第3話 女騎士とオークのハッピーセット
ナビ子さんが言うには、砦にはオークが棲息しているらしい。
『……その呼び名、やはり変えませんか?』
「ナビっちとかはどうだ?」
『マスターにセンスを期待したわたくしが愚かでした』
俺は木々を掻き分けるようにしてその砦へと向かう。
丘の上に立つ、石造りの巨大な建造物だった。
思ってたより大きいな。普通に攻略するとなかなか骨が折れそうだ。
ちなみにオークは知能が低く狂暴で、この世界では敵性生物として認識されているという。
亜人とかではなく、魔物扱いということだ。
砦の門扉は固く閉ざされていて、周囲を囲う石壁の高さはゆうに四メートル以上ありそうだ。石壁の上を監視役のオークが巡回していた。
「さて。あの中にくっ殺騎士がいると仮定して、どうやって助けに行こうか。正面から?」
『その仮定については理解しかねますが、マスターであれば内部への侵入は容易です。あの程度の門など容易く破壊可能ですし、あるいは壁を飛び越えて侵入することもできます』
なるほど。
「バレずに侵入することはできないのか?」
『可能です。〈隠密・極〉スキルをお使いください。しかし、わざわざ身を潜める意味はないのでは?』
「ばっか。くっ殺シーンを近くで見るためには身を隠す必要があるだろうが!」
『……なぜ怒られたのか、まったくもって理解できないのですが』
俺は隠密スキルを使ってみた。
「これでバレないんだな?」
『はい。〈隠密・極〉であれば、すぐ目の前まで接近したり、大声で叫んだりしない限り、オーク程度に見つかることはないでしょう』
ほとんど光学迷彩並みだな。
俺は砦の正面まで堂々と歩いて行った。
だが巡回しているオークがこちらに気づく様子はない。
すげー。マジで俺が見えてないみたいだ。
俺はその場でズボンを下ろしてみた。
パンツも脱ぐ。
風が股間を撫でていき―― 超 開 放 感 !!
『……そんな汚いものを晒して、一体何をされているのですか、マスター?』
「いや、見えてないと分かると、裸になってみたくなるのが人間の心理ってものなんだよ」
ていうか、汚い言うな。
俺はジャンプして石壁の上に飛び乗った。
あ、ズボンはちゃんと穿き直したぞ。
そのまま砦の中へと侵入する。
『マスター。砦の中にオーク以外の生物と思しき生命反応があります』
「すげぇ、ナビ子さんってそんなことまで分かっちゃうのか」
『はい。探知機能も搭載されておりますので。もっとも、およそ半径二百メートル以内と、範囲は限られていますが』
「へえ」
ナビ子さん有能過ぎだろ。
『マスターも探知が可能です。〈探知・極〉スキルをお持ちですので。なお、地形、建物の構造、熱源、魔力、敵性個体、トラップなどを詳細に探知できます。有効範囲はおよそ半径三キロメートル』
俺の方が有能だった。
ちなみに〈探知〉はこちらの意志に応じて発動するアクティブスキルであるが、〈感知〉という意志に無関係に発動するパッシブスキルもあるそうだ。
俺は〈感知・極〉を有していて、危険やトラップ、気配、悪意、殺意などを自動で感知してくれるという。
実際に探知能力を使ってみた。
「おお、砦の構造が手に取るように分かるぞ」
地図要らずの便利能力だ。
砦の中心に建つ尖塔に、多くのオークたちが集まっていた。ギャグじゃないぞ!
その中に、一人だけ違う種族が交ざっているようだ。
「くっ殺騎士はここだな!」
『まだ人間とは決まっていませんし、人間だとしても男かもしれません』
「オークに捕まっているのは女騎士って相場が決まってるんだよ!」
『……』
ナビ子さんの何か言いたそうな気配を感じつつも、俺はその場所へと急いだ。
すぐに辿り着く。
いたぞ! やっぱり女騎士だ!
美しい白銀色の甲冑に身を包む、赤い髪の少女だった。
天井から吊るされた鎖で手足を縛られた彼女は、その端正な顔を歪め、苦悶の表情を浮かべている。
その周囲には、下卑た笑みを浮かべたオークたち。
「くっ……殺せ!」
くっ殺、いただきました!
って、喜んでいる場合じゃない。
――じっくり観賞せねば!
『……助けにきたのではないのですか、マスター?』
ナビ子さんの指摘を無視して、俺はオークたちに交ざった。
バレないよう、ブヒブヒ鼻を鳴らすことも忘れない。完璧だ。
「っ! き、貴様は人族(ヒューマン)っ? なぜそんなところに……っ?」
ドキドキワクワクしながらこれから行われるであろう蛮行を待っていると、女騎士が俺に気づいた。
くっ……なぜバレた!?
『さすがにそこまで堂々と目の前に陣取っては察知されます』
どうやら最前列の特等席に座ったのがいけなかったらしい。映画館でも一番前に座るタイプです。
「ブガっ!?(何者だ!?)」
「ブヒィッ?(どこからッ?)」
「ブヒヒ!(人族だ!)」
遅れて俺に気づいたようで、オークたちがぶーぶー鼻を鳴らし始める。なぜか豚語(?)が理解できたのは、恐らく〈言語理解・極〉のお陰だろう。
俺は颯爽と前に出た。
「助けにきた。もう大丈夫だ」
「今オークたちに交ざって観賞しようとしてなかったか!?」
「気のせいだ」
そう言って安心させつつ、俺は女騎士の身体を抱きかかえた。
当然、これはセクハラじゃなくて救出活動の一環だ。
ちょっと手元が狂って、胸当てからはみ出た乳をぷにっとしてしまったのは事故である。この女騎士、おっぱいマジでかい。
オークどもが一斉に襲い掛かってきた。
女騎士を抱えたままこいつらを相手にするの、結構大変そうだな。
『マスターは〈時空魔法・極〉をお持ちですので、転移魔法を使ってください。それで砦から脱出できます』
例のごとく、使い方は頭の中にインプットされていた。
「テレポート」
「う、うわあああっ!?」
女騎士が甲高い悲鳴を上げる。
俺は彼女を抱えたまま、砦の上空百メートルくらいの場所に転移していたのだ。今は風魔法を使って空中に浮かんでいる。
「もしかして高いとこダメだったか?」
「し、死ぬっ……死ぬっ……助けてくれぇぇぇっ!」
さっきオークに向かって殺せって言ってたよな?
女騎士は目を回しているが、とりあえず我慢してもらうしかない。
俺は〈自然魔法・極〉ってのを持っている。
自然魔法というのは、この世界の自然現象に関わる魔法全般を指している。
風を操作する魔法もその一つだ。
『なお、風魔法の他に、火魔法、水魔法、土魔法、雷魔法などが一般的です』
俺は続いて火の魔法を使ってみることにした。面倒だし、砦の中にいるオークをまとめて焼き豚にしてやろう。
他に捕まっている人はいないみたいだしな。
「超級魔法〈|地獄ノ業火(ブリムストーン)〉」
『……マスター、オーバーキルにもほどがあるかと』
「え?」
直後、巨大な魔法陣が虚空に展開されたかと思うと、凄まじい火炎放射が砦を襲った。
一瞬にして砦が炎に包まれ、火柱が天へと突き上がる。
かなり離れた位置にいるというのに、その熱風がここまで吹き付けてきた。
「な、な、な……」
女騎士は目の前の光景に声も出ない様子。
てか、俺もびっくりしてる。まさかこんなとんでもない威力だなんて思わなかった。
森まで燃えてるし。
って、やっべ! このままだと森ごと全焼してしまう!
俺は慌てて別の魔法を発動した。
「超級魔法〈|神話ノ洪水(フラッドミス)〉」
『……マスター、もしかしてワザとやっていますか? この辺りの地形でも変えるつもりですか?』
「うそん」
今度はバケツをひっくり返したような豪雨が、燃え盛る砦に降り注いだ。
幸い火はあっという間に消えたが、周囲の木々が濁流に飲み込まれて薙ぎ倒され、辺り一帯が池のようになってしまう。
砦も一緒に流されたようで、跡形もなくなっていた。
「うん、次からはもっと威力の低い魔法にしよう」
『ぜひそうしてください』
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