第8話 エルフ少女を助けたのに逃げられた

 五十階のボス部屋に辿り着くと、先客がボス――ケルベロスと戦っていた。


 魔歩使いっぽい格好をした少女だ。

 頭に被ったとんがり帽子から流れる、艶やかな金髪。

 そして、ピンと先端の尖った耳――


 エルフ、キターーーーッ!



ティラ 21歳

 種族:エルフ族

 レベル:36

 スキル:〈雷魔法〉〈火魔法〉〈風魔法〉〈弓技〉

 生命:846/901

 魔力:628/1132

 筋力:274

 物耐:265

 器用:301

 敏捷:298

 魔耐:314

 運:178



 鑑定してみても、確かにエルフだ。

 見た目は十五、六といったところだが、年齢は21歳だった。


『エルフ族の寿命は人間の約三倍。200年弱と言われています』


 そのエルフ少女へと三つの首が次々と襲いかかり、その華奢な体躯を噛み殺さんとしている。

 しかし少女は素早いステップでそれらを回避。

 同時に呪文を詠唱していたらしく、手にした杖の先端に魔法陣を展開させる。

 強烈な雷撃が放たれ、ケルベロスの頭部の一つを焼いた。


『今のは中級の雷魔法です。エルフは種族的に得意とされる風の魔法しか使えないケースが多いのですが、彼女は少々珍しいタイプのようです』


 直撃はしたが、あの威力じゃ致命傷にはならないだろう。

 少女もそれは分かっているのか、必死に距離を取りながら再び詠唱を開始する。


 ていうか、魔法使いなのにあの身のこなし。

 ステータスの高さもさることながら、かなり戦い慣れているようだ。


 それでも三つの首が相手となると、ほとんど余裕がない。

 しかも徐々に動きが鈍くなっていく。

 息を荒くしているので、体力がキツイのだろう。

 少女も何度も中級魔法をぶつけてはいるが、ケルベロスの生命力はなかなか減っていかない。三つの頭部それぞれに生命力があって、そのせいでダメージが分散されているしな。


「っ!」


 ついに限界が来たのか、少女がよろめいた。

 ケルベロスはその隙を見逃さず、三つの首が我先にと争って少女に迫った。


「させるかよ」


 縮地。

 俺は一瞬で距離を詰めると、少女の前に躍り出た。


「なっ……」


 息を呑む声を背後に聞きながら、俺は闘気を纏わせた拳を横薙ぎに振るった。


 ズバシュッ!!


 頭部右に9999のダメージ!

 頭部中央に9999のダメージ!

 頭部左に9999のダメージ!


 爽快な斬撃音とともに、ケルベロスの三つの頭部が同時に破砕した。


カルナ

 レベルアップ: 25 → 26


 直後、肉の塊が灰と化し、一帯に灰色の霧が舞い上がる。


「うっぺ! 口に入っちまった! ぺぺっ。……あ、大丈夫だった?」


 俺は口内に入った灰を吐き出しつつ、振り返る。

 エルフの少女は地面にへたり込み、目を丸くして俺を見上げていた。

 その頬が見る見るうちに紅潮していく。


 俺はさながら、ピンチのときに颯爽と現れたヒーローだ。

 これはもしかして、いきなり惚れられちまったかもしれないな?



「キャアアアアアアアアアアアッ!!」



「え?」


 だが俺の甘い想像とは裏腹に、エルフ少女はいきなり甲高い悲鳴を轟かせたかと思うと、背を向けていきなり逃げ出した。


「ちょっ、え? な、何で逃げるんだ!? 待ってくれ!」

「い、嫌です! 来ないでくださいッ!」


 俺は慌てて後を追い駆けた。

 しかし待ってくれと叫んでも、少女は全速力で俺から離れようとする。そのままボス部屋を飛び出してしまった。

 ダンジョンの通路を走りながら、逃げる彼女に訴える。


「俺は怪しい奴じゃないって!」

「どこからどう見たって怪しいじゃないですか!? いえ絶対に見たくないですけど!」


 どういうことだ?

 俺はこんなにもナイスガイだというのに。


『……マスター。彼女の反応はもっともなものかと』


 ちょ、ナビ子まで?


「ふへへ、逃がさないよ~?」

『その言い方はさらにヤバいです』

「ひぃっ!?」


 俺は全力で床を蹴り、一気に彼女を追い越した。

 エルフ少女は慌てて足を止めると、顔を真っ青にしながら後ずさった。


「ま、まさかダンジョンのこんな奥深くで、変態に襲われるなんて……」

「いや、俺は変態じゃないから。信じてくれ」

「信じる要素が皆無ですッ! そ、そんな格好してッ……」

「格好……? あっ」


 少女のその言葉でハッとした。

 そうだった! 俺は今、何も装備していないんだった! 下着も。


『……まさか、マスターの脳みそがここまで腐っていたとは思いませんでした』


 いや、もっと早く教えてよね?


「悪い! つい全裸だったこと忘れてた!」

「普通は忘れませんよね!? そもそも何でダンジョンで裸になってるんですかッ!?」

「そういうプレイ(ゲーム的な意味で)」

「ああ、お父さん、お母さん、親不孝な娘を許してください……。私は今から最悪の変態の慰み者にされるようです……」

「ちょ、泣かないでくれっ。すぐに隠すから!」


 俺は両手で股間を包み込んだ。


「これで安心だろ?」

「どこがですかッ!? 早く服を着てくださいッ!」







 俺は服を着た。

 しかしエルフの少女は一向に警戒心を解いてくれない。


『当然かと』


 それにしても、見たところ彼女は一人のようだ。

 まさかこんな上階まで単独で上ってきたのだろうか?


「もしかしてここまでソロで来たのか? 今までの最高到達記録が三十四階なのに、信じられないな」

「五十階のボスを一撃で倒したあなたの方が信じられませんよっ」


 少女が即座に言い返してきた。


「今までも全部一撃だったぞ」

「な……一体、何者ですか、あなたは……? ……そもそも武器も持たずにこんな上階まで単独で来るなんて、ただの変態ではなさそうですね……」

『ただの変態ではなく最強の変態です。性質が悪いにもほどがあるかと』


 少女が驚愕し、ナビ子が毒を吐く。

 確かに、全ステータスがリミットブレイクした変態ってやべぇな。

 って、誰が変態やねん!


『マスターを変態と呼ばずして誰をそう呼べと?』


 失敬な。俺はむしろ紳士だろ。


『そうですね。マスターは紳士(笑)ですね』


(笑)って付けるな。


『そうですね。マスターは紳士(全裸)ですね』


 果たしてこれほど怪しい紳士がいるだろうか?


 それにしても、さすがはエルフ。

 物凄い美少女だ。


 夜空に輝く星を流したかのような金髪に、空色の瞳。

 怖ろしく端正な顔立ちに、白磁のような肌。

 そして、種族の気高さを表すかのように、つんと尖がった耳。


「よかったら、ちょっとだけ耳に触らせてくれないか?」

「ダメです」


 一蹴された。

 くそ、エルフの耳に触るのが夢だったのに!


『エルフの耳は敏感です。他人に触らせるようなことはめったにありません。ましてや、マスターのような変態であればなおさらかと』


 マジかよ。

 だが難しいと言われれば、かえってやってみたくなるのが人の性というもの。


「そう言わずにさ。ちょっとだけでいいから」

「ダメです」

「先っちょだけ、先っちょだけ」

「ひ、卑猥な言い方しないでくださいっ」


 顔が赤くなった。かわいい。


『……やはりマスターはド変態ですね』

「そ、そんなことより、あなたもこのダンジョンの攻略を?」

「ああ。挑んだのは初めてだけどな」

「それでいきなりここまで? ……ま、まぁ、先ほどの強さを見れば納得もできますが……」


 そこで少女はぺこりと頭を下げてきた。


「とにかく先ほどは助かりました。たとえ変態とは言え、助けていただいたことは事実ですので、お礼を言わせてください。ありがとうございました」


 律儀にそう礼を述べてから、少女は「それでは」と立ち去ろうとする。

 俺はそんな彼女に提案した。


「せっかくだし、一緒に最上階まで行こうぜ」

「遠慮します」


 またあっさり断られちゃったよ。

 だが何を思ったか、少女は足を止めると、


「……と、言いたいところですが、私には絶対にこのダンジョンを攻略しなければならない理由があります。ですが今の私の実力では、この階が限界。あなたのような実力者の助力は願ってもないところです。願ってもないのですが……」


 ああ、本当に変態でさえなければ……と物凄く葛藤した様子で呟くエルフ少女。

 それからしばしうんうんと悩んだ後、彼女は決心したように、


「私はティラ。……もしよろしければ、しばらくパーティを組んでいただけませんか?」

「もちろん! 初めての共同作業だな!」

「……やっぱり今のはなかったことに」

「うそうそ! 冗談だから!」


 俺は慌てて発言を取り消して、こちらも名乗った。


「ちなみに俺はカルナ。よろしくな」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうしてティラが仲間になった。


「じゃあ、お近づきのしるしに耳を」

「ダメです」

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