第12話 既成事実の作り方

 幼女型の魔導人形が瞼を開けた。

 そして、台の上でゆっくりと身体を起こす。その動作は人形とは思えないくらい滑らかで自然なものだった。


『お、おおおっ! う、動いた! ついに、ついに動いたぁぁぁっ!』


 幽霊と化した古の大賢者が感動の叫び声を上げた。


「……?」


 きょとん、と小首を傾げる幼女。

 ツインテールにまとめられた青みのある黒髪が、傾けられた頭部に合せてさらりと流れる。

 ちなみにツインテールは大賢者の趣味だ。


『うおおおおおおおおおおおおっ! きゃわいいいいいいっ! なんと愛くるしい仕草なんじゃあああああっ!』


 滂沱のごとく涙を流し、黄色い声を轟かせる大賢者。

 端的に言ってやばい。

 そんな彼を、幼女は不思議そうに見つめている。


『そうじゃ、ミレーユ! わしがお前の主人じゃ! さあ、わしの胸に飛び込んでおいで!』


 ちなみに今、ティラはゴミでも見るような目で大賢者を見ている。

 もはや魔術の大先輩に対する尊敬の念など、欠片も感じられない。


 そのときだった。 

 突然、幼女の視線が大賢者から外れた。

 そして彼女は満面の笑みを浮かべ、


「パパぁ~っ」


 という言葉とともに抱き付いた――――俺に。


「あ~、よしよし、俺がパパでちゅよ~」

「んふぅ」


 俺が頭を撫で撫でしてやると、幼女は気持ちよさそうに身を捩る。しかし撫でているこっちも気持ちいい。艶やかで柔らかなこの髪質、まさに一級品だな。

 幼女は不思議そうな顔をして、呆然としている大賢者を指差した。


「ねぇ、パパ、あのおじいちゃん、だれ? なんで、ないてるの?」

『な……ん、だ、と……?』


 愕然と目を見開く大賢者。


「たぶん何か悲しいことがあったんだろうな。それにしても優しいなぁ、は」

「フィリア、えらい?」

「ああ、偉いぞ、フィリア」

『ふ、フィリア、じゃと……? ま、まさか、貴様っ……』

「ちょっと俺好みにイジってみましたけど、何か?」


 そう。

 俺は魔導人形を完成させるとともに、その知能システムを改変しておいたのだ!


「ちょ、何やってるんですか――――ッ!?」


 今までで一番大きなツッコミを入れてくるティラ。


「ごめんな、爺さん。……たぶん、幽霊のあんたの娘になるより、俺の娘になった方がこの子の幸せのためだ」

『マスターは変態の上にロリコンでしたか。早く収監された方が世界のためでは?』


 いやいや、ナビ子さんや。

 俺は別にロリコンじゃないからね。

 本当にこの子のことを想っての行動だからね?


『き、き、貴様ぁぁぁっ! 謀ったなぁぁぁぁっ!』


 大賢者が怒声を轟かせる。

 ビリビリと周囲の空気が震えた。

 しかし俺はそれに動じることなく、はっきりと言ってやった。


「あんたはもう昇天すべきなんだよ。禁呪がどれほどヤバいものか、あんたほどの魔術師なら理解しているはずだ」

『こ、小僧のくせに、わしに説教をするかッ!?』

「ああ。こんなことのために禁呪を使っちまう耄碌爺さんには、馬の耳から念仏かもしれないけどな」

『貴様ァッ! 殺してやるッ! 殺してやるゥゥゥゥッ!』

「そうはいくか」


 俺は素早く詠唱し、一瞬で魔法陣を展開する。


『なっ! こ、これは――ッ!?』

「見ての通り、浄化魔法だ」


 俺は〈死霊術・極〉というスキルを有している。これは名前の通り、死者を扱う魔術であるが、その中には悪霊などを浄化する魔法も含まれていた。


『ま、待てっ、わしはまだ、消えたくは―――』

「じゃあな、爺さん」

『――おのれェェェェッ!』


 浄化の光に包まれ、古の大賢者の身体が消えていく。

 後には何も残らなかった。

 完全に消滅したのだ。


「お、終わった……んですね?」


 ティラが恐る恐る訊いてくる。


「ああ」

「それにしても、カルナさん……あなた、浄化魔法なんて使えたんですか……?」

「うん」

「だったら最初から使ってくださいよっ」

「いやぁ、大賢者さんの怒る顔を見たくて」

「しかも物凄く酷い理由だった!?」

「最後に短い間だが夢を見させてやったんだ。あいつも本望だろうよ」

「その夢を思いっ切りぶち壊しましたよね!?」


 ティラと仲良く言い合っていると、幼女型の魔導人形――フィリアがくいくいと遠慮がちに俺の服の袖を引っ張ってきた。


「パパ……」


 それからティラと俺の顔を交互に見てくる。


「フィリア。あの人がお前のママだぞ」

「ママ? ……ママなの?」

「そうだ。フィリアのママだ」

「ママぁっ!」


 フィリアが嬉しそうに破顔し、ティラに抱き付いた。


「ちょ、何で私が母親になってるんですか!?」

「ママ……フィリアの、ママじゃないの……?」


 瞳を潤ませ、フィリアがティラを見上げている。


「うっ……そ、そんな顔で見られたら……」

「フィリア、ママいないの……?」

「ううん、そんなことないですよ、フィリアちゃん。私がママですよ」

「わぁっ! ママ! ママ!」


 ティラはあっさりと陥落した。

 さすがは天使の涙。子供は強い。


「これで俺とティラは晴れて夫婦だな!」

「既成事実作られた―――ッ!?」


 愕然と叫ぶ俺の嫁。


 ふっふっふ。

 実は大賢者の幽霊を倒すための作戦を練ったとき、俺はすでにこの展開まで見越していたのだ!


『マスター、〈思考加速・極〉を使われましたね?』


 その通り。


『マスター+〈思考加速・極〉=完全犯罪。……もはや世界の危機ですね』


 何で俺が罪を犯す前提になってるんですかね?

 見てろよ、俺の善人っぷりを。

 俺はフィリアに優しく問いかける。


「フィリア、妹か弟が欲しくないか?」

「ほしい!」


 無邪気に笑うフィリア。とてもかわいい。


「そうかー。欲しいかー。ママが作ってくれるって」

「なに言ってるんですか!? 作りませんよ!?」

「ママ、つくってくれないの……?」


 しゅんとなるフィリア。

 その反応を見て、ティラが「うっ」と怯む。


「こ、子供をそんなことに利用するなんてズルすぎます!」

『……マスター、今のやり取りの一体どこに善の要素が?』


 俺に向かって怒鳴ってから、ティラは深々と溜息を吐いた。


「はぁ……何だかもう、叫び過ぎて疲れました……」

「確かに、突っ込みどころの多いラスボスだったからな」

「半分以上はあなたのせいなんですけど。その辺、自覚してます? 自覚してます? してませんよね?」

「ちょ、杖の先端で俺の鼻の穴を突くのやめて。それ、魔法を使うためのものだから。俺の鼻の穴をぐりぐりするためのものじゃないから」


 だんだんティラの俺に対する遠慮がなくなってきている気がする。

 心の距離が近づいたってことかな!


『マスターは常に前向きですね。いえ決して褒め言葉ではなく』


 と、ナビ子さんが俺を褒めてくれたそのときだった。『だから褒めてません』



 ――ゴゴゴゴゴゴッ。



「きゃ」


 いきなり凄まじい震動が起こり、ティラがよろめいた。

 フィリアがびっくりしたような顔をして、俺の足にしがみ付いてくる。


「何だ?」


 地震か? いや、この塔だけが揺れているのか?

 俺は〈鑑定・極〉で調べてみた。


 ……って、マジかよ。

 どうやらこの塔、崩れるらしい。

 塔を維持していた大賢者が昇天したせいだという。


「ティラ、すぐに脱出するぞ」

「っ! ま、待ってください!」

「ティラ?」

「大賢者の研究記録を回収しないとっ! それを手に入れるために、私はここまで来たんですから!」


 血相を変え、ティラが部屋のあちこちに散らばっていた資料を掻き集めはじめる。

 塔は今にも崩壊しそうだ。

 それでもティラは必死に資料を集めていく。


「私はこれをエルフの里に持ち帰らなくてはいけないんです……っ!」

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