぅっ!」
「ママのべっどー」
俺のマネをしてか、フィリアがすぐ隣にダイブしてきた。
「よぉし、フィリア。俺と一緒にママの匂いを堪能するぞ!」
「たんのう、するーっ」
「すぅーはーすぅーはー」
「すーは、すーは」
全身全霊でティラ成分を味わう俺とフィリア。
楽園とはここか。
ここだったのか!
ブチッ。
そのとき血管が切れるような音が聞こえてきた気がした。
視線を向けると、ティラが拳を握りしめ、ぷるぷると全身を震わせていた。
「……何を、やっているのですか……?」
――この後、めちゃくちゃ怒られた。
しかも俺だけ。
不公平だ!
『マスター、当然かと』
俺も幼女になりたいです。
『〈変装・極〉を使えば可能です。見た目だけなら』
「マジか」
◇ ◇ ◇
「す、っげぇ……」
部屋の外に出た俺は、目の前の光景に息を呑んだ。
信じられないほど巨大な木々が乱立する大森林が広がっていたのだ。
確か向こうの世界では、最も高い木が百メートルちょっとだった。
だがこの森の木は、どれも余裕で二百メートルを超えている。
さすが異世界だ。スケールが違う。
それに、本当に樹の枝の上に家が建っている。
幹と幹が橋で結ばれていて、樹の間を移動することができるようだ。
「ここがエルフの里。そして、大森林です」
ティラが少し誇らしげに教えてくれる。
「しゅごーい!」
この大自然を前に興奮したのか、フィリアがぴょんぴょん飛び跳ねながら歓声を上げた。ウサギみたいでかわいい。
俺たちは回廊のような廊下を通って、別の部屋へと移動する。
それにしても、この家かなりでかいな。
もしかしてティラの実家は金持ちなのかもしれない。
スキルを使って調べようと思えば調べられるのだが、一応そこは個人情報ということで。俺って意外と真面目じゃね?
『女性のスリーサイズを平然と鑑定していたというのに、今さらですか』
ナビ子さんが何か言ってきた気がするが、気にしない。
「帰りました、ティラです。失礼します」
「どうぞ」
中に入ると、ベッドの上でゆっくりと身を起こす一人の女性がいた。
ティラとよく似ていた。
フィリアがびっくりした顔で「ママがふたり?」と呟いたほどだ。
「お帰りなさい、ティラさん。無事で何よりよ」
「はい、お母様」
どうやらティラの母親らしい。
二十代にしか見えないんだが、鑑定してみると64歳だった。
さすが長寿種のエルフである。
だが見た目の若さとは裏腹に、少しやつれているように見えた。
恐らく不治の病とやらのせいだろう。
……なるほど。確かに。
彼女の身体から、通常ではありえない量の体内の魔力が放出し続けているのが俺には見て取れた。
魔力は絶えず体内で作られ続けているが、それでも常時あの量が外に出続けているとなると、いずれ枯渇し切ってしまうだろう。
魔力の消耗は精神力の消耗に繋がり、そして生命力すらも奪う。
高い魔力量を有するエルフでなければ、もうとっくに限界がきていたかもしれない。
「ティラさん、そちらの人族の方は?」
ティラママの視線が俺の方へと向いた。
確かにティラとよく似てるけど、もう少しおっとりしている感じだな。優しそうだ。
「私の恩人です。彼のお陰で、今回、無事にダンジョンを攻略することができたのです」
「あら、そうだったの」
ティラの紹介を受けて、俺は前に出た。
「カルナと言います」
「カルナさん、ですね。娘を手伝っていただいて、ありがとう」
「いえ。大したことはしていません。そんなことより、お母さん、お願いがあります」
「はい、何ですか?」
ティラそっくりの顔で訊いてくるティラママ。
俺は彼女の目を真っ直ぐ見て、言った。
「娘さんを俺に下さい」
「いきなり何を言ってるんですかッ!?」
「いいですよ」
「何で認めてるんですッ!?」
お母上の許可が下りたぁぁぁぁっ!
俺、ガッツポーズ。
「ちょ、お母様!? え、え? ここまでのやり取りで娘の結婚を認める要素ありました!? なかったですよね!?」
「そうね……強いて言えば、認めないと怖いことされそうな気がしたことかしら……」
「それ余計に認めちゃダメですよね!?」
ティラが目を剥いて母親に詰め寄る。
「でも、こんなに目が血走っていて、鼻息を荒くしているなんて……それだけあなたのことを愛してくれているという証拠じゃないかしら?」
「全然違いますよ!? それを愛という言葉で表現しないでください! むしろ愛という言葉に謝るべきレベルですから!」
「ごめんなさい、愛」
「本当に謝った――――ッ!?」
はぁはぁ、とツッコミを入れ過ぎて息を荒らげるティラ。
「……? わたし、また何か変なこと言ったかしら?」
そんなティラの様子を不思議そうに見ながら、ティラママは可愛らしく首を傾げた。
てか、ほんとにかわいい。こんな人を蝕む病とか、マジ許せん。
「……それにしても、随分と変わった人なんだな」
俺はぼそりとティラに耳打ちした。
「あなたにだけは言われたくないですけど、その通りです。お母様は、昔からこうで……」
ティラのツッコミが鋭い理由が分かったような気がした。
「それで、そちらの子は?」
ティラママがフィリアを見て訊いてくる。
俺は答えた。
「俺たちの娘です」
「さらに話がややこしくなるので、もうちょっと段階を踏んだ説明をしていただけませんかね!?」
「あら、ティラったら、いつの間に産んだの? やだ、わたしもうお婆さんになっちゃったなんて……どうしようかしら」
「お母様も人の話をすぐに鵜呑みにしないでください!」
そんなこんなで、俺はティラの実家にやってきたのだった。
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