第6話 ギルドマスターは犯行の隠蔽を目論む
「おお、けっこう広いな」
地下の闘技場はなかなかに立派なものだった。
すでに試験を受ける受験者たちが集まっている。俺を含めて全部で六人。いずれも筆記試験を突破した連中だ。俺以外はみんな十代だろう。
試験の内容は、試験官を相手にした模擬戦だ。
「俺が試験を担当するギースだ」
筋骨隆々の禿頭のおっさんが出てきた。頬には大きな傷跡があり、いかにも冒険者といった風貌だ。もしくはヤクザ。
ギース 42歳
種族:人間族
レベル:36
スキル:〈剣技〉〈闘気〉
生命:908/924
魔力:63/63
筋力:312
物耐:322
器用:263
敏捷:280
魔耐:209
運:127
レベルはエレンより少しだけ劣るくらいか。
試験は申し込み順で行われ、俺は最後だった。
受験者たちを鑑定してみたが、どいつもレベル10前後だ。
あのおっさんと戦っても、ほとんど子供をあしらうような感覚で負けるに違いない。
「よし、全員一緒にかかってこい」
と思っていたら、どうやら一度に相手をするらしい。
さすがに一対六には抵抗があったのか、受験者たちは困惑の表情を浮かべる。
「いいから来いよ。もちろん全力でな。安心しろ、てめぇらごときではオレに傷一つ付けられねぇよ。もし一撃でも当てることができたら、最初からDランクにしてやる」
しかしおっさんに挑発され、さらには褒美まで提示されたことで、受験者たちは一斉に目の色を変えた。
『冒険者のランクにはFからSまであります。駆け出しはF。二つ上のDランクに上がるためには、最低でも一年以上はかかると言われています。もちろん、ランクが高い方が依頼を受けやすく、その分、稼ぎやすくなります』
ナビ子さんが教えてくれる。
俺も他の受験者たちに交じって、闘技場の中央へと歩を進めた。
そんな俺を、おっさんが訝しげに見てくる。
「……まさかお前、素手で戦うつもりか? 見たところ杖もないし、魔法使いではなさそうだが……」
あ、しまった。
俺、完全に手ぶらだった。
まぁいい。適当に誤魔化そう。
「俺は武闘家だからな」
「武闘家か。あまり強そうには見えんが……」
嘘ではない。
〈武神〉スキルを持つ俺は、体術もマスターしているのだ。
そして試験が始まった。
合図とともに、我先にと受験者たちが一斉に試験官に躍りかかる。俺以外の。
一人では難しくても、全員で行けば一撃くらい見舞えるかもしれない。そう考えたのだろう。
だがその考えがいかに甘いものだったのか、彼らは即座に痛感することとなった。
「遅ぇ遅ぇ」
「っ!?」
「おらよ」
「がっ」
「見え見えだ」
「くっ!」
試験官のおっさんは蝶のように舞い、五人がかりの猛攻をひらりひらりと躱しては、逆に素早く斬撃を当てていく。と言っても、剣の腹だ。
やがて五人の受験者たちはあっさりとその場に膝を折った。
「ふむ。お前とお前は合格だ。あと三人は不合格。また挑戦してくれ」
手も足も出なかったせいか、合格を言い渡された二人に喜ぶ様子はない。不合格となった三人はがっくりと項垂れた。
「で、今のままだとお前さんも不合格だが?」
彼らの戦いを傍観していた俺に、おっさんが視線を向けてくる。
「そいつらが負けるのを待ってたんだよ。おっさんと一対一で戦いたくて」
「はっ、随分と自信があるじゃねぇか。なら、いつでもかかってきていいぞ」
おっさんこそ随分と自信満々だな。
だったらこっちからいかせてもらうぜ。
オークはスプラッタになったが、このおっさんなら多少は力を出しても大丈夫だろう。
せっかくだから知っている体術を試してみることにした。
縮地。
「なっ……?」
突然目の前に現れた俺に、おっさんが目を見開く。
縮地ってのは、相手との距離を瞬時にして詰める技術だ。
相手の意識の隙を突くことにより距離を一瞬で詰めたように見せているだけで、転移魔法のようにワープしている訳じゃない。
「くっ!」
さすがは熟練の冒険者と言うべきか、おっさんは即座に身を横に投げ出した。
お陰で俺の拳は空を切ってしまう。
あ、さすがにちょっと手を抜きすぎたかも?
今ので決着をつけてしまうつもりだったんだけどな。
「な、なんだ、今の……?」
おっさんは瞠目し、その禿げあがった額から汗を噴き出していた。
「は、ははははははっ! やるじゃねぇか! こいつは、オレも本気を出さなきゃならねぇみたいだな!」
俺の実力を悟ったのか、おっさんがいきなり笑い出す。
このおっさん、あれか。
強ぇやつ見っとオラわくわくしてくっぞ、ってタイプか?
「おおおおおおおっ! 〈闘気剣(オーラブレード)〉ッ!」
しかもなんか必殺技っぽいのキターーーッ!
剣が煌々と光っていた。
おっさんが地面を蹴り、大上段からそれを振り下ろしてくる。
って、その距離だと当たらなくね?
目測を誤ったのだろうか。
しょうがない奴だな。
俺は前に出た。
「真剣白刃取りッ! ――って、あれ?」
おっさんの剣を両手で挟み込もうとして、俺は相手を舐めすぎていたことを悟る。
止められなかった。
てか、手が刃に弾かれたんだけど!?
『闘気のせいです。剣に纏わせることで、攻撃力、切断力が大幅に上昇します。さすがに手で受け止めるのは難しいかと。せめてマスターも闘気をお使いください。〈闘神〉スキルを持っておられますので』
いやそれもっと早く教えてよ、ナビ子さん。
次の瞬間、おっさんの剣が俺の身体を切り裂いていた。
「お前っ、何で自分から前に出てきやがるんだよおおおっ!?」
と叫ぶおっさん。
いやいや、受験者相手にこんな物騒な技を使うあんたが悪いって。
ぶしゅわっ、と血が吹き出す。
試合の様子を見ていた受付嬢、顔面蒼白。
こうして俺の異世界での新しい人生は、呆気なく幕切れに――――って、まだ続くよ?
◇ ◇ ◇
「何で自分から前に出てくんだよおおおっ!?」
「いやぁ、取れると思ったんだけどなぁ」
「アホか! 素手で闘気纏った剣を掴めるわけがないだろ! しかもこのオレの全力の一撃だぞ!?」
「あれ全力だったのかよ。手加減しろよな。普通なら死んでたぞ?」
「新人ごときに舐められてちゃ、ギルドマスターとしての沽券に関わる! だからここでしっかりビビらしておいてやろうって思ったんだよ!」
「しかも理由が最悪だった!」
てか、このおっさんがギルドマスターだったのか。
「くそったれっ、マジでどうすりゃいいんだ! 冒険者ならともかく、まだ登録前の素人をこんな目にっ……。このままじゃ、オレは責任を取って辞任………………よし、ギルドには来なかったことにして死体は森にでも……」
「隠蔽する気まんまんかよ」
「お前が死ぬからいけねぇんだろがッ!」
「そして逆切れか」
「――って、何でまだ生きてるんだぁぁぁ!?」
ようやく気づいたんかい。遅ぇよ。
そう。
俺はピンピンしていた。
「傷が、ない、だと……?」
「治った」
「そうか、治ったのか―――って、いやいやいや、治るわけねぇだろ!? お前、オレの必殺技をまともに喰らったんだぞ!? 必ず殺すと書いて必殺技だぞ!?」
「いやぁー、何かの見間違いって線も?」
「そんなわけあるか! そもそもオレもお前も血だらけじゃねぇか! いや、意外と血の量が少ねぇな……」
先ほどの一撃は、確かに俺の身体を斬り裂いた。
いや、身体というか、額だな。
しかし頭だからそこそこ血は出たが、傷自体はそれほど低くなかった。
俺のリミットブレイクした物耐値のお陰だ。
『先ほどのダメージは128でした。マスターの生命力はいったん「9923/9999」になりましたが、一秒後に自動回復で「9999/9999」に戻りました』
しかも俺には〈自然治癒・極〉というスキルがある。
あっという間に受けた傷が治り、生命力が回復してしまったのだ。
『なお、計算が合わないように思われるかもしれませんが、それはマスターの実際の生命力が9999を超えているからです』
「おい、一体どんな手を使ったんだよ!?」
おっさんが詰め寄ってくる。
「女神の加護か!? それとも何らかの補助魔法で……」
うーん、あんまり自分の手の内を明かしたくないんだよなぁ。
よし、誤魔化そう。
「おっさん、一応まだ試験中ってことでいいんだよな?」
「は?」
「秘技、さっきのお返し拳ッ!」
「……ぐべっ!?」
俺はおっさん、もといギルドマスターをぶん殴り、昏倒させた。泡を吹いてるけど、まぁ生きてるだろう。
『894のダメージです。現在の彼の生命力は「14/924」。……瀕死状態です』
あっ、やっべ~。
もうちょっとで死なせるとこだった……テヘペロ!
『まったく可愛くないです、マスター』
そんなこんなで、俺は試験に合格し、晴れて冒険者になったのだった。
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