第9話 ハイテンションエルフ

 俺はエルフの少女、ティラとともに複雑なダンジョンを進んでいた。


 途中で骸骨騎士が剣をドロップしたので、俺はそれを腰に下げている。装備無しでの攻略は失敗に終わったし、ここからは剣を使って戦おう。


「私、以前にも四十階まで一人で上ってきたことがあるんです。ですが、あのときはボスを倒せなくて……。それで再挑戦した今回は、四十階のボスにはどうにかリベンジできたのですが、今度は五十階のボスに苦戦してしまい……」


 どうやら彼女は、これまでにも幾度もこのダンジョンにチャレンジしてきたらしい。


「そこを俺が助けたってことか」

「……そうですね。もっとも、助けがなくても倒せていたとは思いますけど」

「いやいや、明らかにヤバかったよな?」

「そ、そんなことありません。呪文の詠唱は終わりかかってましたし……」


 負けず嫌いな子なんだろう。

 ……某女騎士さんと似てるな。


「ちなみにさ、だったら何で最高到達記録が三十四階ってことになってるんだ?」

「私は冒険者ではないですし、どこにも報告してませんので。なので公式記録では、アルサーラ王国の姫騎士が到達した三十四階ということになっているのだと思います」

「あいつだったのかよ!」


 どうやら記録保持者はエレンだったようだ。


「お知り合いですか?」

「一応、ちょっとだけな」

「本当は五十階まで行く予定だったにもかかわらず、自らトラップに引っ掛かっていくせいで、三十四層で食糧が尽きて断念したと聞いてますが……」


 ああ、あいつ確かにトラップにかかりそうだな。警戒心とか薄そうだし。


「てか、剣士ならともかく、魔法使いのソロでよくここまで来たよな」

「森に棲むエルフは普段、狩りをして生きていますので。魔法使いとは言え、身体能力にも自信があるんです」

「へえ」

「ところでカルナさんは剣士だったんですね? ……なのになぜ素手だったのか理解に苦しみますが……いえ、服すら着ていなかったのでそれ以前の問題ですか……。……それはともかく、前衛をお任せしてもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 本当は魔法も使えるんだが。

 まぁせっかくティラがいるんだし、魔法は彼女に任せよう。







 それから俺たちは六十階、七十階と、順調に踏破。

 そしてついに――



「――食糧が尽きました」



「やべぇじゃん」

「って、カルナさんのせいでしょうっ? 私は十分な量を持ってきていたのに、あなたに分けてあげたせいで無くなってしまったんですから! そもそも何でダンジョンに潜るのに、何の食糧も持ってきてないんですかっ」

「いやぁ、夕方までには帰れるかなって」

「バカなんですか? 遠足じゃないんですよ?」

「怒った顔もかわいいなぁ」


 女の子に責められるとちょっと興奮しちゃうよね。


『ドSの上にドMですか。マスターの性癖は留まるところを知りませんね。〈変態・極〉スキルでも保有しておられるのかと疑いたくなります』


 ぶっちゃけ、ダンジョン攻略にこんなに時間がかかるとは思ってなかったんだよなぁ。


 それに、食事をとらないと徐々に生命力が減って行くのだが、俺は9999だからな。

 加えて〈自然治癒・極〉があるし、減ってもすぐに回復する。結果、食べなくても生きて行けるらしい。

 食事をとらなくても生存していけるって、この世界の物理法則は一体どうなっているのやら。


 え? なのに何でティラの食糧を分けてもらったかって?

 美味そうだったから!


 けど、このままではティラが空腹で死んでしまう。それはとても困る。


「どうするんですか……これでは最上階まで行けませんよ。それどころか、今から引き返すとしても果たして体力が持つかどうか……」

「仕方ない。最終手段を使うか」

「最終手段……ですか?」


 ――そして、一分後。


「何でこんなことになってるんですかぁぁぁっ?」


 ティラの悲鳴がダンジョンに轟いていた。




   ◇ ◇ ◇




 最終手段を発動した俺は、ティラと合体していた。

 ……正確に言うと、彼女を背中に負ぶっていた。


「――って、何で私、背中に乗せられているんですかっ?」

「このまま俺が全力で走る。そうすれば最上階まで一時間もかからないらしい」

『はい。マスターの走力、持久力であれば十分に可能です』


 俺には〈身体強化・極〉で強化された身体能力がある。

 しかもナビ子さんのお陰で、途中で迷うことはない。最上階までは最短距離だ。


「は、走るって、どれだけ距離があると思ってるんですっ」

「体力には自信があるんだ。それにティラは軽いしな。あと柔らかい」

「やわっ……お、下ろしてくださいっ」

「大丈夫大丈夫」

「……わ、私、ここ数日、お風呂入ってないですし……たぶん、匂いとかも……」


「むしろ大歓迎だッ!」


「この人、やっぱり変態でした―――ッ!? い、一刻も早く下ろしてくださいッ!」

「だが断る」


 俺はティラの太腿を腕でがっちりホールドした。

 バタバタ暴れてくるが、逃さない。逃してなるものか!


 ていうか、全然変な匂いしないけどな。

 くんくん、すーはーすーはー。うん、むしろいいにおい。


「ちょ、嗅がないでくださいよっ! ――ひゃっ?」


 俺はクラウチングスタートの体勢を取った。

 よーい、どん!

 一気に加速。


「きゃああああ!?」


 悲鳴を上げるティラ。

 振り落されかねないと思ったのか、俺の首に腕を回し、思いっきり密着してくる。

 お陰で俺の背中に、彼女の胸の感触が……あんまりないな。

 残念。どうやらティラは貧乳らしい。


ティラ

 身長154センチ

 体重43キロ

 B65 W54 H66


 あー、Aカップですね……。


「……今、何か失礼なこと考えてませんか?」


 首筋にジトっとした視線を感じた。この子、エスパーかな。


「それより、前方にモンスターだ。突っ込むぞ」

「突っ込むって……ちょ、本気ですかっ?」

「俺はいつだって半分くらいは本気だ」

「それかなり適当な方ですよね!?」

「ティラは魔法で援護してくれ」

「ああもう、分かりましたよっ」


 前方に現れた一つ目の巨人――サイクロプスの集団へ、俺は真っ向から突撃していく。

 ティラが中級魔法を唱えた。

 凍てつく冷気がサイクロプスたちを襲い、その身体を凍らせて動きを鈍らせる。


「ナイス、ティラララ!!」

「変な呼び方しなでくださいっ」


 俺はティラを背負ったまま、サイクロプスたちの間を駆け抜けた。

 何体かは邪魔だったので拳で殴り飛ばしつつ、強引に突破する。


 次々と襲いくるモンスターたち。

 今までならまともに相手をしていたが、ほとんど無視して走り抜けていく。


「一体、どんな体力しているんです……っ?」

「ティラが背中にいてくれるだけで、幾らでもエネルギーが湧いてくるんだよ。たぶん、愛の力ってやつ?」

「なに馬鹿なこと言ってるんですか!」


 後頭部をぽかぽか殴られた。


 気づけばあっという間に次階に続く階段。

 その階段も一気に駆け上がり、次の階へ。

 そしてまたモンスターをシカトしつつ、階段を目指す。


 今までのペースが嘘のように、どんどん攻略が進んでいく。

 あっさりと八十階のボスも粉砕してやった。






 九十階を目前にした頃、ふと俺は異常に気が付いた。


「ティラ、大丈夫か? ……ティラ?」


 最初は俺が飛んだりしゃがんだり曲がったりする度に「ひぃ」とか「きゃ」とか言っていた彼女が、いつの間にか無言になっていたのだ。


「ふふっ」

「ティラ? どうし――」

「あはっ……あはははははっ!」


 この子、いきなり大声で笑い出したんですけど!?


 もしかして恐怖でおかしくなったのか。

 やべぇ、もうちょっと速度を落とすべきだったか……。


『マスターが変態なのが悪いかと』


 いや変態は関係ないよね?


「ははははははっ!」

「あの……ティラさん……? えっと……」

「ほんっとに、出鱈目な人ですね、あなたはっ!」


 それからティラは捲し立てるように叫んだ。


「こんなに走り続けているのにまったく疲れてないし、モンスターの大群に馬鹿みたいに突っ込んでいくし、ボスはあっさり瞬殺するし! 出鱈目にもほどがありますよ! 下手なモンスターなんかよりも、よっぽどモンスターです! お陰で常識的な考えばかりしていた自分が、何だか馬鹿らしく思えてきました!」


 これは褒められているのか?

 それとも貶されているのか?


「このまま百階まで行っちゃいましょう! そしてラスボスも瞬殺です!」

「あ、ああ」

「なんですかその曖昧な返事は! ほら、もっと速度上げてください! あなたならできるでしょう!? ゴーゴーっ! あははははっ!」



 テ ィ ラ が お か し く な っ て し ま っ た !



 あ、けど。

 さっきはにべもなく拒否られたが、今のテンションなら触らせてもらえるかもしれないぞ!


「ティラ」

「なんですっ?」


 俺は意を決し、言った。


「ちょっとおっぱい触らせてくれない?」

「何でさっきよりハードル上がってるんですか!?」

「先っちょだけ、先っちょだけ」

「余計にダメですから!」


 駄目だったか……。


『むしろなぜ可能だと判断されたのか、理解に苦しみます』


 そんなこんなで、俺たちはついに前人未到の最上階へと辿り着いたのだった。

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