第10話 ラスボス(よわい)

 百階へと続く階段の前で、俺たちはいったん立ち止まった。


「いよいよですね」

「そうだな」


 ついに次が最上階だ。否が応でも緊張が高まる。


「……あの、すいませんでした。柄にもなく、テンションが上がってしまって……」


 急におずおずとティラが謝罪してきた。


「いいよ。そんなティラもかわいかったし」

「……もうっ、やめてください。そうやって、私をからかうのは」


 本当のことを言ってるんだけどなぁ。


「さて、泣いても笑っても最上階だ。行くぞ」


 俺は気合を入れた。


「あ。その前に下ろしてください」

「頑張ろうぜ、ティラ」


 頼れる仲間に声をかけることで、さらに闘志を湧き立たせる。


「下ろしてください」

「さぁて、最後の戦いだ!」


 拳を握り上げ、えいえい、おー。


「絶対聞こえてますよね!? 下ろしてくださいって! 人に負ぶわれたままラスボス戦とか、恥ずかしいじゃないですか!」


 ティラの悲鳴が響き渡る。

 彼女はまだ、俺の背に負ぶわれたままだった。


「大丈夫、誰も見てないから」

「私の矜持的に嫌なんですけどっ」

「残念だけど、俺はもうティラと密着してないと生きられない身体にされてしまったんだ」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいっ!?」

『マスター、はっきり申し上げると非常に気持ち悪いです』


 ナビ子さんは相変わらず辛辣な毒を吐いてきますね。


「あと、ティラの吐息が首筋にかかってハァハァ」

「ただの変態じゃないですか!? って、お尻掴んで降りるのを妨害しないでください!」

「お尻揉まれて興奮するティラたんハァハァ」

「興奮してません!」

「イテッ、ちょ、髪の毛引っ張らないでっ、禿げる!」

「全部抜いて禿げ頭にしますよ!?」

「そうなる前に、いざ突撃っ!」

「ひゃっ」


 俺は階段を駆け上がった。

 ティラの脱毛作戦に耐えつつ、ようやく百階層に到達する。


 そこには広大な空間が広がっていた。

 そしてその中央に、全長五、六メートルはあろうかという巨大な生き物が。



レッドドラゴン(ボス)

 種族:赤竜族

 レベル:60

 スキル:〈炎の息〉〈咆哮〉



「レッドドラゴンっ!? どうやら、あれがこのダンジョンのラスボスのようですね……。……っ、ま、マズイですっ、火の息が来ます! レッドドラゴンが吐く高熱の炎は、真面に浴びたら骨も残りません! 早く逃げてくださいっ……」

「よし、正面突破ぁぁぁっ!」

「人の話聞いてました!?」


 レッドドラゴンの喉首がボコリと膨らんだかと思うと、赤々と燃える火炎が口腔から吐き出された。

 次の瞬間、俺は思いきり地面を蹴った。

 石造りの床が陥没し、石片が後方へ四散する。

 ゴオオオッ、とすぐ足元を凄まじい炎が擦過。ギリギリで躱したのだ。ティラが耳元でキャーと叫んでいる。


 俺は跳躍の勢いそのままにドラゴンの頭上へ。


「おおおおおおっ!」


 大上段に剣を構え、レッドドラゴン目がけて思いきり振り下ろした。



 パキィィィンッ!



「って、剣が折れたっ?」

「レッドドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬いんですっ! カルナさん、予備の剣……は持ってないですよね……。……くっ……さすがのカルナさんでも、徒手空拳では……ここはいったん、退いて……」

「よし、だったら拳だ!」

「だから人の話聞いてます!?」


 俺は剣が駄目なら拳があるじゃないとばかりに、今度はレッドドラゴンへ拳を叩き込む。



 ズゴォンッ!!!



 凄まじい殴打音が轟き、レッドドラゴンの巨体が勢いよく地面に叩き付けられる。

 俺が殴った部分の鱗が大きく凹み、中から血がブシュゥゥッと噴き出してきた。


「レッドドラゴンの鱗を拳で粉砕した――――ッ!?」


 ティラが驚愕の叫びを上げる。


「あ、あなた剣士じゃないんですかっ!?」

「剣士たるもの、時には拳で語ることも必要だからな」

「全然まったく意味が分からないです!」

「理屈じゃない。心で感じるんだ。大丈夫、長年連れ添った俺とティラは、もう完全に気持ちが通じ合っているから」

「私たちまだ出会ったばっかりですよね!?」


 まぁ悪い剣ではなかったが、ぶっちゃけ俺の拳の方が攻撃力が高いんだよな。


『5473のダメージ。まだ生命力を刈り切れていません。ご注意を』

「オアアアアアアアアアアアアッ!」

「一撃じゃ仕留められなかったか。タフだな」


 レッドドラゴンが怒りの形相で躍りかかってきた。

 だがそのとき、ティラが上級魔法を発動。

 雷撃がレッドドラゴンを襲う。


「ギャアアアアアッ」


 全身を焼かれ、レッドドラゴンが絶叫を轟かせる。


『873のダメージです』


 レッドドラゴンの鱗は魔法にも強い耐性を持つらしいが、俺が鱗を破ったこともあり、体内にまで電流が流れたのだろう。


「上級魔法、使えたんだな」

「はい。詠唱に少し時間はかかりますが、一応。先ほどカルナさんが剣を破壊されたときに、これは上級魔法を使わないと倒せないと思い、詠唱を始めていたのです」

「詠唱しながら、よくあんなにバンバンとツッコミ入れられたよな……」


 随分と器用だった。

 レッドドラゴンは息絶えたようで、灰と化していく。


「ふぅ。私も少しは役に立てて良かったです」

「むしろ、完全にいいとこ持ってかれちまったな」


 てか、意外と弱かった。

 あれでラスボスか。呆気ない。


「さて。何とかって人が遺した研究資料を探すか」


 と、そのときだった。

 突然、ティラが俺の背中にギュッと抱き付いてきた。


「……そうか。ついにティラも俺のことを受け入れて――」

「ち、違いますっ。それより、あ、あそこにっ……」


 ティラが震える声で指差したその方角を見遣る。

 そこにいたのは老人だった。

 だが空中に浮かんでいる。最初は魔法だろうかと思ったが、よく見ると老人には足がなかった。いやそれどころか、身体が薄らと透けている。


 まさか、幽霊?


『はい。死者の怨念によって生み出されるモンスター、ゴーストです』


 ナビ子さんが教えてくれる。


「……何者だ、あんた?」


 俺の誰何に、幽霊が重々しく口を開いた。


『――わしはオーエンじゃ』




 ダンジョン作った本人が登場したんですけど。

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