嫁と娘と里帰り編

第13話 孝行娘

 塔は今にも崩れそうだというのに、ティラは必死で大賢者が遺した研究資料を掻き集めていた。


「私はこれをエルフの里に持ち帰らなければいけないんです……っ! カルナさんはフィリアちゃんと先に脱出してください!」

「そうか。よし、分かった!」


 地響きが轟く中、俺は頷きつつその場にしゃがみ込んだ。


「っ……カルナさん……?」


 時間がない。

 俺は床に手を振れた。〈鑑定・極〉を使い、すぐさまこの塔のことを調べる。接触することで、より詳しく解析することが可能なのだ。


 ……なるほど。


 この塔は、それ自体が一つの巨大な魔導具のようだ。

 本来なら建築理論的に建っているはずのない構造をしているが、膨大な魔力によって維持されていたという。


 だがその供給源であるオーエンが昇天したことで、崩れ始めてしまったのである。

 しかもオーエンは大賢者の名に相応しく、ほぼ無限とも言える魔力量を有していた。ロリコンだが。

 彼だったからこそ、この塔を維持し続けることが可能だったのだ。

 だが――


『マスターの無尽蔵の魔力は、大賢者に勝るとも劣りません』


〈魔力量上昇・極〉:魔力値が+9999

〈魔力回復・極〉:一秒ごとに魔力が999回復。


 俺の持つチートスキルもまた、それを可能にする。

 俺は魔力を解放した。


「な……なんて、濃密な魔力なんですか……」


 俺の身体から溢れ出る凄まじい量の魔力を感じ取ったのか、ティラが思わずといった様子で手を止めた。

 さらに〈魔力操作・極〉スキルを使い、その魔力を塔へと注入。

 魔力路を通じて膨大な魔力が循環していく。


『恐らくこれで崩壊は収まることでしょう』


 ナビ子さんが言う通り、やがてゆっくりと揺れが収まっていった。


「ふぅ。どうにかなったみたいだな」


 俺は大きく息を吐いた。

 ずっと魔力を放出し続けているが、同時に回復し続けてもいるので、永遠にカラになることはない。


「もう大丈夫だ。爺さんの研究資料、ゆっくり集めようぜ」



   ◇ ◇ ◇



『大賢者の塔』がガラガラと崩れ落ちていく。

 もうもうと土煙が上がり、大地が揺れる。

 俺たちはその様子を離れた場所から見守っていた。


「……なんだか少し、勿体ない気がしますね」

「まぁな。なかなかの傑作ダンジョンだったしな。……結局、装備無しでの攻略はできなかったか」


 さすがに俺がずっと魔力の供給をし続ける訳にもいかず、外に脱出(俺が転移魔法を使った)すると同時に供給を絶ったのだ。中にいた冒険者たちは、最初の揺れの際に危機を感じて逃げたらしく、あの塔の中には誰もいない。


「それに俺たちの出会いの場だ。思い出として残しておきたかったんだけどな」

「……二度と思い出したくないくらい酷い出会いでしたけど」


 あれ、おかしいな?

 ティラがじっとりとした目で睨んできてるぞ? 俺、何かしたっけ?


『あんなトラウマを植えつけておいて、なに惚けておられるのですか、マスター』

「そっか。お互い全裸で出会い頭にぶつかっちゃったんだっけ」

「何で私まで変態にされてるんですか!? 裸だったのはあなただけです!」


 少女漫画でよくあるパターンだよね。


「パパ、パパ!」

「ん、どうした、フィリア?」

「おんぶ、おんぶ!」

「よしよし」


 あの塔で生まれたフィリアだが、初めて意識を手にしたのはつい先ほどのことだ。

 壊れていく塔を見ても、感慨などはないのだろう。

 オーエンの爺さんにはちょっと気の毒だけどな。


「それにしても、何で黙ってたんですか。魔法も使えるってこと。浄化魔法だけじゃなくて」

「剣だけでも攻略できそうだったからな」

「……そうですか。まぁ、今さらそれくらいじゃ驚きませんけど……」


 ぶつぶつと呟くティラは、心なしか自信を喪失している様子。


 問い詰められたので白状したが、やっぱり黙ってた方がよかったかもな。

 超級や神級の魔法まで使えることは、さすがに言わないでおいたが。


「……つまり、私なんかいなくてもよかったと……むしろ足手まとい……」

「そんなことないって。ティラの存在はすげぇ重要だったよ」

「……本当ですか?」

「ツッコミ役として」

「その役目ダンジョン攻略に必要ないですよね!?」


 ナイスツッコミ。

 俺にはナビ子さんという隠れツッコミ役もいるんだけどね。


『マスターは存在そのものがボケですので、単独ではツッコミが追い付かないところでした』


 ただしかなり辛辣である。


「それより、里に戻るんだろ?」

「あ、はい」


 実は彼女の母親が、どんな優秀な治癒術師さえも匙を投げた、ある不治の病にかかっているのだという。

 それを治す方法が、大賢者の遺した研究の中にならば見つかるかもしれない(あの爺さん、回復魔法にも長けてたそうだ)。

 そう思い、危険を冒して単身でダンジョンに挑んでいたのだという。


 何て健気でいい子なんだろうか。

 感動のあまり抱き締めたくなる。


「ちょ、何ですいきなりっ?」


 本当に抱き締めようとしたら避けられた。


「でも、本当に良いんですか、私が先で……? ギルドに持っていけば、カルナさんはすぐにでも大金持ちになれるのに。そもそも、攻略できたのはほとんどカルナさんのお陰ですし」

「いいって」

「膨大な量なので、いつになるか分かりませんよ?」

「大丈夫大丈夫」

「……ありがとうございます」


 ティラが嬉しそうに微笑む。

 その笑顔を見られただけでも安いもんだと俺は思った。


「じゃあ、行こうか」

「はい」

「それにしても、エルフの里か。すげぇ楽しみだなぁ。自然いっぱいだし、やっぱり樹の上とかに家があるんだよな?」

「そうですね。大森林は雨期になると地面が川のようになってしまうので、可能な限り高いところに家を――――って、えっ?」


 ティラが訝しげに俺を見てくる。


「ん、どうした?」

「何で当たり前のように一緒に行こうとしてるんですっ?」

「え? ダメなの?」

「だ、ダメじゃ……ないですけど…………一応、お世話になりましたし……」

「俺ら夫婦だし」

「それ既成事実化させないでくださいって!」


 この世界って婚姻届とかないのかな? エルフだとまた風習が違いそうだ。

 俺はフィリアの柔らかい髪を撫で撫でしつつ、


「フィリアもママの家、行きたいよな?」

「いきたーい!」

「うぅ……だから子供を使うのはズルいですって……」


 フィリアたんは無敵である。


 まぁ俺自身がエルフの里に行ってみたいというのもあるが、それよりも重要なのは、もちろんティラの母親の病気のことだ。


 たとえ大賢者の研究資料に、現代にはない高度な回復魔法についての情報があったとしても、それを実際に発動できるかどうかは別問題である。

 修得するにしても時間はかかるだろうし、それまでティラの母親の容態が持つかどうかも分からない。


『マスターであれば、治せる可能性は極めて高いでしょう』


 俺は〈回復魔法・極〉を持っているからな。

 ティラの母親の病気を鑑定すれば、その原因も分かるだろう。


「はぁ、分かりました……。一応、カルナさんには借りもありますし、仕方がないです。では一緒に行きましょう」


 最後は頷いてくれたティラだが、彼女が及び腰になってしまう気持ちも分かる。


「どうしても緊張してしまうものだよな。親に好きな男性を紹介するのって」

「やっぱり連れていくのやめましょうかね?」

『マスター、そういうのを独り合点といいます』

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