第4話 女騎士は大抵脳筋
水浸しになった場所を避け、俺は地上へと降り立った。
地面に下ろしてやると、女騎士は腰を抜かしてしまったのか、へなへなぺたんとその場に尻餅をついた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。た、助けてくれたことには礼を言う。だ、だが、貴様は一体、何者なのだ……?」
「俺はカルナ。ただの旅人だ」
「ただの旅人って……超級魔法を連発しておきながら、ただの旅人はないだろう! あんな魔法、うちの宮廷魔導師にも使い手がいないぞ!」
そんなにすごい魔法だったのか。まぁあの威力だからな。
『この世界の魔法は、初級、中級、上級、超級、神級の順で威力が上がっていきます。神級魔法の使い手など、人間や亜人に限れば数百年に一人というレベルです』
ナビ子さんが教えてくれる。声にはやや呆れが混じっていた。
……てか、本当はその上の神級魔法を使うつもりだったんだが、一段階抑えてみたんだ。
神級だったら森ごと消滅してたかもしれん。危なかった。
「ま、まぁいい……あ、あたしはエレン、アルサーラ王国騎士団に所属する騎士だ」
女騎士はどうにか立ち上がりつつ、そう名乗った。
エレン 18歳
種族:人間族
レベル:39
スキル:〈剣技〉〈怪力〉〈闘気〉
生命:1087/1132
魔力:91/91
筋力:401
物耐:368
器用:331
敏捷:304
魔耐:242
運:81
ふむ。
確かに騎士に相応しいステータスを持っているようだ。たぶん。ていうか、この世界の相場を知らないので、強いのかどうか俺には判別できない。
『強いです。いっぱしの戦士の基準がオークを単独で討伐できることとされていますが、彼女なら瞬殺できるでしょう』
あ、やっぱりオークはそういう位置づけなのね。なお、SからFまでの七段階で示されるという危険度において、オークはCらしい。
まぁ俺も瞬殺できるけどな!
『……なぜ張り合ったのですか?』
ところで、アルサーラ王国って?
『質問にはスルーですか。……主に人間族が暮らしている国で、今マスターがいるこの場所はその領地内です。この森を出て東に四十キロほど進めば王都があります。アルサーラ騎士団は王都周辺の防備を任されている他、魔物の討伐なども行っているようです』
しかし普通、騎士が一人でオークの砦に挑むものなのか?
『そこまでは分かりかねます。ですが、マスターの〈鑑定・極〉を使えば、さらに彼女の情報を引き出すことができるかもしれません』
へー、鑑定ってそんなことまでできるのか。
身長166センチ
体重57キロ
B91 W57 H90
『マスター。誰がスリーサイズを調べろと?』
つい。
しかしGカップか……すごくいいね!
『……称号を確認してみてください』
称号:アルサーラ王国王女 アルサーラ騎士団団長
「って、王女?」
ただの女騎士ではなく、姫騎士だったのか!
「っ? なぜあたしが王女だと分かったのだ!?」
あ、やべ。
鑑定で判明した情報を、つい口走ってしまった。
「王族っぽいオーラがあった」
「オーラ」
「あと、こういうところでいきなり身分の高い女性に出会うのはお約束だからな」
「???」
適当に誤魔化すと、エレンは「何を言っているのだ?」という顔になった。
『著名な人物であれば、基本情報を知ることも可能です』
(なるほど)
・エレン:アルサーラ王国現国王の三番目の娘。女ながら剣の腕前は国内でも指折り。現在、アルサーラ騎士団団長を務めている。
「ただ、かなりの脳筋で、よく単身で魔物の群れに突撃しては危険な目に陥っている、と」
「だ、誰が脳筋だ!?」
「今日も単身でオークの砦に突っ込んでいったはいいが、予想以上の戦力に敗北して捕まってしまったといったところか」
「なぜそれを!? い、いや、あたしは負けてなどないぞ! 向こうに魔法を使えるオークメイジがいて、睡眠魔法で眠らされてしまっただけだ!」
「それを負けたというんだ」
「まったく、正々堂々と向かって来ぬとは! 武人の風上にもおけぬオークだ!」
その発想が完全に脳筋だった。
単純なステータスで言えば、並みのオーク程度では相手にならない強さなんだけどなぁ。
『どうやら頭の方が残念なお方のようですね』
「ナビ子さんって俺以外にも普通に辛辣なんだな……」
とそのとき、どこからか声が聞こえてきた。
「なっ、砦がなくなっている!?」
「なんだこの湖は!? 一体何が……?」
すいません。俺のせいです。
「そんなことより姫さ――エレン団長はどこだ! エレン団長! エレン団長!」
「おい、呼ばれているぞ?」
「む。どうやら追い付いてきたようだな」
エレンが率いる騎士団らしい。きっと苦労してるんだろうなぁ。
「カルナと言ったな? 貴様はこれからどうするつもりなのだ?」
「とりあえず王都にでも行ってみるかな。その後のことは考えてない」
「ならば、ぜひ一度、城に足を運んでくれ。今回の礼をしたい」
「いいよ、礼なんて」
おっぱいちょっと触らせてもらったし。
「そういう訳にはいかぬ。もしカルナが来てくれていなければ、あたしは……その……た、大変なことになっていた!」
「裸に剝かれてオークたちに輪姦されてたな」
「言うな! わざわざ濁したのに!」
エレンは顔を真っ赤にした。かわいい。
『今の発言はセクハラです、マスター』
異世界にもそういう概念あるの!?
「そ、そういう訳だから、必ず城まで来るんだぞ! あたしの名前を衛兵に告げればいいから!」
「分かった。そしたらおっぱい揉ませてくれるんだな」
「そんな礼をする予定などない!」
なんだ……ないのか。
『マスターこそ、セクハラを自重する気はないのですか?』
もちろん、ない!
『……』
エレンがこちらに背を向けて歩き出す。
だが何を思ったか、途中で足を止めて振り返ると、
「あと、あたしは別に高いところが怖い訳ではないぞ! ただ少しびっくりしただけだからな!」
やっぱり怖かったんだな。
◇ ◇ ◇
「すげぇ! 獣人がいる! ほんとに獣耳だ! あっちにいるのはドワーフか!? 筋肉すげぇ! おおお、向こうにいるのはハーフリンク!? かわいい!」
お上りさん状態の俺を、道行く人々が胡乱な顔で見ながら通り過ぎていく。
『マスター、明らかに不審者です。涎を垂らして幼女にしか見えないハーフリンクをガン見していては、衛兵にしょっ引かれかねません』
「仕方ねぇだろ。夢にまで見た異世界の街にやってきたんだからな!」
ここはアルサーラ王国の王都だ。
アルサーラ王国は、人族(ヒューマン)が治めている国ではあるが、多種族との交流も深く、そのためドワーフなどの亜人も多く住んでいるという。
遠くには城が見える。
あの脳筋の家だとは思えないほど立派な城だな。
さて。
どうするか。
やっぱ異世界って言ったら、冒険者ギルドかな。
教えてナビ子さん。
『ご自身で探知することも可能ですが?』
「面倒」
『……ここは街の西側ですが、ギルドは街の東にあります。あの大通りを真っ直ぐ進んでください。三階建ての銀色の建物ですので、近くまで行けば猿でも分かるでしょう』
「おっけー」
そして、徒歩およそ三十分。
「派手な建物だな……」
ギルドは三階建てで、外壁は銀箔でも塗っているのか、ギラギラと輝いていた。
すごい存在感だ。これは確かに猿でも間違わないだろう。
一階が受付になっていた。
どうやらここで仕事の依頼や受注ができるらしい。
そして二階は酒場。
三階はオフィスのようだ。
おっと、どうやら地下もあるらしい。
地下は闘技場になっているようで、冒険者たちの訓練場として利用されるほか、時々、ギルド主催の見世物なども開催されているそうだ。
「さて。早速、冒険者登録をするか」
俺は受付へと向かう。
ちょうど人の多い時間帯だったのか、結構並んでいるな。
窓口は三つあって、それぞれ五人、三人、二人が待っている。
俺は五人の列の最後尾に並んだ。
『マスター。なぜあえて人の多い列に?』
「バカ、受付嬢は美人に決まってるだろ」
そこは絶対に譲れないところだった。
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